モスクワの演劇生活――俳優・演出家の目でみたロシア

講師プロフィール

野崎美子さんは現在モスクワ在住の俳優、演出家。

舞台芸術学院、青年座付属養成所を卒業後、劇団東演入団、俳優として活動の傍ら、アマチュア演劇の指導、演出にあたる。1996年文化庁在外研修員としてロンドン（王立演劇アカデミーＲＡＤＡ）と、モスクワ（ユーゴザパト劇場）で俳優教育、演出を学ぶ。1999年モスクワ芸術座付属演劇学校マスターコース入学、2000年卒業。現在は、ユーゴザパト劇場客員俳優、またフリーの演出家、俳優として活躍。

このたびモスクワ在住の俳優・演出家で、ユーゴザーパド劇場で客員俳優をつとめ、フリーの演出家として活躍されている野崎美子さんに、特別講義をしていただきました。俳優・演出家としての豊かな現場体験を通じて見たモスクワの演劇生活について、興味深いお話を聞かせていただき、普段の授業とは違う演劇の生の力に触れ、聴衆はみな強い感銘を受けました。聴講者の一人、文学部西洋近代文学研究室４年生で自らも演劇に携わる津野君に聴講記を書いていただきました。

講演聴講記

「ロシアでは演劇人は、一つの民族なんです。」と野崎さんは講演後おっしゃっていたが、野崎さん自身がまさに「演劇人」であると思わされた講演会であった。

前半は、野崎さんのモスクワを中心としたヨーロッパ各地での演劇活動について話してくださった。表情豊かな身振り手振りや、自在に変化する声色で、愉快な演劇生活が語られていく。

興味深いのは、人々のコミュニケーションへの欲求が、言語の壁を容易に突き破ってしまうことだ。複数の言語で行われる公演では、相手の役者がいつ台詞を言い終わったか、母語が異なる役者同士ではわからない。そこで、自分の台詞が終わったら、手を挙げる、自分の胸を指すといった合図が作られる。簡単な合図だけで物足りなくなると、お互いに簡単な単語を覚え始める。かくして稽古後の宴会では、様々な言語がごちゃ混ぜになったどんちゃん騒ぎが繰り広げられるというわけだ。

野崎さんもモスクワに来た当初は、極めて基本的なロシア語しか知らなかったそうだ。しかし、その後の上達ぶりは司会の楯岡さんも目を見張るものだったという。

「ある一つの単語を覚えることは便利だけど、自分が言いたいことを相手に伝えようとするそれまでの強い気持ちが、消える気がする。そういうコミュニケーションをとろうとする気持ちは忘れたくない。」

演劇の基本が対話にあるとすれば、「こいつは一体なにが言いたいんだ？」という想像力は、最も重要な要素なのだ。

講演の途中、野崎さんは来聴者に簡単な「役者体験」をさせてくれた。少しずつ電気が消されていく静かな演習室の中で、周囲の微細な変化に注意を促す野崎さんの声が柔らかく響く。部屋が完全に闇に沈むと、野崎さんの指示で、皆が３つある窓のうち行ってみたい窓に歩き出す。それぞれの窓に集まった来聴者は、夜景を眺めながら、遠くの人々の生活や人生に思いをめぐらせる。

「同じ窓に集まった人達は一つのカンパニーで、同じ方向に思いを向けた仲間なんです。」明かりが戻ると、野崎さんは嬉しそうにおっしゃった。

終盤は、ベリャコーヴィチ演出の『巨匠とマルガリータ』のビデオ上演が行われ、楯岡さんが解説を加えて下さった。真っ暗な舞台上を、スポットライトに照らされた役者達が、生き生きと駆け回る。まさにカーニバルとしての演劇である。

質疑応答の時間になると、話はモスクワ演劇の活況や、個々の演出家の比較にまで及び、予定時間を過ぎても活発な議論が行われた。

野崎美子さんの仕事

【最近の主な舞台】

1997－2002

「ロミオとジュリエット」（ユーゴザパト劇場）仮面役
「オーディション」（ユーゴザパト劇場）青木みゆき役

2001

「チェーホフの中の女たち」（シアターχ　東京チェーホフ演劇祭参加作品）アルカージナ／ロモフ役

2002

「チェーホフの中の女たち」（ヨーロッパ４カ国で公演）

【演出作品】

2002

「夏の夜の夢」（小豆島重要文化財肥土山歌舞伎小屋）

2003

「夏の夜の夢」（直島文化村オープンステージ）
「輪舞」（東京芸術劇場、東京池袋演劇祭参加作品）

2004

「夏の夜の夢」（重要文化財琴平宮表書院）
「Ｌｅｔｔｅｒｓ」（作、演出、福島県文化センター）

2005

「夏の夜の夢」（重要文化財横浜ドックヤードガーデン）
「エリカ」（郡山ビューホテル）