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公募研究「近現代の中央アジア山岳高原部における宗教文化と政治に関する基礎研究」

 研究テーマ
 研究概要
 研究構成員
 主な研究活動・成果
 研究テーマ
近現代の中央アジア山岳高原部における宗教文化と政治に関する基礎研究
 研究概要
1. 研究の背景

東西トルキスタンのオアシス平原部におけるムスリム社会が中央ユーラシア史上において肝要な役割を果たしてきたことに疑いはないが、その中間地帯にあたる中央アジア山岳高原部とその住民については、東西トルキスタンそれぞれの観点から付随的に説明されることが多い。この山岳高原部は現在、クルグズスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、アフガニスタン、パキスタン、中華人民共和国の国境線が複雑に入り込んで分断されているけれども、在来の住民は地理的特性による独特の生活環境のもとで独自の文化を育み、地域的な政治勢力を形成して外部地域にも影響をおよぼしてきた。

天山山脈西部からパミール高原にかけて居住するテュルク系のクルグズ人については、16世紀以降スーフィーの布教活動などによりイスラームが広まり、平原部のムスリム政治勢力と密接な関係を持ったことが知られているけれども、そのイスラーム文化の実態や近現代の政治史上の具体相について未解明な課題が残されている。

クルグズスタンと同様に国土の大半が山岳高原部であるタジキスタンにおいては、その東半に山岳バダフシャン自治州という行政区画が設定されており、同自治州の東部にはクルグズ人が、西部にはイラン系のパミール諸民族が居住している。そのなかでも、アム川上流域の渓谷には、イスマーイール派の信徒であるパミール諸民族が居住し、スンナ派教徒が多数であるとされる中央アジアにおいて異色の存在を示している。11世紀の著名なイスマーイール派宣教者ナースィリ・フスラウが迫害を避けてアフガニスタンのバダフシャン山岳部に隠棲したことは、同派とこの地域との古い由縁を示しているけれども、パミール諸民族のあいだにイスマーイール派の教義が広まり定着した経緯とその後の歴史的展開について、わが国においてはほとんど研究されていない。

2. 研究の目的

本研究は、東西トルキスタンの境界域にあたる山岳高原部に焦点を当て、その地域の歴史・文化的特性の形成過程と、近現代のロシア(ソ連)、清(中国)などによるその特性の分断化の様相を究明することをめざす。すなわち本研究の目的は、細目化すれば、1)この山岳高原部から四通八達する交通路や生活域を歴史地理学的に把握し、2)オアシス平原部との比較対照も視野に入れつつ、山岳高原部の代表的住民であるクルグズ人やパミール諸民族の宗教文化の形成過程と現状を考究し、3)近現代において彼らが辿った政治史を、フェルガナ盆地平原部やタジキスタン西部など隣接地域との交渉を含めて解明すること、の3つになる。本研究構成員はこれらの3つの細目それぞれに相応しい専門分野の知識と経験を有している。

3. 研究の方法

上記の目的を達成するため、(1)中央アジア山岳高原部とその隣接地域におけるフィールドワークの実施、(2)中央アジア諸国内外の図書館・文書館・研究機関等における関係資料の収集・分析、という2方法を中心柱として設定する。

(1)のフィールドワーク対象地域として、タジキスタン山岳バダフシャン自治州とフェルガナ盆地とを有力な候補地と見込んでいる。山岳バダフシャン自治州のイスマーイール信者のあいだには、数千点の文書が所蔵されており、19世紀後半から20世紀前半における地元宗教指導者とアーガー・ハンとの結びつきをはじめ、宗教コミュニティの実態や政治状況変動の社会的影響を究明する有力な材料となりうる。フェルガナ盆地にはクルグズ人が多く参詣する著名な大マザールが存在して地域の宗教文化の象徴となっており、民間所蔵の文書にはクルグズ人の宗教活動に関わる重要な情報が含まれている可能性がある。また、両地域の踏査により歴史地理学的知見を得ることができる。民間所蔵文書の収集(複写)と宗教建造物の観察記録が主要な作業となる。

(2)としては、コーカンド・ハン国やブハラ・アミール国をはじめ直接・間接にこの地域や住民にかかわったムスリム政権の側で記述された史書、ロシア帝国、清帝国、大英帝国の軍事・政治的な活動にかかわる記録、歴史地理的情報の含まれる旅行記・地図などを中心に関連資料の収集をウズベキスタン、タジキスタン、クルグズスタンだけでなく、ロシア、英国などの諸国において実施する必要がある。また、先行研究の消化と活用も重要な作業となる。

4. 期待される成果と実現性

このように、天山山脈西部からパミール高原にかけて山岳高原部に居住するクルグズ人とパミール諸民族に焦点を当て、その歴史地理を踏まえて、宗教文化の特性と近現代の政治的変動の解明につながる基礎資料を分析し統合することを研究成果として期したい。そのひとつとして、イスマーイール派住民の民間所蔵文書のカタログ作成とテキスト化には、高い実現性が見込まれる。本申請者は2009年夏期に山岳バダフシャン自治州のイスマーイール派信者居住地域のほぼ半分において予備調査をおこない、116点の民間所蔵文書を複写しており、現地研究者ウミード・シェールザードシャーエフ氏(非政府組織Merosi Ajam副代表)との連携も確立している。

フェルガナ盆地における宗教文化と民間所蔵文書について、本申請者は2003?2005年の夏期にフェルガナ盆地におけるマザールと文書についての国際共同調査に従事し、その成果も公刊している。フェルガナ盆地の宗教文化については、民間所蔵文書の複写・出版とともに近年研究が進展しているので、その成果の活用が期待できる。また、フェルガナ盆地のフィールドワークにおいては、文化人類学的立場から地域住民のマザール崇拝を研究している現地研究者ナーディルベク・アブドゥルアハトフ氏の協力を得ることができる。

本研究は、研究構成員の各専門分野からのアプローチにより、中央アジア山岳高原部の歴史地理、宗教社会ならびに近現代史に関して今後の研究の基礎となる成果を生み出し、一体的把握の不足したこの地域の研究において先駆的役割を果たせるものと考えている。
 研究構成員
研究総括者
  • 澤田稔(富山大学・教授)
研究分担者
  • 稲葉穣(京都大学人文科学研究所・教授)
  • 宇山智彦(北海道大学スラブ研究センター・教授)
研究協力者
  • 河原弥生(人間文化研究機構地域研究推進センター研究員)
 主な研究活動・成果

 2011年度