東京大学イスラム学研究室

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1. イスラム学研究室で何を学べるのか?

東京大学大学院人文社会系研究科・文学部が発行している『教育・研究年報』16号(2020~2021年度版)には、イスラム学研究室の活動について以下のように記載されています。

 イスラム学専修課程は、イスラム地域の思想・文化を研究する独立した学科として、1982年わが国で初めて設置された。一口にイスラム学といってもその対象範囲は広い。地理的には、中近東はもちろん東は中央アジア、インド亜大陸、東南アジア、東アジア、西は北アフリカ、スペインまでにも及び、時代的にはイスラム発生期から現代のイスラム思想の動向までも含んでいる。

 2020年度及び2021年度は教授1名、准教授1名がそれぞれ近代より前の古典期イスラムの法学や伝承や思想文献研究を専門にしているが、それに加え古典研究をもとにした現代イスラム理解を念頭に置きつつ研究をすすめている。上記の広大な研究領域をカバーし、また歴史分野や現代研究との共同研究の可能性を探るために、イスラム経済、アフリカ・イスラム研究、現代アラブ政治、イラン思想、アラビア語の領域に関して学外教員および非常勤講師の協力を仰いでいる。

 本専修課程に対応する大学院人文社会系研究科の専門分野はアジア文化研究専攻(西アジア・イスラム学)イスラム学専門分野である。・・・(中略)・・・

 授業は基本的にアラビア語・ペルシア語の文献読解を通じて、神秘主義・法学・神学・哲学などの学問分野の理解を深めるという方向で行われる。だが、その枠組みにとらわれず学生が主体的にイスラム理解の視座を新たに設定し研究することが奨励されており、言語にかぎっても、必ずしもアラビア語・ペルシア語に自らのフィールドを限定する必要はない。

*イスラム学専修課程での研究についてさらに詳しい情報を得たい方は、
最新版文学部・人文社会系研究科HPに転載されているPROSPECTUSを参照してください。

 

 『教育・研究年報』からの引用からも分かるように、イスラム学研究室は文献読解を通じてイスラム圏の思想文化を研究することを目的にしています。地域的には中東に、言語的にはアラビア語、ペルシア語圏に限定されず、イスラム教が一定の影響力を持っている地域を仮に「イスラム地域」とするならば、研究対象となる領域は実に広大なものになります。思想文化の中にはもちろん法学・神学・哲学・スーフィズムといったイスラム教の宗教的諸学問が含まれますが、比較的宗教色が薄い芸術や科学なども含まれます。イスラム学というと非常に狭い領域を扱う学科のように思われがちですが、実はかなり自由度の高い専修課程なのです。

 昨今では中東に限らず様々な地域でイスラム教徒が関わる事件が多発し、イスラム教とイスラム教徒への偏見が強まっているとも言われています。その一方では、「現代世界を知るためにはイスラム教(徒)について知らなければならない」などという識者の声を耳にすることも多いでしょう。イスラム教徒の人口は16億を超えるとも言われ、彼らが多く居住する地域には政治的にも経済的にも重要な国が多数存在しています。イスラム教徒の存在を無視して現代世界の動向や情勢を考えることはもはや不可能と言えるでしょう。当然、彼らの基層文化となるイスラム教についても知っておくべきでしょう。ですが、イスラム教の理解は、世界に存在する「問題」を解決するための単なる「手段」としてのみ求められているのでしょうか?

 イスラム学研究室ではもちろんそのようには考えません。現代の政治情勢や事件に関係するかどうかにかかわらず、ユーラシア大陸とアフリカ大陸にまたがる広大な領域において1400年以上にわたり築き上げられ、多種多様な思想潮流を内包するその文化は、人類の文化遺産の重要な一部を構成しており、それ自体として研究するに値するものです。それはヨーロッパ、インド、中国といった文化圏が過去に築き上げてきたものに何ら見劣りするものではありません。イスラム圏の哲学や科学がヨーロッパに与えた影響についてはよく知られていますが、スィク教や回儒の出現からも分かるように、イスラム圏の思想文化はインドや中国の基層文化とも相互に影響を与え合い、文化的な交流がおこなわれてきました。イスラム学研究室は、このような思想文化を積極的に学んでみたいという学生の進学をいつでも歓迎します。

 イスラム学に比較的近い領域を扱う専攻としては、文学部の東洋史専攻や総合文化研究科・教養学部の地域文化研究専攻などが挙げられます。文献読解に基づくという点ではイスラム学も東洋史も同じですが、思想や文化への関心が高いならばイスラム学、歴史、政治、社会、経済への関心が高いならば東洋史の方が良いでしょう。現代のイスラム思想を研究したいという方の場合は、地域文化研究専攻とどちらがよいのか非常に悩ましいところですが、同時代の政治や文化の視点から考えたいのなら地域文化研究、イスラム思想史の観点から考察したいのならばイスラム学ということになるでしょうか。宗教学、人類学、哲学などとの間で悩むこともあるでしょうし、そう簡単には割り切れないケースも多いでしょう。そのような場合には遠慮することなくいつでも私どもにご相談ください。

 最後にイスラム学に関心がある、あるいは進学を検討している前期課程学生にお薦めの本を幾つか記しておきます。廉価なもののみですが、イスラム教の特徴や研究上の重要トピックを知るためには有益な本ばかりです。進学先決定のための判断材料にもなるかもしれません。

井筒俊彦『「コーラン」を読む』岩波現代文庫、2013年

菊地達也編著『図説 イスラム教の歴史』河出書房新社、2017年

小杉泰『イスラームとは何か~その宗教・社会・文化』 講談社現代新書、1994年

佐藤次高編『キーワードで読むイスラーム』山川出版社、2003年

中村廣治郎『イスラム教入門』岩波新書、1998年

松山洋平『イスラーム思想を読みとく』ちくま新書、2017年

 

2. イスラム学での授業

 演習ではアラビア語文献または日本語や英語などの文献を講読します。演習以外の授業は概論、概説、特殊講義、アラビア語に分かれています。概論、概説、特殊講義での講義は年度によって内容が異なりますが、これまでの講義題目には以下のようなものがありました。

・近現代イスラーム政治思想史概説・ペルシア語神秘主義研究
・ペルシア語文献から見るスーフィズム・イスラム法学における家族法(婚姻論)
・売買に関するイスラム法・ムハンマドの伝承(ハディース)の問題点
・イスラムにおける列伝(タバカート)研究・アラブ現代文学
・イスラム世界の都市論・湾岸地域の現状
・照明哲学派の解明・哲学と神学の相克を巡って
・霊魂論の比較研究・生と死に関するイスラムの伝統的見解について
・中東の国際関係・東南アジア・イスラームの社会史
・イスラームとアフリカ・イスラームと南アジア

 演習などではアラビア語テクストを講読することが多く、語学について不安を抱く人もいるかもしれません。確かに1年や2年でアラビア語やペルシア語に習熟することは至難の業なので、進学後のことを考えると、早めに履修しておくことが望ましいです。また、教養1・3学期にイスラム学関係の総合科目が開講されています。

 とはいえ、専門的知識を積み上げるのは大学院に進学してからでも間に合いますので、必ずしも早い時期からイスラム学に特化した勉強をする必要はありません。将来的にイスラム思想を研究するにしても、法学・東洋史・哲学・倫理学・宗教学などの人文社会諸学は必ずどこかで役に立ってくるはずです。専門課程でやらなければいけないことを先取りすることよりもむしろ、教養課程時だからこそできることを優先してくれて構いません。

 イスラム学に進学する学生の数は、毎年1~3名といったところです。学生数が多い専修課程にいるからこそ得られる利点もあるでしょうけれど(広く人脈を構築しやすい、演習での負担が相対的に小さくなるなど)、その逆もまたしかりです。少人数の専修課程においては教員と学生の距離はその分近くなりますし、学生数の多さゆえに集団の中に埋没することもないでしょう。教員やTA(ティーチング・アシスタント)によって直接指導してもらえる機会も増えるでしょう。

 

3. 卒業論文

 卒業論文の字数などについて制約は特になく、アラビア語テクストを使用することは義務ではありません。短い作品であっても、アラビア語などで書かれたテクストを自力で読み解き分析できれば最良ではあるのですが、それは大学院に進学してからでも構いません。卒業論文においてまず求められることは、テーマ(問題点)を自分で見つけ出すこと、論理的に議論し結論を導き出すこと、文献を適切に扱うことといった基本事項です。

 ご参考までに、近年提出された卒業論文のテーマを列挙しておきます。

・イスラム倫理学・イスラム銀行・イスラム原理主義過激派・錬金術
・クルアーン解釈・写本挿絵・イスラム家族法・トルコの文字改革
・イスラム医学・スーフィズム・イスラム哲学・シャトランジュ(チェス)
・食物規定・「アラブの春」とSNS・自爆攻撃・天使論
・エジプト現代アート・イスラム急進派の思想・イスラム法理論・幽霊論
・アンリ・コルバン論・中国イスラムの来世思想・近現代エジプトの女性解放論・イブン・トゥファイルの哲学小説
・イギリスのムスリム社会・現代エジプトの俗人説教師・中国ムスリムの和諧思想・ムスリム同胞団穏健派
・イスラム圏の宗教教育・アイユーブ朝期の軍事制度・シーア派イマーム論・トルコの宗教教育
・聖戦論・食肉忌避の新潮流

大学院進学を検討している方へ

 

1. 教育体制と大学院入試

 イスラム法学を専門とする柳橋教授、シーア派思想史を専門とする菊地教授がそれぞれアラビア語の文献を講読するゼミを開講し、外部からも講師を招いています。イスラム学に関係する学部の授業を履修することも可能です。また、セメスターによっては助教が担当する授業も開講されます。

 2020年には、かつて研究室主催で開催されていたイスラム思想研究会が再始動しました。この研究会では教員、学生、卒業生がその研究成果を発表することができます。

 大学院入試の一次試験においては外国語二つに加え、専門試験も実施されます。専門試験は小論文二つと語句説明10問から構成され、語句説明問題の中にはアラビア文字で提示されるものもあります。かつてのようなアラビア語和訳の問題はなくなりましたが、授業においてはアラビア語文献を講読することが多いので、入学前までにアラビア語文法を習得しておくようにしてください。大学院入試二次試験は、提出された論文に基づく口述試験という形式をとります。

 大学院での授業と入試に関する詳しい説明と質疑応答は、毎年7月におこなわれる大学院入試説明会においておこなわれます。大学院進学を検討している方はなるべく参加するようにしてください。大学院入試説明会の日程は、文学部・人文社会系研究科HPにおいて発表されます。

 

2. 過去に提出された博士論文

ご参考までに、2022年度までに提出された博士論文の題目を列挙しておきます。
リンク先でその要旨も見ることができます。

2022年度

木村風雅「イスラーム法学における教友の権威と役割:シャーフィイー派法理学史を中心に

宮島舜 A Study of Suhrawardī’s Ḥikmat al-išrāq

2020年度

小野純一「イブン=アラビーの神秘体験と形而上学的思考の根拠 ―事物・文字・無限をめぐって―

2019年度

相樂悠太「イブン・アラビー霊魂論の研究

平野貴大「小幽隠期におけるイマーム派の教義形成に関する文献学的研究:ゴム学派のハディース集とタフスィールの分析を通じて

2018年度

井上貴恵「ルーズビハーン・バクリーの神秘思想

2016年度

矢口直英「フナイン・ブン・イスハーク『医学問答集』研究

2015年度

宋暎恩「ジャーミー(ʿAbd al-Raḥmān Jāmī)の信仰における存在―性論と修行論

2013年度

近藤洋平「イバード派イスラーム思想における共同体論の研究

森下信子「アラビア語版『サラーマーンとイブサール物語』の写本研究:古代末期からイスラームへの文化伝播に関する文献学的考察

2012年度

加藤端絵「伝承の中の神と世界と人間:アブー・シャイフ『威厳の書』の思想研究

2011年度

小野仁美「イスラーム法の子育て観:法学者間のイフティラーフからみたマーリク派の特徴

2009年度

飯山陽「イスラームにおける「法の目的」:マスラハ概念の理論と実践

2003年度

大川玲子「クルアーンとその解釈書に見られる啓示と書物

2002年度

青木健「中世インドのイスラーム的ゾロアスター教 : アーザル・カイヴァーン学派の思想とサーサーン王朝時代ゾロアスター教からの連続性

2000年度

青柳かおる「ファフルッディーン・ラーズィーの宇宙論

1997年度

菊地達也「イスマーイール派の神話と哲学 : ハミードゥッディーン・キルマーニーの思想を中心として

吉田京子「十二イマーム・シーア派におけるガイバ論の形成 : シャイフ・サドゥークの方法と意義

 

3. 研究室紀要

イスラム思想研究の発展、教員、学生、卒業生の研究成果公開を目的とし、毎年研究室紀要『イスラム思想研究』を刊行しています。投稿原稿のカテゴリーは論文、研究ノート、翻訳、書評、研究動向・研究レビューとなっております。バックナンバーについてはこちらをご参照ください。

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