教員紹介

下田正弘教授

下田 正弘 教授 Prof. Masahiro SHIMODA

仏教の原典にむかいあうことによって、これまでの自分自身が照らしなおされ、同時に思索をすることのよろこびに触れる、そんな貴重な時間を学生たちとともにしています。学び求めて与えられること、 この悦しみは、ほかの手段では手にすることのできない財産。こんな世界が東大のなかに、身近にあるのです。たとえ社会に出てからでも、ふと思い出したとき、いつでも扉をたたいて下さい。

【専門分野】仏教聖典形成史研究
【担当授業】「インド哲学概論」(学部),「大乗仏教経典講読」(学部),「大乗経典研究」(大学院)
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蓑輪顕量教授

蓑輪 顕量 教授 Prof. Kenryou MINOWA

日本仏教の研究は多分野から行われている。仏教学、日本史学、倫理学、日本思想史学、宗教学、国文学、美術史学と、その関連分野を数え上げれば、枚挙に暇がない。つまり、日本の仏教の研究は広範囲から行われていて、それぞれが独自性を保っているのである。その中で仏教学としての日本仏教研究の特徴はどこにあるのだろうか。それは、古来からの仏教学の伝統を踏まえて日本の仏教を研究する、その立ち位置にある。仏教は文化の総体であるとする見方があるが、その出世間的な核心の部分を考察することにあると言えよう。

さて、日本の仏教の伝統には行と学という二つの視点が存在した。これは仏教の長い歴史が、僧園住と森林住にわかれ、学問と瞑想という二つの視点を持ち続けたことの影響である。日本仏教の研究の歴史が、ともすれば出世間の、しかも学問としての仏教に焦点を当てがちであることは否めないが、その学びは二つの視点を忘れずに行うことが肝要だと考えている。伝統的な教理や思想に対する研究と同様に、修行や実践道に対する謙虚な眼差しも必要である。

若い方々には、出世間的な領域だけではなく、他分野の講義にも出席し新しい情報に接し、統合的な視座を持ちつつ研究を続けて行かれることを期待する。また、自分の学びが現代社会とどのような繋がりを持ちうるのか、忘れずに考えていて欲しいとも思う。

【専門分野】日本仏教。特に南都における戒律思想史。最近は瞑想の視点を含めて、日本仏教における思想と実践の研究。
【担当授業】「日本仏教文献講読」(学部),「日本仏教文献研究」(大学院)
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高橋晃一准教授

高橋 晃一 准教授 Associate Professor Koichi TAKAHASHI

仏典の研究をしていますと言うと、「お経を読むんですか」と聞かれることがよくあります。広い意味ではそう言ってよいかもしれませんが、厳密には「論書」と呼ばれる文献を扱っています。「経」がブッダの言葉として伝承されているのに対して、「論」はそのブッダの教説を学び、思索を深めた仏教思想家たちの著作です。紀元前後から数世紀にわたり、さまざまな論書がサンスクリット語で著され、さらに漢文やチベット語に翻訳されました。

そうした著作の中でも、私は特に「唯識」と呼ばれる思想について書かれた文献を中心に研究しています。唯識とは大乗仏教の一つの思想動向で、五世紀頃にインドで提唱されました。その主張は端的には「あらゆるものは認識の結果に過ぎない」ということにあります。外界の対象の存在を否定し、ただ認識のみが実在するという考え方です。今日では現象学と比較されることもあり、現代人にとっても興味深い話題を含む哲学的な思想です。しかし、単に現代哲学との比較のおもしろさだけでなく、インド由来の原典からこの思想を読み直すと、いわゆる哲学と倫理の調和のうえに成り立つ大乗仏教の独自の見解がみえてきます。非常に奥行きの深い思想だということを、常に痛感させられます。

唯識思想に限らず、仏教の論書の読解を通じてあらためて気づかされることは少なくありません。インド哲学仏教学研究室は、仏教思想家たちの問題意識に直に触れる経験ができる貴重な場所です。仏教は宗教の教理だという固定観念を離れ、サンスクリット原典として仏教文献を読み解く醍醐味を味わってみてはいかがでしょうか。

【専門分野】インド仏教哲学研究(唯識思想)
【担当授業】「インド哲学概論」(学部),「サンスクリット語仏教文献講読」(学部),「チベット仏教文献講読」,「インド仏教文献講読」(大学院)
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加藤

加藤 隆宏 准教授 Associate Professor Takahiro KATO

インドと聞いて皆さんは何を思い浮かべるでしょうか?

ガンジス川で沐浴をする人々、口髭を蓄えた修行者が森の奥で瞑想にふける様子、タージマハルやアジャンタ・エローラ遺跡などといった世界遺産の数々。あるいは、色鮮やかな民族衣装、スパイスの香豊かなインド料理、アーユルヴェーダやヨーガといった健康維持法などなど、異国情緒あふれる人々の生活や文化を思い浮かべる人もいるかもしれません。 こういったものはすべて、インド亜大陸において何千年もの時の流れの中で育まれ、今もなお現在進行形で結実しつつあるインドの人々の叡智のごく一部が具現したものであると言うことができます。

皆さんが書店等で手にするインド本には、書き手が見聞きした様々なインドが描写されています。実際にインドに足を運んでインドを目の当たりにした人にとっては、人が描くそうしたインド観と自分の感じとったインドとの間に違いを見ることもあるでしょう。それらのどれもが一つとして同じではありません。切っても切ってもどれひとつとして同じ顔が出てこない(これを私は「逆金太郎飴」と呼んでいます)のはインドの特徴の一つです。

「インド思想」を冠した講義を担当するようになってから、このような様々な顔の奥底にあるもの、「インド的なもの」の本質とは何か、そもそも、そのような「インド的なもの」は存在するのか、ということを考えるようになりました。

私はこれまで、広範で深淵なインド思想の中でも特に古代インドの聖典『ウパニシャッド』の解釈学の流れを汲むヴェーダーンタ思想を対象に研究を行ってきました。ヴェーダーンタはインド思想史上重要な位置を占めており、仏教を含む他の諸学派がインドの歴史の中で次第にその勢力を失い、現代に至ってはほとんどその伝統が途絶えてしまった中で、ヴェーダーンタ思想はその伝統が脈々と受け継がれ、ヒンドゥーの精神文化のバックボーンとなっているといっても過言ではありません。ヴェーダーンタの思想を深く学ぶことで、私なりに「インド的なもの」を追いかけてきました。

インド思想に関する文献は難解ですし、その量も膨大です。そしてその多くが未だに手付かずのままです。これらを読み解いていくのは、未踏の山頂をめざして一人登っていくようなものかもしれません。研究室での勉強は、登山の前に足腰を鍛え、必要な装備をそろえていく作業と同じでしょう。研究室の教員や仲間たちはその準備をよろこんで手伝ってくれます。準備が揃ったら、あとは皆さんがそれぞれの山頂を目指して歩みを進めるだけです。

みなさんも私たちと一緒に、未踏の山頂をめざしてみませんか?到達した先には、これまで誰も見たことのない景色がきっと広がっているはずです。

【専門分野】インド哲学(ダルシャナ),特にヴェーダーンタ学派を中心に
【担当授業】「インド思想史」(学部),「インド哲学文献講読」(学部),「インド哲学文献研究」(大学院)
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