グローバルCOE「死生学の展開と組織化」の課題と目標
拠点リーダー 一ノ瀬 正樹
2010年4月より、島薗進教授の後を承けて、グローバルCOE「死生学の展開と組織化」の拠点リーダーを務めることになりました。残すところ2年間のプロジェクトですが、これまでの積み重ねを踏まえて、有意義な仕方で終了を迎えたいと思っています。
死生学は、私たちのこれまでの活動経緯に端的に表れていますように、分野横断的な新しい学問領域を構築する試みです。哲学、倫理学、宗教学、社会学などの人文的な学問の視点を基礎として踏まえつつも、医学・看護学、生命科学、法学、教育学などの多様な学問領域との相互浸透のなかで私たちの教育・研究の活動は展開されています。もちろん、「死」「生」学という名が示すように、「死」について、「生」について、そして「死」と「生」との関わりについて、問題を立てていくという点では一貫していますが、その問題の立て方、問題への切り込み方が、大変に多様なのです。規範的なレベルで死生にまつわって語られる原理や思考法を論じるといった観点から、歴史的・文化的事実というレベルで死生についての語りの意義を追求していくというアプローチ、そしてさらに死生に関わる切実な実践的諸問題について臨床的に関わっていく態勢に至るまで、私たちはこれまでさまざまな角度から問題を切り出し、その解明を全力で追求してきました。具体的には、医療的意思決定、精神医療と刑事責任の問題、優生思想、葬送文化、看取りをめぐる生命倫理、多様な宗教における死生観の意義、戦没者や非業な死を迎えた人々、医療従事者へのリカレント教育、グリーフ・ケア、動物の倫理などが、私たちが携わってきた、あるいは携わろうとしている主題の例です。今後も、こうした教育・研究活動の勢いを弱めることなく、死生についての多角的アプローチの道筋をさらに極めたいと考えています。しかし、同時に強調したいのは、このプロジェクトが死生「学」である、という点です。「学」である以上、あるいは「学」たらんことを目指している以上、単に、死生観の表明、データの羅列、瞑想体験、などといった次元でとどまるわけにはまいりません。客観的・実証的な裏付けに基づく論理性・合理性を伴う論証、そして何よりも「死生学」としての大まかながらも固有な探求方法、そうした学問の一領域をなすに足る要件や規制を確立していかなければなりません。実際のところ、学問の領域分けは決して絶対不変なわけではありません。時代状況や社会情勢などの中で、少しずつ変容していくこと、むしろそれが自然でしょう。だとしたら、私たちの構築しようとしてきた「死生学」も、一つの学問領域として近い将来真に自立していくことも大いに予想されます。そうした状況にたどり着いた暁には、どのようなアカデミックな風景が現出しているか。期待に胸を高ぶらせながら、一つ一つの教育・研究活動に集中し、一段ずつ前に進んでいきたいと改めて決意している次第です。
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