文学部卒業インタビュー #005

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羽喰 涼子さん 私は編集者の道を行く

羽喰 涼子さん 私は編集者の道を行く

羽喰 涼子さん

1997年 社会心理専修課程卒業   集英社「すばる」編集長

  • 文学部に行きたいと考える人は本好きが多いと思うのですが、私も小さいときから本を読むのが大好きでした。生まれ育ったのは石川県金沢市から少し北に行ったところにある小さな町で、近所の本屋さんでは駄菓子や玩具も一緒に売っていました。当時は町立の図書館もなかったので、「書店」のあるところに行きたいという思い、そして東京への憧れが強かったですね。私の人生は東京に行ってから始まるんだ、って信じていました。実は地元にいるときからその土台は作られ始めていたと、今にしてしみじみ思うんですけれども。

  • 羽喰 涼子さん

『コバルト文庫』との衝撃の出会い

小学校の高学年で「コバルト文庫」に夢中になり、私の場合はここから小説に入って行きました。平安朝の宮廷を舞台にした氷室冴子さんの本を読んだとき、こんなにおもしろい小説があるのか!と本当に驚きました。新井素子さんのSF小説シリーズも衝撃で。新井さんの本だったと思うのですが、あとがきに「編集者の◯◯さん、ありがとうございました」と書いてあるのを見て、本を書く人だけでなく本を作る人がいることを初めて意識し、編集者という職業の存在に気づきました。それまで、拙いながらも漫画を描いたり小説の真似事もしていましたが、どうにもつまらなかった。頭の中にはいろいろなものがあるのに、自分の手から出てくるものはさしておもしろくなかった。そうか、じゃあ編集者になって他の人に書いてもらえばいいんだ!と閃いたとき、私の将来の夢は「編集者」になりました。妙に現実的で、ちっともかわいくないですよね(笑)。かといって、そのために本をたくさん読んでおかなきゃ、みたいな計画性はなく、中学生のときは全国大会に出場するような強豪バドミントン部に所属していましたから、放課後も休日も体育館で過ごしていて、その合間を縫うようにマンガやSF・ファンタジー小説を読むという感じでした。
受験を考え始めたのは模擬試験が始まった高校2年くらいからです。もちろん東京の大学を受けることは私の中では決まっていました。いくつか選択肢がありましたが、「あの漱石の後輩になれるかも」というミーハーな気持ちも手伝って、東大文Ⅲを第一志望としました。

羽喰 涼子さん

なんでもできそうな社会心理学へ進学

文Ⅲに入って、第2外国語はフランス語、サークルはスポーツ愛好会のバドミントンパートを選びました。1年生の5月に実施された関東バドミントンサークル連盟の大会で、3セットマッチで2セット目のマッチポイントを取られてから逆転勝ちしたときのことは今でもよく覚えています。中学時代からの試合経験でメンタルがある程度鍛えられていましたが、あのときはどんな球が返ってきても絶対に取れるという、自分の手足がコートの隅々まで伸びているような不思議な感覚がありました。集中力が極限まで高まっていたんでしょうね。運動音痴の私にとって、あれが選手としてのピークだったのでしょう。
第2外国語にフランス語を選んだのは、「パリに行ってみたい」という何ともひねりのない動機でした。でも1年生の夏にクラスの友人たちと初めての海外旅行でパリに行き、夢を叶えてしまったため、欲望が昇華され、フランス語を学ぶ動機が雲散霧消してしまった。たいへんに底の浅い憧れでした(笑)。好きなフランス語作家や女優・俳優がいたら、もっとフランス語の世界に分け入っていただろうなと思うんですけど。
駒場で小森陽一先生の漱石『彼岸過迄』を読む授業を受けたのですが、「批評の言語」がさっぱりわからず大いに戸惑いました。批評なんてものに触れたこともない田舎の高校生でしたから、不遜にも「この細部がこんな意味を持っているなんて、こじつけっぽいなあ」なんて思ってしまって。今、小森先生のご著作はとてもおもしろく拝見しているのですが、当時はレポートもBだったのでがっかりし、「私は研究する人間ではなくて、ただ、『読む人間』なんだ」と自己定義しました。

進学振り分けが迫り、文学に「挫折」した私が進路に迷っていたとき、先輩から「社会心理学はおもしろい。なんでもテーマにできるよ」と聞いて、実はどんな学問だかよくわからなかったんですけど、当時4類と言われていた社会心理学専修課程を選びました。確かにこれはなんでもできると思いましたね。隣接する心理学や社会学の授業も多くとっていたので、下篠信輔先生の心理学の授業もおもしろかったですし、宮台真司先生の授業では、社会学という学問の守備範囲の広さに驚きました。そして上野千鶴子先生の「家父長制と資本制」の講義。「これが学問というものか!」と思った瞬間でした。私自身、「女だからこうしろ」と言われるのが昔からすごくイヤだったし、当時の男子学生の中にはちょっと偉そうな、女性蔑視的な態度や言動をとる人たちもいて不快に思うこともあったので、自分の違和感に言葉や歴史的背景を与えられ、目が覚めるような思いでした。それに対する批判的な研究があることも後日知りますが、「ものの見方・考え方」「システム」が研究対象になると体感できたことが、私にとっての学問とのファーストコンタクトだった気がします。
卒論は4、5人のチームで、郵送によるアンケート調査を行いました。私は衣服を購入するときの情報ソースは何かという被服行動をテーマに選びました。ファッションとは縁遠い生活をしてきたのに、東京に来て同級生との“ファッション格差”に気づき、人はファッションに関してどうやって情報を得たり取捨選択したりしているかが気になったんです。そんな俄かに起こった関心も生かすことができたので、社会心理学は確かにおもしろい学問でした。ある男子などは、公共の場での援助行動の出やすさは、事態の緊急度が重要な要因の一つになっているのではないかと仮説を立てて、誰かのカツラがずれているときとカツラが燃えているときとでは、「ずれていますよ」「燃えていますよ」と言ってあげるアクションの起こりやすさに差があるかを、複数のパターンの質問表を用意して比較調査していました。社会心理学、楽しいですよね(笑)。
2年生のころにパソコンが導入され、学科に進む前に実習を受けました。「数学がダメだから文系に来たのに」と不条理を覚えながらも、卒論を書くころには自分でプログラムを書いて計算三昧の日々。冬休みになっても計算が終わらなかったので、卒論を出したのは締め切り当日でした。間に合ってほんとうに良かった。そのときは集英社の内定が決まっていましたから、留年なんて絶対できなかったですよ。

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そして出版社に入って、編集者に

就職活動では、集英社をはじめ、思い当たる出版社には全部書類を出しました。でも、選択を迫られる瞬間があったんです。一次筆記試験の日が、集英社、講談社、小学館の3社で重なっていて。集英社の試験は丸一日、講談社と小学館はそれぞれ午前と午後になったので、集英社をあきらめれば二社受けることができ、チャンスが広がる。でも、当日家を出るときも、まだ決めきれなかった。3つの試験票を持って電車に乗りながら、「私はジャーナリズム向きの人間じゃない。やっぱりフィクションをやりたいのだ」と思って、小説やマンガなどフィクション部門の割合が相対的に高いと思われた集英社だけを受けました。
入社後は小説誌の「小説すばる」に7年、そのあと単行本の編集部に7年いて、2011年から文芸誌の「すばる」編集部に所属しています。日々「小説とは何か」「文芸とは」を考えさせられるので、大学に入って学問に触れハッとさせられた気持ちが甦ったようなところがあります。
編集の仕事はおもしろいです。打ち合わせで、「◯◯をテーマに小説を書くというのはどうですか?」「今度の特集では、△△さんにぜひ◇◇について書いてほしいと思っているんです」などと球を投げたときに、いい反応が返ってくると「やった!」と嬉しくなります。でも、著者のサービス精神から来るその場限りの反応ということもあるので、そこで終わってしまってはいけない。実際に原稿をいただき、そのテーマがうまくはまるどころか、自分の予想を超えたものになったときは、これぞ編集者の醍醐味!と感じます。テーマと書き手の化学反応を見るのはワクワクしますし、こちらの提案したテーマを超えて、現段階でその人が書ける最良のものと思える原稿をいただくのは、この上ない喜びです。編集長になってすべての原稿をチェックするようになったので現場の担当は減っているんですけど、私は現場の仕事は楽しかったので、若い編集者たちにもそれを味わってほしいですね。今は、著者とテーマと担当編集者、この3つの化学反応を見るのが楽しみです。

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「今」「ここ」「自分」の枠から抜け出す文学

文芸誌って黒字にするのは非常に難しい媒体なんです。でも長年刊行されていて、新創刊さえあるのは、資本の論理では捉えきれない意義や可能性を含んでいると考えられているからでしょう。作る側はそういった意義や可能性を常に意識し、更新しつづける必要があります。作る側が作る意味を本当に感じていないとルーティンに堕するだけですから、外に向かって「これは価値がある」と言っても、説得力は生まれません。私は、文芸誌は書き手と協働して現在進行形で作品を発表していく「場」として、この媒体の意義を感じています。ひとまず現在のところは、という限定付きですが。「文学ってなんだろう」「言葉にできることってなんだろう」といつも考えさせられますが、その思考の過程を誌面に反映させて、読者を巻き込みたいですね。その誌面を読んだ側の心に何かが起これば――。そこからまた、次世代の書き手と読み手と作り手が生まれていく。そんな形で、言葉の噴き出す場の一つとして存在できたらと思っています。

私が仕事を始めたころに比べると世の中のスピードが速くなりました。一日に処理しなければいけない情報量が爆発的に増え、目の前のことしか見る余裕がない。過去すらもあっという間に古びて、消え去るかのようです。でも、そんな「今、ここだけがすべて」というあり方に棹さすことができるのが文学なんじゃないでしょうか。違う時代、違う場所、そこで生まれる違う思想、違う人生、そういうものに触れることができるのが文学だと私は感じています。「今」「ここ」「自分」という枠はものすごく強烈ですが、文学はその枠から一瞬抜け出すことを可能にしてくれるものじゃないかと。抜け出すこと自体に快感があるし、抜け出すことで「今、ここ」を新しい目で見、深く知ることもできる。
会社に入ってから、多少なりとも自分および人の視点のありようを意識できるようになりましたが、それは社会人になって出会った、同じく本によって自己形成してきた人たちからの影響と、文学部で学んだことがきっかけでもっと知りたくて手を伸ばした本から得たものだと思います。
目下の悩みは、原稿ばかり読んでいるので、本を読む時間が減ってしまったこと。とはいえ、大学だけでは完結しなかった学びの過程は今も続いていますし、これからも続けたいと思っています。

インタビュー日/2016.8.18 文責/松井 千津子 写真/藤山 佳那

PROFILE

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羽喰 涼子さん

羽喰 涼子(はくい りょうこ)さん

1997年3月 東京大学文学部 行動文化学科 社会心理専修課程卒業
1997年4月 株式会社集英社入社、「小説すばる」に配属
2004年6月 文芸書編集部に配属
2011年6月 「すばる」編集部に配属
2016年6月 「すばる」編集長に就任

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