文学部卒業インタビュー #001

文学部TOPへ戻る

森下 佳子さん 野放し状態で「ものの見方を学ぶ」

森下 佳子さん 野放し状態で「ものの見方を学ぶ」

森下 佳子さん

1994年宗教学宗教史学卒業 シナリオライター

  • 自由で楽しかった宗教学科

    東京大学文学部宗教学科卒というと、いまだに「どこの宗教ですか」という質問を受けますけど、おおむね大学生活はすごく楽しかったんです。
    ただ、「勉強」に関しては非常に曖昧模糊としたまま選び、曖昧模糊としたまま卒業したというのが実感ですね。ちょうど私が進学振り分けのころ、船曳建夫教授が文化人類学のフィールドワーク的な研究をされていて、すごく人気がありました。私は芝居をやっていたこともあって、演劇や儀礼での人間の表現行為や、人が集まるとどうなるのか、そこで何が見出せるかを勉強してみたかった。ところが芝居ばっかりやっていたので、点数が足らない。さて、どうしようかと思っていたら「宗教学科でやっていることと、そんなに変わらないらしいよ」と友人から聞いて、それで行ったんですが、ほんとに自由で楽しかったですね。意外と、「ここに行かないとこれはできない」というものでもないですね。特に文学部は、「どの切り口で学ぶか」ということにかかってくるのかなという気がします。
    でも、行ってみたら、ちょっと“はぐれもの”っぽいというか、「え、おまえも来たの?」みたいな人は多かったですね。15、6人くらいでしたが、顔見知りが多かったなというところはありました(笑)。

  • 森下 佳子さん

心に残った2つのフレーズ

当時の宗教学の授業は、宗教学概論や宗教史学演習(近代の死生観)、現代宗教論、宗教法、あるいはある特定の宗教について原典を講読したりということもあったんですが、「ものの見方」ということを習うわけです。
今でも覚えている2つのフレーズがあって、一つは金井新二先生が言われた「宗教をばかにしちゃいけません。内に入らないと見えないことがあります。外にいる人間が内にいる人間を簡単に断じてはいけません」。もう一つは、島薗進先生が現代宗教論の授業のときに、「未開の島の人たちは病気になったらまじない師のところに行く。私たちは病院に行く。どちらも実は治るか治らないか、はっきりはわからないし、その行動様式にはなんら違いはないのです。病気になってまじない師のところに行く人たちを未開と断じていいのか」とおっしゃっていたのが印象的でした。
この「ものの見方」をみんなが利用していろいろやっていたのがおもしろかった。新興宗教の潜入ルポみたいなことをやっていた先輩は今は映画監督をしていますし、広告業界に入っている人や、実業界に行った人、准教授や教授になっている人もいますし、中退したホリエモン(堀江貴文氏)は一つ下の学年でした。私もどちらかというと畑違いのところに行きましたが、人生、どこでどう転ぶか、ほんとうにわからないです。たまに同級生に会うとすごく刺激されるし、楽しい。ものごとの結果がすぐ出るという形を求めると、確かに文学部って敬遠されがちかもしれませんし、両親や周りの大人に勧められて、自分の進路を決める人たちも多いかもしれませんが、言われたところに行ったとしてもその後の人生が保証されるわけでなく、また閉じられるわけでもないと思うんですね。

金曜ドラマ「わたしを離さないで」

リクルートに就職し、2年目からは契約社員に

私が大学を卒業した1994年は、まさに就職氷河期です。なかなか就職活動もうまくいかず、じゃ、学生時代からやっていた芝居を続けようかなと思って親におそるおそる言ったら、「いつまでスネをかじるのか」とめちゃめちゃ叱られ、就職活動を続行して、リクルートに入りました。そのころのリクルートは、リクルート事件の余波もまだあり、しかも広告収入モデルも落ち込んでいたころで、ちょっと吹き溜まりっぽいところだったんですが、それでももう一回立ち上がらなきゃという在野精神に溢れていました。大学の、それも宗教学科とはまるっきり違う世界でした。一番びっくりしたのは、世の中にはこんなにエネルギッシュで、こんなにがっついた人間がいっぱいいるんだ、ということですね(笑)。
正社員で入ったんですが、1年後には契約社員になって、それから7年くらいいました。珍しいパターンかもしれませんね。『住宅情報』という雑誌をつくっていて、編集の仕事は楽しかったんです。でも芝居を打っている時間がないというのが大問題。これはいかんということで、「私の査定は最低でいいから、1年に1回、芝居のとき休ませてください」と上司に言ったら、「そんな社員は要りません」。「でも、私、すっごく一生懸命働きますよね?」「それは認める。じゃ、契約になって」と言われて2年目からは契約社員になり、「何かおもしろい企画をやって」とか、「ビジュアル的にパッとしたものが欲しいから何か考えて」とか、そういう感じで仕事をいろいろやらせてもらいました。

文字を追いかけシナリオライターへ

7年ほどたってから、会社をやめてフリーで編集やライターの仕事をするようになりました。そのころには芝居を一緒にやっていた仲間たちもそれぞれ別の道に進んでいたので、一人でやっていく仕事が何かないかな、シナリオしかないよね、と思ったんです。
学生のころから芝居の脚本は書いていたのですが、体系的にきちんと習ったわけではないし、いわゆる「お作法」もあまり知らないでやっていたんですね。でも、仕事として考えるのだったら、きちんと一回習ったほうがいいだろうと思って、シナリオ・センターに通って、ライターの仕事と二足のわらじをしばらく履いていました。
ただ、編集をしていましたし、ライターもやっていたので、「文字を書く仕事」という意味では、それほど大きな転換はなかったと思います。そういえば、文学部もそうですね。「文字を追いかけて、文字で表現する」という意味では一緒です。それに、女性に対してわりと門戸は開かれている場ではあったんです。女性で活躍しているシナリオライターは昔から大勢います。それは受け手の半分が女性であるということが早くから認識されていたからでしょうね。

森下 佳子さん

ひたすら書く日々へ

シナリオを書くときに心がけていることとして、シナリオの単純な図式としては、主人公がいて、敵対する悪人がいる、というふうな物語上の見え方がありますが、敵対する悪人にもこの人の信じるもの、理由なり、理屈なりが必ずあるんです。それをできるだけ多面的に表す、そのほうがドラマって絶対に濃くなります。現実社会の利害の対立においても、AさんとBさんが実はまったく同じ人間であったとしても、育ったところや、立っている位置が違えば、やはり敵・味方になるでしょう。同じようなことをシナリオライターの岡田恵和さんがおっしゃっているんですが、「ドラマとか物語は悪人と善人が戦うからおもしろいんじゃない。正論と正論が戦うからおもしろいんだ」。そういう見方って実は宗教学科で習ったことでもあるんです。普遍的なものの見方というか、考え方というのは、まさに「知」ということなんだなと思います。
NHKの朝ドラ『ごちそうさん』は書き下ろしシナリオです。大きさとか一人で背負える量としては、朝ドラが限界値だと思うんですね。フルマラソンを走る、という感じです。今までは800m走くらいだったのが、「走れた!」みたいな感じですね。もちろん、質とか内容も必要ですが、やりきれたということがうれしい。今は『わたしを離さないで』を書いていますし、2017年には『おんな城主 直虎』が始まります。仕事量がものすごいことになると、人間ってカッコつけているひまがなくなるんです。もうどこでも野面(のづら)で行っています、みたいな感じで、しばらくはひたすら書く、まさに浪人生みたいな生活が延々と続いています。

価値観が変わるときこそ、アカデミズムが頑張る

人工知能の発達によって人間の仕事がロボットに取って代わられるという話もありますが、今って価値観が変わっていく曲がり目に来ていて、こういうときはすごくアカデミズムが頑張らなきゃいけないと思うんです。今までになかったモノが作り出されてくるでしょうが、そのときの倫理観みたいなこともすごく問われてくると思うんですね。一度何かをつくると、人間って絶対に後戻りできなくなる。例えば車のない生活には戻れないし、そこで生活の糧を得る人も出てくるわけですから、簡単に引き返せなくなる。今はいろいろなものが飽和する状態になってきていているので、もしかしたら「役に立たない」と言われるかもしれないけれども、歴史を見つめたりとか、その中で蓄積されてきたものの考え方であったりとか、知であったり、宗教であったり、芸術であったり、それについて考えて、きちんと答えを出す道筋を示すということが逆に大事になっている。それを「即効性がないから」といって切り捨てるのは簡単だけど、切り捨ててしまったら、やせ細ってしまったら、もう一回太らすのはものすごく大変なのです。
ある編集者が「作家に求めるものは文体と一握りのフィロソフィーです。ストーリーや構成は、ある程度やればパターンがあるので、それがわかってくれば編集者はいくらでもアドバイスはできます。だけど、文体とその人だけしか考えられない思想、その考え方が実は欲しい」と言ったのを聞いたとき、ちょっとしびれました。この「文体」と「フィロソフィー」こそ、まさに文学部の真骨頂じゃないでしょうか。高いところから見る、低いところからも見る、探して、そしてつくって広めていく。
でも、こういう学はメジャーになったらいけないんです。サブカルチャーはカルチャーを侵食してはいけないんです。だけど、これって大事な価値だと思うし、私はもう一回大学で勉強したい。痛切に思います。

インタビュー日/2015.12.10 文責/松井千津子 写真/斉藤真美

PROFILE

PROFILE

森下 佳子さん

森下 佳子(もりした よしこ)さん

東京大学文学部宗教学・宗教史学専修課程卒業。株式会社リクルートに勤務ののち、2000年『平成夫婦茶碗〜ドケチの花道』で連続ドラマ初執筆。
代表作に『世界の中心で、愛を叫ぶ』『白夜行』『JIN』『ごちそうさん』など。第22回橋田賞、第32回向田邦子賞受賞。
2017年度に大河ドラマ『おんな城主 直虎』を執筆予定。

一覧へ戻る

Copyright © 2015 University of Tokyo Faculty of Letters. All rights reserved.