ソシオロゴス 44号 (2020年12月発行)

包 暁蘭 内モンゴル自治区におけるモンゴル伝統医療の現状
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本稿では、中国内モンゴル自治区における伝統医療であるモンゴル医療を取り上げ、中国政府による医療制度化の過程について、歴史的社会的背景を整理し、次に、医療制度に組み込まれたモンゴル医療の現状と医師・患者への影響がいかなるものか、医師10名へのインタビュー調査から検討した。 現状のモンゴル医療が、多民族にも開かれた医療資源となった一方で、新しい医療システムに組み込まれたことは、新たな問題を生じさせた。医師の労働時間は長時間化し、また、経済的な要因等が治療の方針に大きな影響を与えるようになった。大量生産される薬の使用や診察頻度の低下、経済的・地理的・社会的都合によって決められる治療方針は、患者の身体状態が頻繁に綿密に観察されたうえで、オーダーメイドで作られる薬をもとに治療が進められてきた本来的な伝統医療のあり方とは乖離しているものであった。こうした医療の治療効果は未知であり医師と患者の経済的な負担と健康リスクは高まり続けている。
藤原 信行 彼が自ら命を絶ったのは誰のせいか
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近親者の自殺をめぐって遺族たちが責任帰属・非難に直面することは、彼ら彼女らの支援者、および死生学等の研究者たちによって批判されてきた。しかしそうした支援者や研究者たちは、自殺をめぐる責任帰属・非難が有する固有の〈合理性〉とこれを支える公的(public)な知識のありように関心をもたない。本稿では、近親者の自殺の原因をめぐり長年にわたって対立関係にあった遺族らへのインタビューデータの検討をつうじて、以下のことを明らかにした。そうした責任帰属と非難の応酬は、人びと公的に利用可能な成員カテゴリー化装置(MCD:とりわけ〈家族〉)を利用できることで可能となっている。遺族らはMCDをより適切に利用するための資源である、個別具体的なコンテクストにおける経験や知識に富んでいる。ゆえに、より有能に責任帰属・非難を実践可能であり、なおかつ否応なしにそういったことにかかわらざるをえない。
本多 真隆 戦後日本家族と「子育ての連帯」
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近年の家族研究においては、「家族の戦後体制」のゆらぎを背景に、これまで家族内で担われていた機能の外部化、社会化に関する議論が活性化している。しかしこれまでの諸条件のなかで、どのような協同関係の実践がなされていたかは十分に検証されてきたとはいい難い。本稿は、1960~70年代の団地に全国的に設立されていた、親たちの自主運営による保育施設(幼児教室)に着目し、その「民主的」な運営の実践を詳らかにすることで、戦後日本における「子育て」を通じた協同関係の構築の一端を明らかにする。検討の結果、幼児教室の「民主的」な運営とは、母親たちの主体性の獲得と、「子ども」を介した合意形成であることが明らかになった。そしてその活動は、近代家族のなかで私事化されていた子育てを開放した面はあったものの、性別役割分業型のライフスタイルに支えられていたものであることを示した。
松井 健人 「大正教養主義の起源」東京帝国大学教師 ラファエル・フォン・ケーベルと学生たち
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本稿では、大正教養主義に多大な影響を与えたとされるラファエル・フォン・ケーベルに着目し、東京帝国大学での彼の活動と学生との関わりについて論じる。既往研究では、ケーベルがのちに大正教養主義を担う学生たちに大きな影響を与えたことは自明視され、その具体的な様相は検討されなかった。ケーベルから学生への単線・直線的な影響関係が所与のものとされてきたのである。本稿の検討の結果、ケーベルの講義に出席した大半の学生はそもそも彼の発言を理解できず、ケーベルの風貌・外見そのものを、教養を意味するものとして受けとったことが判明した。一方で、ケーベルは語学能力の堪能さや彼自身の性的趣向といった観点から学生を選別し、彼らを自宅に招き閉鎖的サークルを形成した。このような非線形的なケーベルと学生との関係性が実際には展開していたのであった。
中川 和亮 イベントにおける広告主
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イベントは、おもに主催者、出資者、参加者から成立する三者間市場である。本稿が着目するのは、生活者が主催者となる地域活性化イベントにおける主催者と広告主との関係である。主催者はイベントに理念を持っている。参加者はイベントの理念に賛同する。広告主は出資するメリットを期待している。では、主催者のイベント理念と広告主のメリットはいかに一致しうるのか。本稿では、三者間市場における広告主のかかわりかたを検討した。事例として地域活性化を目的としてはじまった音楽イベント高槻ジャズストリートをとりあげた。主催者にもなりうる地域住民ならびに広告主がそれぞれの立場でイベントに参加するが、主催者のイベントへの理念に寄り添っているので不協和音は生じない。その結果として、高槻ジャズストリートの事例は、主催者、広告主、生活者という三者間市場において、社会的に意義のあるイベントとして成り立っていることが示された。
佐川 宏迪 定時制高校はいかにして中退経験者を学校に定着するよう動機づけたのか
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本稿では、定時制教育のエージェントが生徒を学校に定着するよう動機づけるメディアとして生活体験発表記録誌をとらえて語りを分析し、定時制高校は中退経験生徒にいかなる学校経験の枠組みを提示し彼らを動機づけたといえるのかを検討した。本検討では、1970年代初めから90年代半ばまでの記録誌の分析を通じて3つのタイプを抽出した。すなわち、定時制高校での学校経験を①「学歴獲得のチャンスとして意味づける語り」、②「青春を経験するチャンスとして意味づける語り」、③「(全日制高校では得られなかった)オーセンティックな経験を得るチャンスとして意味づける語り」である。これらの語りが、選択可能な学校経験の枠組みを提示し、中退経験生徒に選択の余地が与えられることで彼らの学校定着を動機づけたことが示唆された。特に③の語りは、全日制高校に適応できない生徒など学校化社会からの距離化を図った生徒をも動機づけしえたと考えられる。
武内 保 モーリス・アルヴァックス 集合的記憶論再考
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モーリス・アルヴァックスが提起した記憶論は、これまで主にその構築主義的な側面から理解されてきた。しかし、そうした理解は、近年、見直されつつある。そこで本稿では、構築主義的側面のみでなく、ベルクソン哲学の批判的な継承からなる集団の連続性に着目することで、集合的記憶論を再考する。また、その記憶論と不可分の関係にある個人の在り方を検討することで、アルヴァックス記憶論に潜在する個人の独自性、自由をめぐる問題を見出す。
寺澤 さやか 不妊治療を受ける女性の職場経験
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本稿は、「不妊治療と仕事の両立」という課題に着目し、就労しながら不妊治療をした経験のある女性を対象としたインタビュー調査の分析を行った。分析の結果、以下の2点が明らかになった。第一に、不妊治療について職場で開示をし、上司が理解を示しても、(1)上司が不妊治療のスケジュールに介入する、(2)顧客との関係性においては理解を求めることが難しい、という2点で、両立の課題が残る。第二に、不妊治療を開示すると、人事評価に悪影響があるのではないかという懸念が、開示しない一因になっている。以上を踏まえ、不妊治療期に特有の「産む性である身体」と「労働する身体」の矛盾について検討を行い、以下の2点を指摘した。(1)不妊治療について職場で開示すると、妊娠やその後の産休・育休の取得可能性という意味連関の中で評価がなされる。(2)従来の女性労働研究では、就労継続にとってポジティブに機能した専門性が、不妊治療期にはリスクとなりうる。
渡辺健太郎・齋藤僚介 高等教育における専攻分野と価値意識
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本稿の目的は、高等教育における専攻分野と価値意識の関連について検討することである。先行研究では、教育水準の高低によって価値意識の違いが説明されてきた。そのため、その関連が高等教育における専攻分野によってどのように異なるのかは検討されてこなかった。そこで本稿では、政治的態度に注目し、SSP-W2018データの分析を行った。その結果、先行研究で高学歴層にみられていた格差肯定意識は実学専攻に顕著な傾向であり、反権威主義などの意識はリベラル・アーツ専攻に顕著な傾向であることが明らかになった。この結果から、実学専攻の高学歴層では経済的に保守的な価値意識をもつ可能性が、そして、リベラル・アーツ専攻の高学歴層では文化的にリベラルな価値意識をもつ可能性が示唆された。
ロゴスとミュートス(2) : 江原由美子氏インタビュー
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今号では、現象学的社会学の理論的研究から出発し、ウーマン・リブやフェミニズムに関わり、ジェンダー研究を展開した江原由美子氏へのインタビューを掲載する。 今となっては、ジェンダー・セクシュアリティ研究の重要性は、社会学に限らず一般社会においても広く認識されている。しかし、そのように認識されるようになるまで研究者が歩んできた道のりは、険しいものであった。それは、ジェンダー・セクシュアリティに関わる経験が、一般社会において誤認されていただけではなく、社会学においてもある時期までは研究領域が十分に確立されていなかったからだ、と言えるかもしれない。社会運動とのネットワークを形成しながら、ジェンダー・セクシュアリティ研究を志す社会学者が取り組んだ試みの一つは、人びとの経験に言葉を与えることであった。その先駆者の一人が江原由美子氏である。 今号のインタビューには、過去の問題状況を知りたい読者だけでなく、社会学の実践的な意義とは何なのかと思い悩む読者にとっても、答えのヒントがきっとあるはずだ。

『ソシオロゴス』

新しい社会学を希求する人々の冒険の媒体として1977年に創刊された『ソシオロゴス』は、意欲的で発見に満ちた論文を発表する場を与えることにより、新しい社会学を発信していく媒体としてその先頭を走り続けています。

投稿募集

創刊以来公開の場において投稿者と査読者が直接顔をあわせて査読を進めていくというスタイルによって、新しいパラダイムにもとづく議論、大胆な冒険を行うための開かれた学術誌を目指して参りました。多くご寄稿をお待ちしております。

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