日本では腎不全のために、毎年、新たに約4万人以上の患者さんが腎代替療法(renal replacement therapy:RRT)と呼ばれる血液透析、腹膜透析または腎移植を必要としているといわれています。日本の透析患者の総数は約35万人にのぼります。腎臓病の専門家によると、日本におけるこれらの治療法の成績は世界のトップレベルです。
しかし、近年、人口の超高齢化にともなう患者層の超高齢化にともなって、高齢の腎不全患者さんの療法選択と意思決定支援をめぐる諸問題が深刻さを増しています。
高齢の患者さんに対する腎代替療法の医学的・倫理的な問題をはじめ、諸外国で研究知見が蓄積されつつある保存的腎臓療法(CKM: conservative kidney management)という透析を行わない選択肢の意味や、緩和ケアの確立へ向けた医学的な課題、人生の最終段階を生きる患者さんの実存的な苦痛(spiritual pain)への対応、認知機能が低下した患者さんや複数の疾患を合併している患者さんへの適切な意思決定支援のあり方、さらに生命維持治療としての透析療法の終了時期に関わる患者の価値観・死生観と医療者の職業的倫理観をめぐる葛藤など、課題が山積しています。
このような時代にあって、医療・ケア従事者はどのように患者さんの意思決定を支援すべきでしょうか。
私たちの研究班ではこれらの課題について、AMED研究開発課題「高齢腎不全患者に対する腎代替療法の開始/見合わせの意思決定プロセスと最適な緩和医療・ケアの構築」(研究代表者:川崎医科大学副学長 腎臓・高血圧内科学教授 柏原直樹氏)の会田薫子分担班の研究開発課題「高齢腎不全患者(人生の最終段階を含む)に対する共同意思決定による最適な腎代替療法選択、非導入の意思決定プロセスの構築」にて取り組んでおります。
ここに、当研究班の研究成果物である「高齢腎不全患者に対応する医療・ケア従事者のための意思決定支援ツール」を順次公開致します。
超高齢社会における末期腎不全への対応には、医療・ケア従事者側と患者さん側の双方の意識変革が求められていると言えます。
長寿の時代に、一人ひとりが人生の最終段階まで本人らしく生きることを支援するための医療とケアはどうあるべきか、医療・ケア従事者はどのように患者さんとご家族に対応すればよいのか、ご一緒に考え続けていくことができればと思っております。
※著作権に関するご注意
臨床現場においては、この「意思決定支援ツール」はご自由にダウンロードしてお使い頂くことができますが、この「ツール」の著作権者は奥付に掲載されています。そのため、ご使用に際しては最後の奥付のページまで合わせてご覧くださるようお願い致します。
また、学会発表や論文執筆等に関連してこの「ツール」を参照される場合は、研究倫理の一般的なルールに則って、引用されるようお願い致します。
高齢の患者さんのなかには、心身が弱くなり透析生活を「やめたい」とおっしゃる方が少なくありません。そんなとき、医療・ケア従事者は患者さんとどのような対話をすべきでしょうか。患者さんから「治療がつらい。もう終わりにしたい。もう十分生きた」と言われたら、どうしますか?
本章では、患者さんの真意を理解しようとすることの大切さ、そのために患者さんと行う対話の重要性、生きる希望を高める寄り添い方について考えます。
透析療法は循環動態に負荷をかける治療法であるため、老化が進行した患者さんにとって医学的効果は限定的あるいはかえって負担をかけているという医学論文が、近年、相次いで発表されています。
なかには高齢患者に対する透析療法は患者さんに対して益よりも害をもたらしているとする報告もみられます。その害は身体的な面および生活の質(quality of life: QOL)の両面に及んでいます。
一方で、老化の進み方は一人ひとり異なるため、暦年齢のみで医学的に判断することはできません。それは医科学的に適切な判断とはいえません。
あくまで、一人ひとりの患者さんの身体的な状況を医学的に適切に診断し、それを踏まえて、本人の人生の物語りの視点から、本人にとって最善でご家族も医療・ケア従事者も納得できる治療法を選択していくことが大切です。
このような意思決定支援を下支えする方法として、医療・ケア従事者のカンファレンスの方法をご紹介します。
高齢者における認知機能の低下はよくあることです。原因疾患がある場合もありますし、心身の苦痛や全身状態の悪化が認知機能の低下を招くこともあります。また、認知機能の低下の程度も人によってさまざまです。
本人が医学的な事柄を理解し自らの意向を表明することが困難になったとき、本人のための療法選択のプロセスはどのように進めればよいでしょうか。
本人の認知機能が不十分と思われるとき、医療・ケア従事者は往々にしてご家族との話し合いのみで療法選択をしがちですが、臨床倫理的に適切な意思決定支援のためには、できるだけ当事者である本人の意思を尊重することが大切です。
言語化が困難になりつつある本人の価値観・人生観をできるだけ把握し、意向を尊重する一例として、本章を作成しました。ご一緒にお考え頂ければ幸いです。
一旦開始した透析療法を「やめたい」と、患者さんが強く望むとき、本人の意向を尊重した共同意思決定(shared decision-making:SDM)の
プロセスはどのようなものになるでしょうか?
本人の意思は変化しうるものであることを十分認識したとき、多職種による医療・ケアチームはどのように連携すれば、本人とご家族を支えることができるでしょうか?
緩和ケアを適切に提供しつつ、本人らしい人生の集大成を支援する方法について具体的に検討します。
AMED「高齢腎不全患者に対する腎代替療法の開始/見合わせの意思決定プロセスと最適な緩和医療・ケアの構築」研究班
◎柏原 直樹 | 川崎医科大学 腎臓・高血圧内科学 教授 |
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守山 敏樹 | 大阪大学 キャンパスライフ健康支援センター 教授 |
岡田 浩一 | 埼玉医科大学医学部 腎臓内科学 教授 |
神田英一郎 | 川崎医科大学 特任教授 |
中元 秀友 | 埼玉医科大学 医学部総合診療内科 教授 |
酒井 謙 | 東邦大学 医学部腎臓学講座 教授 |
丹波嘉一郎 | 自治医科大学医学部附属病院 緩和ケア部 教授 |
南学 正臣 | 東京大学医学部附属病院 腎臓・内分泌内科 教授 |
成田 一衛 | 新潟大学大学院医歯学総合研究科腎・膠原病内科学 教授 |
猪阪 善隆 | 大阪大学 大学院医学系研究科 腎臓内科学専攻 教授 |
深水 圭 | 久留米大学医学部内科学講座腎臓内科部門 主任教授 |
土谷 健 | 東京女子医科大学 血液浄化療法科 教授 |
新田 孝作 | 東京女子医科大学 腎臓内科学 教授 |
三浦 靖彦 | 東京慈恵会医科大学 総合診療部 教授 |
小松 康宏 | 群馬大学 医療の質・安全学講座 教授 |
会田 薫子 | 東京大学 大学院人文社会系研究科 特任教授 |
分担研究開発課題「高齢腎不全患者(人生の最終段階を含む)に対する共同意思決定による最適な腎代替療法選択、非導入の意思決定プロセスの構築」
研究開発分担者: | 会田薫子(東京大学 死生学・応用倫理センター 上廣講座 ) |
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研究参加者: | 大賀由花(山陽学園大学 看護学部) 斎藤 凡 (東京大学医学部附属病院 看護部) 田中順也 (堺市立総合医療センター 看護部) |