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▼ 文化資源学とは?

文化資源学 Cultural Resources Studies は、つぎのような発想から生まれました。

文化資源学研究室は2000年度に創設された。百年を超える長い歴史を有する文学部としては比較的新しい研究室である。正しくは文化資源学研究専攻といい、大学院のみで、学部に対応する専修課程を持たない。2027年度からは、文化資源学コース、文化基盤学コース、文化経営学コースの三つのコースから成る。

2015年度以降、本専攻は文化資源学コースと文化経営学コースの二コース体制で教育研究を行ってきた。それ以前は、文化経営学、形態資料学、文字資料学(文書学・文献学)で構成されていた。後二者を統合して文化資源学コースとし、文化経営学コースの前に置く構成は、つぎのように発想された。

世界には、「かたち」と「ことば」の膨大な蓄積がある。文書とは書かれた「ことば」、文献とは書物になった「ことば」である。多くの人文学・社会学系の学問は、もっぱらこれら「ことば」を相手にしてきた。ところが、現代では学問領域があまりにも細分化されたばかりか、情報伝達技術の発達が「ことば」とそれを伝えるメディアとの関係を希薄なものに変えてしまった。大学では「ことば」を読むことの訓練は盛んに求められてきたものの、肝心の「ことば」を過去から、あるいは遠方からわたしたちのもとへと伝える「文字」や「文書」や「書物」などのメディアそのものに対する関心が希薄になりがちである。

しかし、「文字」が発明された時点から、「ことば」はメディアの具体的な「かたち」と無縁ではなかったはずだ。両者を切り離して考えることはできない。「かたち」は「ことば」を拘束するが、一方で、それらの伝達や保存に対してさまざまな可能性を与えるからだ。「ことば」に向き合おうとするならば、「文書」や「書物」という物体、紙や石や木という物質、筆やペンやコンピュータ、スマートフォンといった道具にも目を向ける必要がある。

一方、「かたち」をもっぱら研究対象とする既存の分野は、文学部においては美術史学と考古学ぐらいだが、いったん学問領域が設定されると、そこからは美術作品ではない、あるいは考古遺物ではないという理由で、無数の「かたち」が視野の外へと追いやられてしまう。

そこでは「ことば」をめぐる学問とよく似たことも起こる。すなわち、「かたち」をめぐっても、それを現実に作り出している物質や物体に対する関心が希薄になりがちなのだ。絵画を例にとれば、描かれた画像は絵画本体を離れて、版画や写真や印刷物、テレビやインターネットなどのメディア上をいくらでも移動可能である。そうした画像のみを論じることも大切な研究である。しかしまた、絵画の形態(壁画、襖絵、天井画、掛け軸、絵巻、絵馬、額装画など)や物質的な側面は、そもそも絵画とは何であるかを考える重要な手掛かりとなる。絵画の形態は、それがそれぞれの時代にそれぞれの場所でどのような役割を果たしていたかを教えてくれるからだ。

文化資源学では、さらに「おと」の問題も視野に入れている。ここでは「おと」という目には見えないものが、どのような「かたち」(身体、楽器、音符、楽譜、音楽学校、コンサートホール、レコード、テープレコーダー、CD、音楽配信サイトなど)をともなって生まれ、伝わるのかをも考えようとしている。

文化資源学とは、いわば既存の学問体系の側に立つことよりも、体系化のもとになった資料群の中に分け入ることから始まる。文化を根源に立ち返って見直し、資料群から多様な観点で新たな情報を取り出し、社会に還元することを目指している。

あえて「資料」ではなく、「資源」を使う。資源は英語でresourcesという。sourceの第一義は水源であり、川や流れの始まる場所である。そこにreが加わることにより、水源に臨むという意味が強められている。源泉からもう一度考え直そうというわけだ。

また、「資源」を用いることには、「文化財」から少し距離を置くという意識がある。日本では、1950年に文化財保護法が制定されて半世紀を優に超えた。この間に文化財という言葉はすっかり定着したが、それは国や地方自治体による価値評価=指定制度の定着でもあった。一方で指定制度の弊害も顕在化し、指定されないものの再評価も求められている。1996年に登録制度が新たに導入され、2005年に文化的景観というカテゴリーが生まれたのはこのためである。近年ではまた、ユネスコの世界遺産に刺激されて文化遺産もよく使われている。

すでに価値の定まった「文化財」でも「文化遺産」でもなく「文化資源」を用いるのは、現代の社会、現代の文化に目を向けようとする意志の表明でもある。

このようにして「源泉」に立ち返って得た知識や情報を、現代社会の中で保存し、公開し、活用していくためには、それらを支える基盤についても考えなければならない。とりわけ今日では、文化資源のデジタル化、デジタル・アーカイブの構築、情報システムの設計と運用、長期保存、公開と利活用の仕組みづくりが、文化活動や文化施設にとって不可欠の課題となっている。博物館、美術館、劇場、図書館、文書館などの文化施設では、収蔵資料や活動記録をどのようにデジタル化し、どのように保存し、どのように社会に開いていくのかが問われている。2022年の博物館法の改正以降、博物館等に求められる役割や能力は大きく変化しており、資料の保存や展示だけでなく、デジタル技術を活用した情報の整理、共有、発信、活用がいっそう重要になっている。

こうした課題に応えるために、2027年度から新たに文化基盤学コースを設ける。文化基盤学コースは、文化資源のデジタル化や、それらの長期保存、公開、利活用を支える情報基盤の設計・構築・運用について学び、研究するコースである。そこでは、文化活動に関わる専門家と、情報技術に関わる専門家をつなぎ、文化資源を社会の中で持続的に活かしていくための仕組みを構想できる人材の育成を目指す。

このように、文化資源学が「かたち」と「おと」と「ことば」の源泉に立ち返って文化を見直す営みであるとすれば、文化基盤学は、そこから取り出された知識や情報を、現代の技術環境の中で保存し、共有し、将来へと伝えていくための基盤を考える営みである。そして、そのような知識や情報を社会へと還元させることが「文化経営学」にほかならない。

文化経営学では、史料館、文書館、図書館、博物館、美術館、劇場、音楽ホール、文化政策、文化行政、文化財保護制度、著作権制度などの過去と現在と未来を考え、そのことを通じて文化資源を活用しようとする。文化施設の運営、文化活動の評価と支援、文化政策の立案なども、文化経営学の重要な課題である。

ここで強調しておきたいことは、あくまでも「かたち」と「おと」と「ことば」に関する思考、研究の上に立脚して、文化を支える基盤を構想し、さらに文化経営の在り方を探究するという姿勢である。形態資料は博物館や美術館や劇場に、文字資料学は文書館や図書館につながるものの、はじめに「かたち」や「おと」や「ことば」ありきであって、決してその逆、はじめに博物館や音楽ホールや文書館ありきではない。それら文化施設のマネジメントを身につけるためには、経営技術の習得のみでは不十分で、「かたち」と「おと」と「ことば」が織り成す文化に通暁する必要がある。同時に、今日では、それらを保存し、公開し、活用するためのデジタル技術や情報基盤についての理解も欠かすことができない。

文化資源学コース、文化基盤学コース、文化経営学コースという順番には、このような意味がある。まず、文化資源学コースでは、「かたち」と「おと」と「ことば」から成る文化資料を、文化資源として分析し、評価する。つぎに、文化基盤学コースでは、そうして見いだされた文化資源を、保存し、公開し、活用するための情報基盤を構想する。そして、文化経営学コースでは、それらの文化資源と基盤をふまえ、文化施設、文化活動、文化政策、文化行政のあり方を考える。つまり、三つのコースは、文化資源を見いだすこと、それを支える基盤をつくること、それを社会の中で活かすことという一連の流れを示している。

ただし、入学後はいずれもいっしょに学んで行くと考えてほしい。三つのコースは別々に閉じた領域ではなく、文化資源をめぐる共通の問題意識のもとで、互いに深く関わり合っている。文化資源学研究専攻は、この三つのコースを通じて、文化を源泉から見直し、それを支える基盤を築き、社会へと開いていくための研究教育を進めていく。

▼ 特色1 ~さまざまな連携

こうした目標を達成するために、文化資源学研究室はふたつの特色を持ちます。ひとつは、文化資源学の領域横断的な性格を反映させて、人文社会系研究科の他の研究室とゆるやかにつながっていることです。現在は、美学芸術学、美術史学、宗教学宗教史学、日本史学、考古学、社会学、中国文学などの多彩な研究者が参加しています。

さらには、学内外のさまざまな研究機関とも連携しています。学内機関としては史料編纂所総合研究博物館東洋文化研究所と連携し、教育にあたっています。学外機関としては国立西洋美術館、国立国文学研究資料館と協力関係にあり、インターンシップなどの実践的教育を行っています。

▼ 特色2 ~開かれた研究室

もうひとつの特色は、社会人・外国人に対して大きく門戸を開いていることです。それは、大学を社会に向かって開こうとする意志表示でもあります。募集人員の半数が社会人ですから、結果として、国籍・年齢・職業・キャリアなどが多種多様な構成員による研究室が実現しています。社会人学生の職場は、文化関係仕事に就かれている方もいれば、官公庁・自治体・一般企業等多様です。個人事業主として専門的なお仕事をされている方もいます。高校から学生を受け入れ、社会へ送り出すという大学のこれまでの常識的な役割が、ここではまったく通用しません。社会人が大学に逆流し(リカレント教育)、反対に、学生が在学中から社会の現場に出る(インターンシップ)という仕組みを積極的に構築していきます。東京大学大学院では、就業している社会人が長期にわたって学ぶために「長期履修学生制度」も用意しています。

▼ 書籍出版

文化資源学――文化の見つけかたと育てかた(新曜社)著者 東京大学文化資源学研究室編

2021年に、東京大学文化資源学研究室編『文化資源学――文化の見つけかたと育てかた』(新曜社)を刊行しています。

目次

序 文化資源学──文化の見つけかたと育てかた(小林真理)
第一部 おと・ことば・かたち
第1章 環境の音は誰のもの?――「発車メロディ」と著作権問題(渡辺裕)
第2章 集中講義「猥褻論」(木下直之)
第3章 文化資源学の作法――「個室」の成立と変貌に焦点をあてて (佐藤健二)

第二部 見つけかた
第4章 美術史と文化資源の往還――絵巻の国際的研究を通じて(髙岸輝)
第5章 文化資源としての葬儀――第三者の関与による変容と継承(西村明)
第6章 文化資源としてのゲーム――ゲーム保存の現状と課題(吉田寛)
第7章 ベースの場――文化資源としての在日米軍基地(ライアン・ホームバーグ)
第8章 一九四九年のコカコーラ――小津安二郎監督『晩春』と敗戦へのまなざし(福島勲)
第9章 米国セツルメント・ハウスにおける本づくり――エレン・ゲイツ・スターの工芸製本(野村悠里)

第三部 育てかた
第10章 文化資源学研究専攻における文化経営の位置づけ(小林真理)
第11章 文化資源学における論文の型(中村雄祐)
第12章 文化経営学の対象――文化政策研究の発見(小林真理)
第13章 文化資源学の国際展開(松田陽)


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