一瞬だけフラッシュされる光やぼやけた輪郭など位置の確定しづらい図形の見かけ上の位置が、近傍の運動図形の方向に引きずられるという現象があります。このような現象には低次から高次までさまざまなメカニズムが関与しているという証拠があります。それでは、運動刺激のよるフラッシュ刺激の位置ずれ効果 (フラッシュ・ドラッグ効果) には私たちの意識的な注意が絶対必要なのでしょうか? 注意の関与できない運動刺激でも、フラッシュ・ドラッグ効果を生じさせることができるのでしょうか?
本研究室の吹上大樹 (大学院修士課程)、共同研究者の David Whitney 教授 (カリフォルニア大学バークレー校) と村上は、図に示すように、運動するパターンの近傍に小さな光点をフラッシュ刺激で与え、光点の見かけの位置を測定しました。運動刺激としては観察者に予測できないランダムな運動方向の変化をするランダム運動図形や、単に2フレームを順に映すだけの運動などを用いたのですが、これらによってもフラッシュ・ドラッグ効果がきちんと生じることを示しました。
ランダムな運動とは、人間に予測できない運動ですので、期待・構え・注意とは無縁のものです。これによっても錯覚が生じるということは、注意以前の視覚運動メカニズムが錯覚の生起に十分であるという証拠で、位置の信号雑音比が小さいような場合には周辺の情報を有効活用するという動作原理が視覚処理の初期段階にも実装されていることを示します。もちろん、高次のメカニズムの関与を否定するものではなく、低次から高次にかけて同じ動作原理で異なる計算資源を生かして最適な解を計算しているという可能性が考えられます。
Fixation point: 固視点
人間の初期視覚系には、特定の方位 (画像中の光の傾き具合) に感度をもっている方位フィルタと呼ばれるメカニズムがあります。最初の段階の小さなサイズの方位フィルタは、黒地に白などのような輝度 (光の強さ) で描かれた方位に感度をもっています。そこでこしとられた特定方位の輝度の信号は、次に、背景輝度に比べてどれくらい白黒の差がついているかというコントラストの情報に変換されて、次の段階の大きなサイズの方位フィルタに入力します。これらの間で、第1段階のフィルタのすべてが第2段階のフィルタに入力信号を送るのか、同じ方位を好むもの同士が情報のやりとりを行うのか、よくわかっていません。
本研究室の小林憲史 (大学院修士課程)、寺尾将彦 (日本学術振興会特別研究員 PD) と村上は、特定の方位を長時間観察した後で真縦の方位を見ると逆に少し傾いて見える、という方位残効の起こる強さを測ることで、これらフィルタ間の連絡関係を研究しました。概念図に示すように、小さな白黒の方位の要素刺激を並べてその並びで大きなサイズの傾きができるようにして、それを長時間眺めて順応した後、生じる残効の強さを測定します。その結果、第2段階のフィルタの好む方位を形作る光刺激の中に、その方位と平行な輝度の方位があるか、もしくは直交方位の輝度の方位があれば、十分強い方位残効が生じるという結果になりました。
この結果から、輝度で形作られる方位の処理と、1段階先で行われるコントラストで形作られる方位の処理との間には、方位選択的な促進効果があることがわかりました。現代社会には例えば電飾サインのように、最小画素の形と、画素を並べて表示する模様とが互いに無関係な視覚情報表示があふれています。本研究のひとつの解釈として、見せたい模様の方位が決まっていれば、その模様の構成要素である画素にもそれと平行あるいは直交の方位をもたせる方が、私たちの脳にとっては最適な表示方法であるかもしれません。限られた空間分解能で光の傾きをくっきり見せる画像表示方式の提案に将来的にはつなげていきたいと思っています。
ある領域内で小さなドットをたくさんばらまき、1方向に運動させると、その方向に動く1つの運動面が知覚されます。またドット群を2方向のいずれかに運動させると、運動方向の違いが十分大きければ2つの運動面が同時に知覚され (運動透明視)、運動方向の違いが小さいときにはそれらを統合した1つの運動方向への面が知覚されます。一方、周辺の運動によってそれに囲まれた領域の見かけ上の運動が影響されることも知られています。周辺運動が上向きのときには、たとえ中心領域が静止していても下向きに動いて見え (誘導運動)、中心領域が例えば左上に動いていたとすると、この誘導運動の効果との加算が生じ、もっと傾きが寝た方向に動いて見えます。
本研究室の竹村浩昌 (大学院博士課程、日本学術振興会特別研究員 DC2)、共同研究者の田嶋達裕氏 (日本放送協会長野放送局) と村上は、運動透明視と誘導運動との関係がどうなっているかを調べるため、中心領域には左上ないし右上の2方向のいずれかに動くドット群、周辺領域には別の方向に動くドット群を配置し、中心領域に生じる運動を判断する課題を行いました。すると、中心領域の2方向の差が90度であるとき、周辺領域に上下方向に動くドット群を出した場合 (統制条件) に比べて、周辺領域に上向きに動くドット群を与えて中心に下向きの誘導運動が生じるように仕向けた場合の方が、2方向に分離した見える割合が高まり、知覚される運動方向はより角度の寝た方向に見えることがわかりました。また、周辺領域に下向きに動くドット群を与えて中心に上向きの誘導運動が生じるように仕向けた場合の方が、1方向に統合されて真上に知覚される割合が高まりました。
この結果から、中心領域にまったく同じ動画像があっても、周辺領域の運動の存在によって誘導運動という錯覚の要素が中心領域に入り込むときに、誘導運動と実際運動との相互作用が生じて、2面の運動面に分離する割合が高まったり低まったりすることがわかりました。何もなければ1つに統合されて見えてしまう、つまり視覚の分解能が悪い場合であっても、主観的に感じる2方向が適切な方向になるように誘導運動を混ぜてやることによって、かえって私たちの分離性能が高まる場合があるというわけです。このことは、分離性能に限界を与える視覚系内部のノイズ要因が、誘導運動の発生をつかさどるメカニズムによって影響を受ける位置にあること、内部ノイズを克服して感度の最適化を図るために空間的相互作用の配置が有用であること、を示唆しています。
Perceived direction: 知覚される運動
Induced motion component: 誘導運動の要素
Same surround: 中心と周辺が同様の運動方向だった場合
Opposite surround: 中心と周辺が反対の運動方向だった場合