◇教員◇ 

教授:柳原 孝敦 

准教授:阿部 賢一 

准教授:藤井 光 

助教:須藤 輝彦

 

 ◇協力教員◇

教授:阿部 公彦(英文)

 ◇学生◇

学部、修士課程、博士課程 

 

1現代文芸論はどんなところで、どういう人に向いているか?

 現代文芸論は2007年に発足した、比較的新しい研究室です。この研究室が何を目指し、どういう人に向いているか、最初に簡単に説明しておきましょう。

 現代文芸論は、世界の文学を、日本文学も世界文学の一部として視野に入れながら、現代的な観点から研究する場所です。きちんとした枠組によって規定され「できあがった」ディシプリンとはまだ言いにくいかもしれませんが、私たちが目指しているのは、新しいディシプリンの確立というよりは、むしろ、伝統的な一国一言語別の「縦割り」を越え、様々な言語や作家たちの声が響き交わす出会いの場を作り出すことです。そういった研究室の精神を反映して、雰囲気はとてもオープンで、他専修課程の学生の皆さんや、様々な国の研究者が研究室に常時出入りしています。

 そして、様々な分野に挑戦する学生・院生たちの交流の場を作るために、現代文芸論研究室では年に一回研究合宿を行うほか、作家や詩人や他大学・外国の研究者をゲストとして招いてシンポジウムや講演会などを活発に行っています。このように活気ある新しい研究室の輪郭をいっそう魅力的なものにしていくのは、私たち教員とともに、従来の枠組みを越えて開かれた可能性を探求していく学生のみなさん、君たち、あなたたちのひとりひとりです。ぜひ、目の前に開ける未踏の沃野の開拓者となってください。

 現代文芸論研究室の創設の出発点となったのは、広く世界の文学のありかたを視野に入れ、現代の文芸研究の成果を踏まえて広く世界の文学を研究する場を文学部に作ることが必要だという認識でした。誤解のないように強調しておけば、この専修課程名はもっぱら「現代文学」を扱うという意味ではありません。20世紀の越境的な文学・文化研究の成果を踏まえ、21世紀の現代の観点から文学に新たな光を当てたいという意味で「現代」なのであって、近代以降の文学全般が視野に入ります。したがって、ここで扱い得る具体的な研究対象(作家、言語、地域、時代など)は多様です。

 そのため現代文芸論での勉強は単位選択の幅も広く、とても自由だとも言えますが、その反面、広い選択の幅の中で自分なりの研究の筋道を作っていかねばならないだけに、他の専修課程よりも自律性を求められることも覚悟してください。私たちの専修課程は、既存のディシプリンの枠にはまらない領域に挑戦しようという意気込みのある学生を歓迎します。また、文学を研究したいのだけれども、まだどれか一か国に専門を絞りきれない、といった皆さんに対しても、現代文芸論は門戸を開いています。

 

2現代文芸論の発足

 現代文芸論専修課程は、西洋近代語近代文学専修課程(以下「西近」と略記)を基礎にし、それを改組して2007年度に発足しました。これにともなって、「西近」の略称で親しまれてきた専修課程はなくなりましたが、実質的に西近の研究・教育内容はそのまま現代文芸論専修課程に引き継がれています。そこれまで西近は、専任教員を持たず、他専修課程の教員の兼任によって運営されてきましたが、現代文芸論は専任教員を持つ、完全に独立した専修課程です。

 また、西近には大学院課程がありませんでしたが、2007年4月には人文社会系研究科欧米系文化研究専攻の中に、現代文芸論専門分野の修士・博士課程が新設されることになりました。これは学部の現代文芸論専修課程の上に直結した大学院課程で、その趣旨や基本的な教授陣は学部の場合と同じですが、欧米のバックグラウンドから近現代日本文学を研究対象として視野に入れることも可能になるので、大学院課程では日本文学研究を目指す外国人留学生を積極的に受け入れる点が、これまでと異なる大きな特徴になっています。

 

3授業カリキュラムと研究分野

 具体的な授業カリキュラムについて言えば、従来の西近の基本的な枠組みを受け継ぎ、西洋近代を中心に、複数の言語や地域にまたがって世界の文学を幅広く見ることを基本方針としています。そして、欧米の近現代文学の研究を基礎としながらも、伝統的な一国一文学の枠内に収まらないような分野や、既存の専修課程で扱い切れないような言語・地域なども視野に入れてカリキュラムを編成します。

 授業の履修のしかたについて言えば、現代文芸論の専任教員による演習や講義が中心になるのは当然ですが、それ以外に、各自の興味と専門に応じて欧米文学および日本文学に関する様々な他専修課程の授業を履修し、一定程度まで卒業に必要な必修科目として認定を受けることができます。このように柔軟な「認定科目」制度を設けている点は、西近以来受け継がれてきた大きな特徴です。また現代文芸論の学生は、従来の西近と同様、広い知見を養うため、三言語以上の分野にわたって学習することが求められます。

  具体的には、以下のような分野を積極的に扱うのが、現代文芸論専修課程の特色と言えるでしょう。

翻訳論――その理論と実践

批評理論

欧米の一国一言語に限定されない視点からの文学研究全般(亡命文学、越境的な文学、世界文学論、文学におけるバイリンガリズムなど)

ラテンアメリカ文学、広域英語圏文学、中東欧広域スラヴ語圏文学など、既存の専修課程の枠内では専攻できない言語文化

  専任教員の専門をごく簡単に紹介すれば、柳原孝敦教授はラテンアメリカ文学・広域スペイン語圏文化を扱います。阿部賢一准教授は中東欧文学、比較文学に関連する授業を担当します。藤井光准教授は英語圏小説の翻訳、アジア発の英語小説読解などの授業を担当します。須藤輝彦助教は、授業も担当し、学生指導の一翼を担うとともに、学務上の事柄全般について研究室の要となります。

 その他、文学部内からの協力教員として、英文の阿部公彦教授が批評に関する演習を受け持ちます。

 ただし、現代文芸論の扱う範囲は非常に広く、文学部のスタッフだけでは扱い切れない分野については学外からの非常勤講師の方々に補っていただいています。非常勤講師陣による授業が多彩で充実していることも、本専修課程の特色の一つです。過去数年の実績の中から、非常勤講師による授業をいくつか選んで挙げてみましょう。

「中欧文学論」/「アルジェリア文学入門」/「文芸批評」/「Creative Reading and Writing of Short Stories」/「バスクの言語と文化」/「スウェーデンの言語と文化」/「アラブ文学入門」/「Advanced Creative Writing and Reading Short Fiction」/「ケアと文学」/「アフリカ文学概論」/「西ロマニア周縁言語文化論」

 これらの授業の多くは、文学部の既存の枠組みの中ではなかなか学ぶことのできない分野を扱っており、現代文芸論の学生に限らず、文学部の他専修課程の様々な学生の興味と必要に応えるものになっています。現代文芸論では、今後も多彩な授業メニューを充実させていくことを重要な課題と考えています。

 

4専修課程の理念と歴史——西洋近代語近代文学から現代文芸論へ

 もともと「西洋近代語近代文学専修課程」(西近)は、文学部の言語文化系の中でも異色の存在でした。外国語外国文学を専攻する場合、一か国・一言語に限定して研究するのが常道であるし、そうでなければ研究のディシプリンが成り立たないと考えるのが普通ですが、「西近」の場合は、特定の一言語に視野を限定せず、複数の言語(三言語以上)にわたって学習することを前提に、近代ヨーロッパ諸国の言語や文学をヨーロッパ的全体の広がりの中でとらえ、研究しようとしてきたからです。

 その背後には、ヨーロッパは多様でありながら互いに多くの共通性を持った文化共同体だという考え方がありました。その全体像を視野に入れるように努めることが、「西近」の基本的な理念だったといえるでしょう。私たちは様々な国を十把一絡げにして便宜上「西欧」と呼んでしまうことがしばしばありますが、その実体は決して英独仏等の国々の単なる寄り合い所帯ではなく、一か国に限定されない広い視野で研究して初めて見えてくるヨーロッパの姿というものがあるはずです。現代文芸論では、このような考え方を受け継ぎながら、ヨーロッパをより広い現代世界に観点を拡張し、世界の文学を(近代日本も視野に入れ)理論と実践の両面から幅広くとらえることを目指していきます。

 どのようにしてこのユニークな専修課程が生まれたのか、ごく簡単に沿革を振り返っておくと、西洋近代語近代文学専修課程は、昭和38年(1963年)度に文学部の語学文学系が第三類として再編成されたとき、西洋古典学専修課程と同時に創設されました。もともと専任教員を持たず、欧米語学文学系学科の共同運営という基礎の上に成り立った課程でしたが、昭和55年(1980年)度以降、運営の主体をロシア語ロシア文学(現在のスラヴ語スラヴ文学)専修課程に置くことになりました。「西近」だけを本務とする専任教員を持たない状態のまま、文学部には珍しいインターディシプリナリーな専修課程を維持・運営するのは、必ずしも容易なことではありませんでしたが、主としてスラヴ文学の川端香男里教授および栗原成郎教授の努力のおかげで「西近」は従来の伝統的なディシプリン間の空隙を埋める専修課程として定着しました。さらにそれを発展させて発足した現代文芸論は、沼野充義教授、柴田元幸教授、野谷文昭教授(いずれも現名誉教授)の教育・研究を通して、文学部の新しい伝統の一環を担うことになりました。

 

5勉強のしかたと卒論

 現代文芸論の授業は、専修課程間の枠をできるだけ越えて、異なった分野どうしの相互乗り入れを可能にすることを目指しながら行なわれています。現代文芸論に進学した学生諸君は、文学部のすべてを――文学だけに限らず、哲学、歴史、美学なども――自分の庭として自由に出入りするくらいの意欲を持って、文学部を探索していただきたいと思います。

 また授業履修に関するもう一つの大きな特色は、前述したように、英・独・仏・スラヴ・南欧、国文等の他専修課程の講義・演習の多くを必修科目に代わる「認定科目」として履修できるということです。選択の幅は広いので、各自の興味にあわせて勉学の方向づけを自由に決めていくことができます。

 授業履修の際には、三言語(日本語も含む)以上の分野にまたがって学ぶことを原則としていますが、誤解のないよう一言付け加えておくと、三言語を同様にマスターすることが要求されているわけでは決してありませんし、そんなことは決して現実的ではありません。ここで求められているのは、一つの言語(例えば英語)を中心に研究し、もう一つの言語(例えば西・仏・独・伊・露など)を補助的に学び、さらに古典語(ギリシャ語かラテン語)の初歩を西欧文化研究の基礎教養として身につける、といったプログラムを各自が自分の興味と研究主題に応じて考え、実践するということです。それなら誰にでも十分実行可能でしょうし、そうすることによって研究を狭く一か国に限定した場合には見えてこないような世界文学の豊かな広がりに接することが必ずできるものと思われます。

 卒業論文の研究テーマも、この専修課程の趣旨を反映して、非常に選択の幅が広くなっています。参考までに、最近の卒論のテーマをいくつか挙げてみましょう(卒論は研究室で保管しており、閲覧可能です)。

「ブルーノ・シュルツの創作原理——書評・評論・書簡を中心に——」/「ディック作品におけるアンドロイド」/「片山広子のアイルランド文学翻訳について——ウィリアム・シャープの作品を中心に——」/「読むことから書くことへ——水村美苗の私小説的語りについて——」/「Richard Brautigan『アメリカの鱒釣り』、『西瓜糖の日々』の翻訳分析」/「『Allegory and Ghosts: The Historiography in Steve Erickson's Arc d'X」/「T. H. White "The Once and Future King" における二項対立との対峙」/「崎山多美作品における舞踏」/「メキシコ都市の表象 カルロス・フエンテス『澄みわたる大地』(1958)を題材に」/「『異邦人』論争を再考する」/「『マシアス・ギリの失脚』における孤独」/「日本文学とオノマトペ——幸田文「黒い裾」におけるオノマトペ」/「二十世紀初頭のペテルブルグ文学——ベールイ『ペテルブルグ』を読む——」/「『汚辱の世界史』から見るボルヘス作品の礎」/「ドラマ『カラマーゾフの兄弟』のキャラクター像に見る「カラマーゾフ」」/「『ワーニャ伯父さん』における環境破壊」/「吉本ばななとアン・タイラーの家族観」/「ドラマ『カラマーゾフの兄弟』のキャラクター像に見る「カラマーゾフ」」/「『ワーニャ伯父さん』における環境破壊」/「吉本ばななとアン・タイラーの家族観」

 

6進路——就職と大学院進学

 卒業生の就職について言えば、西近時代から卒業生は一般企業・マスコミ・出版社・金融などの分野で活躍しています。卒業生が働く分野はこのように様々ですが、専修課程で一国一言語の枠を越えて文学を研究することを通じて得られた幅広い知見や柔軟なものの見方が、就職の際に評価され、職場でも歓迎されています。

 また卒業生のかなりの部分が、大学院に進学し、研究者への道を歩んでいます。大学院には、現在、修士・博士課程をあわせて40人近い大学院生が在籍しています。中国、韓国、スロベニア、香港、アメリカ、イギリス、ポーランドなど、様々な国や地域からの留学生も大学院で学んでいます。現代文芸論以外の様々な他分野に「転進」していく能力を伸ばせるのも、現代文芸論の特徴と言えるでしょう。現代文芸論の学部課程を修了して、他の専門分野の大学院に進学することも、また他の専修課程を修了した人たちが現代文芸論の大学院を受験することも、どちらも歓迎します。つまり現代文芸論は、学部⇒大学院の進路に関しても自由で開かれた場を作り出すことに貢献したいと考えています。

 

7国際交流と多彩なイベント

 現代文芸論研究室は、学生・研究者の国際交流にも積極的に携わってきました。これまでワルシャワ大学、マンチェスター大学との学術交流・留学生交換の世話役を務めてきた他、ハーバード大学のデイヴィッド・ダムロッシュ教授が主宰して世界各地で行うInstitute for World Literatureというサマースクールにも提携校として参加しています。2018年7月には現代文芸論研究室が受け入れとなって東京大学で開催されました。文化庁の日本文学翻訳プロジェクトJLPPやヨーロッパ文芸フェスティバルにも、現代文芸論研究室の教員が協力しています。

 また、当研究室は、作家や外国の研究者など、様々なゲストを呼んでシンポジウムや講演会などを積極的に行い、文学の出会いの場を作ってきました。2011年11月にはダムロッシュ教授を迎えて世界文学に関する国際シンポジウムを、2013年3月には世界各国から100人以上の研究者を集めて、「グローバル化時代の世界文学と日本文学」という国際会議を主催しました。2015年には、千葉市幕張で開催された第9回国際中欧・東欧研究協議会世界大会という、50か国から1300人以上の研究者が集まる巨大学会の事務局をつとめ、多くの大学院生も学会の準備・運営に参加し、国際学会活動を体験しました。

 その他、リービ英雄、多和田葉子、バルガス=リョサ、レベッカ・ブラウン、ボリス・アクーニン、ミハイル・シーシキン、山崎佳代子、エステルハージ・ペーテル、川上弘美などの作家をゲストとして招いています。普段の授業の枠を越えたこの種の活動も現代文芸論研究室の大きな特徴であり、研究・教育の重要な一環として位置づけられています。学生や院生の皆さんには、こういった行事の準備や実施に参加していだだくことによって、知見を広め、また研究室を担う一員であるという自覚を深めてもらいます。

 

8研究室誌『れにくさ/Renyxa』

 現代文芸論研究室では、研究室論集『れにくさ/ Renyxa』を原則として年1回刊行しています。これは通常の論文集・紀要の枠を超えた、自由な編集方針に基づく文学・文化研究総合誌です。現代文芸論の教育・研究内容の多彩さと幅の広さを実感していただくためには、この雑誌をまず見ていただくといいかもしれません。またこの論集の内容はすべて、東大のUT Repositoryでオンライン公開されています。

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