///アラビア語写本史料研究会『カリフ宮廷の儀礼』日本語訳注訳注114-118ページ///
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 齢を重ねて知るようになったところを目にし、様々な情報が伝えるところを耳にして、以下のことを、汝──神が汝を看守り給わんことを──は知っており、他の者も知っておる。
 神は、アッバース朝によって真実の柱をお建てになり、〔txt. 115〕そのために不実の光の塔を低くしてくださったのであるが、〔そのアッバース朝は、〕過ぎし日々、重なる〔ms. 156〕年々を通して、一旦弱々しい状態になろうとも何度でも立ち直り、一旦泥にまみれようと、何度でも立ち上がるのが常であった。それというのも、その根本が揺らぐことなくどっしりとしており、その骨組みがばらばらになることなくしっかりしているからである。この王朝が、汚泥にまみれてしまったり、凶事が起こったとしても、それは、羊のように、ひたすら草を食み、ぼんやりとして恩恵に感謝を忘れた人々を、正し、鍛え、改善し、磨くためのことなのである。そうして神は、そのような惰眠から彼らを目覚めさせ、不注意の褥から起きあがらせ、民衆が混乱し酷く苦しんでいる時に、命数が彼らにあろうと、死の定めに滅ぼされていようと、彼らへの警告として、課すべきものを与え給う。
 ようやくこの状態が、もう止めておこうと神が望むようになり、利益と恩恵を与えて下さるようになると、物事をあるべきように正し、〔ms. 157〕束ねるべき者に委ねるために、彼らのうちで特に尊く気高い者(waliy najib)を、敬虔な者たちのうち忠実な僕を、神はお遣わしになった。するとたちまちその者の手で、再び王朝は活気を取り戻し、支えを真っ直ぐにし、装いを新たにし、綱を強めた。かくして、神は背く者の望みをくじき、反する者の悪しき考えを妨げ、胸を締めつけ喉を詰まらせておやりになる。この険しい道を担い、王朝への恩寵を完全にするのに努力する、そういった人物がその時代の指導者であり、人々の支配者なのであり、イマームと〔支配を〕共有する者、流れを同じくする親族のようなものである。
 信徒の長のマウラー、ムイッズ・アッダウラ・アブー・アルフサイン──神が彼に利して下さらんことを。優れて従順で、民の敬慕をまとめ、信仰を先導し、建て直し、正しく広めまとめる努力をしている状態で、神が彼をお召しになったこと故に──の立場はそれであった。彼は諸事を任されたが、その時既に、腐敗が広がり、人々の眼が曇り、〔ms. 158〕国運はすっかり傾き、国土(fay')は散り散りばらばら、〔txt. 116〕信仰の蔭はかすみ、信仰の徴は消え、信仰を導く者たちの頭は垂れ、敵の眼はあざけりに満ちていた。
 しかし彼──神が彼によろしく報いて下さらんことを──は、口先では支配に従いながら、蔭では余所者のままである者皆に刀を抜いて、取られた所は一つとして取り返さずにはおかず、取り去られた権利もすっかり取り返し、貪欲な敵をすっかりくじき、暴虐な圧政者は皆地にうち倒した。ついには、拒もうが逆らおうが〔敵の〕頸を押さえ、その支配がゆがみまがっていようが〔敵の〕頬面を抑え、深刻に悪化した裂け目を繕い合わせ、疲弊し癒えにくくなったその傷を治し、損なわれた支配者の威光を回復し、〔一旦は〕貶められた尊崇を守り、ムティー・リッラー〔ms. 159〕──彼に神の祝福あれ──にお仕えした。神が彼にカリフの地位をお与えになって以来、協調の道に沿い、不実にふるまったり偽善ということからはほど遠くお側に侍しながら。蔭日向なく裏表なく彼に尽くし、自分の命ある限り、自分の生のある限り、ずっとそのようにしてきた。そうしてついには、〔天上の〕帳面には汚れたところなく真っ白なまま、罪の駕籠を背負うことなく背も軽いまま、神は彼をお召しになった。そしてムティー・リッラー──彼に神の祝福あれ──は彼のために祈願を行った。祈願は、最良の糧、最高の道具、世界の主に最も近く、報われるべき者の報いに最もよく報いてくれる手段。

【2000.2.3, 2.18:近藤真美】[[このページの先頭へ]]

 そして〔ムティーは〕、その高い位階と光輝ある地位を、彼の息子であり、高貴たること彼に等しく、彼と同等の者、信徒の長のマウラー、イッズ・アッダウラ・アブー・マンスール・ブン・ムイッズ・アッダウラ・アビー・アルフサイン──神が彼に喜びを与えんことを──〔ms. 160〕に承認することで彼に報いた。それに相応しくないのに遍頗で彼(イッズ・アッダウラ)を承認したのではなく、彼にそぐわない立場に上げたのでもない。相補うもろもろの徳性と相助けるもろもろの資質の故なのであり、それらのうち一つにおいてすら、彼には肩突き合わせて争う匹敵者も、励んで付いてくる比肩者もいなかったのである。彼はムイッズ・アッダウラ・アブー・アルフサインの諸特性を受け継いでそれらを保持し、その高位という陵丘を登り、その階梯という険峻に上り、〔txt. 117〕そういったことを自らの功業とするイマームや自らの手段とする父親の間で育成され洗練される栄誉を得た。
 また彼は、自分の大きな幸運によって与えられ、自分の高貴な出自によって授けられたそれらの美徳に、自ら新たに付加した美徳、自ら求めて追加した長所、自ら獲得した栄光の極みの達成、自ら具備した感謝と賛美の獲得をも加えた。〔ms. 161〕彼は常にムティー ──彼に神の慈悲があらんことを──にとって、その玉座を守る最も良き輔弼であり、その政務を司る最も優れた助言者であった。彼が休んでいる時には彼のために働き、彼が看過している時には彼の背後から注視し、彼が眠っている時には彼から離れて眠らずにおり、彼が目覚めている時には彼に付き従って起きていた。2人が携わることすべてにおいて、彼に服従の手を差し伸べた。彼にとっては触れるに柔らか、彼の敵たちにとっては触るに痛い手を。
 かくして彼以外のカリフたちの生涯を破滅させ彼らの寿命を縮めた、愚かな僕や無知な軍の手による破滅を逃れ、彼のカリフ位は、彼らのうち誰一人として到達し得なかった期間に及んだ。その長い生涯において敵はすべて退けられ、厄災はすべて遮られ、あらゆる望みにおいて彼の意見が遵奉され、あらゆる願いにおいて彼の意志が遵守された。彼──彼に神の満足があらんことを──〔ms. 162〕が高齢となって大病を患った時、イマーム位という、そのすべてを担えぬほど疲れており、その荷を持てぬほど弱っていたものに彼(イッズ・アッダウラ)と共に携わることに苦痛を感じていたので、指名と譲渡の徴としてその衣を脱いで信徒の長(ターイー)に与えた。〔txt. 118〕彼は疲れて足を引きずるようになると、ひとり熟達していたムスリムの統治を行って彼らのために力を尽くす義務から離れて、万世の主に向い、信仰者(muslim)の衆に交わった。
 そしてイッズ・アッダウラ・アブー・マンスール──神が彼の生命を長らえさせ、彼の魂を守らんことを──は、旧来の良習と保つべき信頼を守るために彼が定めた規則と彼が課した義務に従いつつ、それらすべてを引き受けた。欲望に傾いたり欺瞞に走ったりして臣従から逸れることはなく、むしろ最も明敏な方策、最も儲かる商法、〔ms. 163〕最も適切な慣習、最も敬虔な信条に従って臣従した。
 ムティー ──神が彼に慈悲と祝福を与えんことを──が弱って信徒の長──神が彼に与えた任務において彼を鼓舞せんことを。そして、彼に満足するよう同朋たち(awliya')を導き、彼に忠誠を誓うよう彼らの意思をとりまとめ、彼らを見解の相違や指向の分散から救うよう、彼を促さんことを──を指名した後の彼の行いは、ムイッズ・アッダウラ・アブー・アルフサイン──神が彼に慈悲を垂れんことを──の死後、〔ムティーが〕彼(ムイッズ・アッダウラ)の地位を彼(イッズ・アッダウラ)に与えてその役職に就けてくれたので、自らの行いでムティーの行いに報いてのことであった。貸し借りとはそういうものである。ただし双方(カリフたちの側と大アミールたちの側)とも、最初の権利に上乗せをし、決済する際には儲けた分をウンマのために費やしたのだが。

【2000.3.17:矢島洋一】[[このページの先頭へ]]
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