///アラビア語写本史料研究会『カリフ宮廷の儀礼』日本語訳注訳注41-44ページ///
[[前のページ(訳注36-41ページ)へ]]

 召使いは言いました。
「私はファラジュのところへ戻って、あったことを彼に告げました。〔ms. 56〕私が彼にその袋をかえすと、彼はそのことを残念がり、心悩ませました。私の御主人が下りてきて、自分の場所に座り、ファラジュが入ってきました。」

 ファラジュが祖父に近づくと、祖父は彼に声をかけました。ファラジュは、祖父に顔を向けると、自分の〔今夜の〕行動を祖父に詫び、前にある敷物の上に、次いで床の上に身を投げ出して、長い間声をあげて泣きました。そして祖父に、
「神よ、神よ、ああ、私と私のいただいた恩寵、そして私の息子たちによくして下さいますように。〔マフラドよ、〕私を殺しなさるな、私を貧しくしなさいますな、これまでに私がしたことを全部私に許して下さい。」
と言いました。すると、祖父はファラジュに言いました。
「そのようなことを私がするのを、神は拒んでおられます。このようになってあなたがこんなことを仰るようになったのは何故ですか。」
「私は、信徒の長があなたにお命じになったことを聞いております。私の計算を調べ、私に有利な証拠がある分は全て差し引いた上で、私の破滅、困窮、私の残りの人生で今の状態がなくなってしまうような〔額〕を私に課すことが、あなたに委ねられていることをはわかっています。神を畏れ、私と〔ms. 57〕私のもとにいる者たちをよしなに計らって下さい。その数の多いことは、御存知でしょう。」
 双方で続いて言葉がやりとりされ、ついに私の祖父は彼に、
「あなたは私にしかじかのことをしなかったとでも? でも私は耐えました。しかじかのことであなたは私を中傷しましたが、私は耐えました。それにあなたは、しかじかの時に私を死においやったり、私から恩寵が去ってしまうような目に遭わせたのです。あなたは〔そういうことを〕止めず、私に次から次へと誓っては、守ることはありませんでした。」
と言って、そのことを一つ一つ数え上げ、ファラジュに一つ一つそれを認めさせました。そして祖父に、
「あなたの仰ること、どれについてもあなたは本当のことを言っておいでです。私は自分のしたこと、どれについても悪いことをしました。だから、私を思いやりをもって扱って下さい。私を許して下さい。神に誓って、災いをもたらす誓いはもうお終いにします。このような状態になったからには、あなたを中傷するようなことはもうしません。あなたへの忠誠という点では、あなたの友の一人のように必ずなります。私の過ちを許して下さい。私に侠気をもって接して下さい。」
と言うと、祖父は彼に言いました。
「神に誓って、あなたや、神が私をお護り下さったあなたからの〔敵意〕について、私に神〔が与えて下さった〕恩寵には、〔ms. 58〕出来るだけあなたによくして、あなたに不利なことに関しては証拠の文書を得るということで、応えています。たとえ、あなたはいつものやり口をやめないし、あなたが敵意を消すことはないこと、〔txt. 42〕そして近いうちに私に起こるあなたによる酷い仕打ちは、以前日々あなたから受けていたことよりも多くなるのだということを、想像し、確信していても。」
「そんなことをすれば、私は不義の子となるでしょう。そんなときには、私は神に罰と報いをお願いします。」
「それで何をお望みなのです?」
「あなたと信徒の長との間であったことはもう知っております。私の課金を帳消しにするような抜け道は何もおありでないでしょう。」
すると祖父はファラジュに言いました。
「承認されたり反証されうるような、あなたに有利な証拠があるものは何れも差し引いた結果、しかじかのものが、急ぎの調査であなたに課されると出ました。更に、かくかくの部門においてはしかじかのものが課されますし、かくかくの部門においてはしかじかのものが〔課されます〕。」
ファラジュに一つ一つ確認させると、ファラジュはいちいち
「これは正しい。あなたはこれについては全く公正です。」
と言いました。
「ただ、〔仰せには〕従いますが、〔ms. 59〕一考していただけませんか。この状況は、全くのところあなた次第です。そこで、私に課すのを、2,000万ディルハムとすることで許して下さい。」
「では、もし私がそれを1,500万ディルハムにしたら?」
「あなたは私を助けてくれ、私に対するあなたの親切は完全なものになります。」
「では、もし私がそれを1,000万ディルハムにしたら?」
「あなたは私を自分の奴隷とすることになりましょう。」
「では500万ディルハムにしたら?」
「それは望外のことです。お礼のしようもありません。」
「では、あなたに課されるものを全て取り除いたら?」
「そのような御親切はあなたから受け取ることは出来ません。」
「神がすでにあなたからそれを取り除かれた。」
「では、信徒の長にどのようになさるのです?」
「あなたの責ではありません。今この時からは、あなたに課されていたことは全て、私の責です。あなたのではない! このようにあなたがやって来て、私たちの間のことについて赦しを請うて謝る道をとったからには、あなたの目の前であなたの計算書を処分するまでは、あなたに立ち去らせるようなことはしません。〔ms. 60〕私は計算書の1枚の綴じ帯の紙(sihat)さえとっておくことはないとあなたに誓いますよ。」
そして祖父は計算書を持ってこさせ、燃してしまいました。ファラジュは、その足下の地面では支えきれないほどの喜びを表し、力の能力の限りの謝意を告げました。更に祖父が彼に、
「もう、神が、私があなたにしたことを御覧になりました。神はあなたから〔私を〕救い給うた御方、望むままに私たちの双方に報いる御方です。神に誓って、背いたり裏切ったり、直接手を染めずとも、悪や違反に荷担して則を越えてはなりません。」
と言うと、ファラジュは泣いて、
「そのようなことをすれば、私は不義の子となるでしょう。」
と言い、誠実で清廉であり、揺るぎなく、約束を守ることを誓い始めました。〔txt. 43〕ファラジュが立ち上がると、祖父は彼と並び立ち、互いに抱き合いました。祖父は、乗り物に乗っていくように勧めましたが、ファラジュはそうしなかったので〔ms. 61〕、近従(gulam)たちに、彼の前に蝋燭をもって家までお送りするようにと命じたのです。

【1999.6.12:近藤真美】[[このページの先頭へ]]

 翌朝祖父はマームーンの許に行きました。そして自分の許にあるファラジュの計算書を調べたところ、彼に課されているものをすべて否定する証拠が見付かったと告げました。祖父は慎重に言葉を選び、うまくファラジュの弁護をしました。そしてその件は片付き(indaraja)、追求は終わりました。
 さてタリーフは〔神に〕誓って言いました。
「それから十五日も経たないうちに、ファラジュは御主人様に対し、ある物をシャーシーヤ帽(shashiyya)1の中に仕込みました。」
 私たちは彼に言いました。
「それはどういうことだ。」
「ファラジュに、帽子(qalanis)を作っているナスルという近従(gulam)がおります。彼はシャーシーヤ帽作りに秀でており、私たちが必要とするシャーシーヤ帽を作ってくれていました。件の出来事から数日経った時、彼は手をかけて作った五つのシャーシーヤ帽を持って私のところに来ました。私はそれを彼から受け取り、御主人様のところに持っていきました。御主人様が『誰がこれを持ってきたのだ』と言ったので、私は『ファラジュの近従のナスルです』と答えました。御主人様はそれを見ると気に入り、御自分が外出する(rakiba)際にはそのうちの一つをかぶるので私がそれを渡すよう命じました。
 翌日御主人様は〔ms. 62〕外出することにしました。そういった際は、私が彼のインク壺を持って付き従うことになっていました。彼は夜明け前に出かけようとしました。私は持ってこられた五つのシャーシーヤ帽のうち一つを彼に渡していました。玄関(dihliz)に入ると馬(birdhawn)2が準備中だったので、ベンチに座りました。彼は頭にかゆみを感じたので、シャーシーヤ帽を取って左手に置き、右手でその箇所を掻きました。シャーシーヤ帽を調べてみると、その頭の部分に妙な物を見つけました。手で調べてみると、角張った物でした。彼は屋敷に帰って内々に私を呼び、『タリーフよ、こちらに蝋燭を近づけよ』と言いました。私が蝋燭を彼に近づけると、彼は言いました。『シャーシーヤ帽のこの部分を触ってみろ。妙な物がある。』私はそこを触って、言いました。『御主人様、あなた同様、私も妙だと思います。』『お前の靴にナイフは入っているか。』〔txt. 44〕『はい。』『それを貸せ。』彼がシャーシーヤ帽を切り裂くと、椰子の葉でできた十字架が出てきました。〔ms. 63〕私はわけが分からず、声をあげましたが、彼が『静まれ。』と言ったので静まりました。『このシャーシーヤ帽は、昨日ナスルが持ってきたものの一つだな。』『そうです。』『このことは秘密にせよ。われらのウラマー3の誰にも知らせてはならぬ。』
 彼が別のシャーシーヤ帽を持ってこさせ、切り裂いてみると、最初のものの中にあったのと同じものがその中にもありました。そして全部調べてみたら、皆一様でした。彼は御自分が定めた額のディーナール貨を持ってくるように私に命じました。私がそれを持ってくると、彼はそれをサダカとするよう命じ、言いました。『われらのところにある、ナスルが作ったもの以外のシャーシーヤ帽を一つ持ってこい。』私はいくつか持ってきました。彼はその中から新しいのを一つ選んでかぶり、私に言いました。『今ナスルは門のところにいて、私のシャーシーヤ帽が新しいのを見てそれについてお前に尋ねるだろう。そうしたら、『これはあなたが昨日持ってきたものの一つです。〔主人が〕あなたにディルハム貨を〔与えるように〕命じました。あなたが次に来たときに私はあなたにそれを渡しましょう。』と言え。それ以上〔ms. 64〕彼に説明するな。』」
 タリーフは〔続けて〕言いました。
「私が御主人様と共に出ていくと、彼の考えた通りナスルが門のところにいて、シャーシーヤ帽について私に尋ねました。そこで私は命じられた通りに彼に答えました。私たちはカリフ宮廷に行きました。マームーンは書記たちや武官たち(quwwad)に〔入る〕許可を与え、ファラジュも一緒に入りました。書記たちはいつもの議題に入りました。ファラジュは何度か御主人様と対立し、彼を非難し、反目しました。そしてマームーンに言いました。『信徒の長よ、神かけて、彼はあなたの臣下のふりをしていますが、あなたの信じる宗教を信仰しておりません。またあなたの前で口先で装ってはいますが、あなたの訓示を尊重しておりません。彼は十字架の宗教(`ibadat al-salib)を信仰しているのです。その証拠に、彼のシャーシーヤ帽の中に一つ〔十字架が〕入っています。私の言葉をお疑いでしたら、試しにそれを切り裂かせて調べさせ、私の言葉の真偽のほどをお確かめ下さい。』マームーンはその言葉を聞いて唖然としましたが、寛大な魂と卓越した温厚さゆえに〔ms. 65〕、そのシャーシーヤ帽を切り裂かせるよう命じませんでした。しかしマフラド4はすぐさまシャーシーヤ帽を脱いで彼の前で裂き、言いました。『信徒の長よ、私はあなたの僕であり、正しく導かれし(rashidun)あなたの父祖──彼らに神の祝福がありますように──の僕であり、あなたがイマームであることを信仰と、あなたの忠告を真実と考える者であります。

【1999.7.4:矢島洋一】[[このページの先頭へ]]

1 中央アジアのシャーシュ Shash(ペルシャ語ではチャーチュ Chach)地方に由来する。

2 運搬用の大型の動物[校訂43ページ、注2]。

3 英訳では gilman と読み、servants と訳す。ロシア語訳は校訂テキストに従いウラマーとする。

4 ここでマフラドに対する呼称が「御主人様 mawlaya」から「マフラド」に変わる。マームーンが登場したためか。

[[このページの先頭へ]]
[[次のページ(訳注44-49ページ)へ]]