聖者信仰・スーフィズム・タリーカをめぐる研究合宿 報告書

日時:1999年9月13日(月)〜9月14日(火)

会場:財団法人 大学セミナー・ハウス内「開館20周年記念館」


内容:  

1:読書会  

テクスト: A. Popovic et G. Veinstein (eds.) Les Voies d'Allah: Les ordres mystiques dans le monde musulman de origines a aujourd'hui, Paris: Fayard, 1996.  

第3部第1章 教団組織のあり方  報告者:下山伴子(東京外国語大学)
第3部第2章前半 教読書会報告団の物質的側面及び経済的役割(前近代)  報告者:高橋圭(慶應義塾大学)
第3部第2章後半 教団の物質的側面及び経済的役割(近現代)  報告者:大坪玲子(東京大学)
第3部第4章 スーフィーと現世の権力  報告者:渋谷努(東北大学)  

2:研究発表  

ジュマリ・アラム(東京大学)  
「カリスマの儀礼と空間―インドネシアのタリーカ集団を事例に―」  
コメント:石澤武(東京大学)  

竹下政孝(東京大学)
「ヌブーワとワラーヤ─スーフィズムの聖者理論」  

安藤潤一郎(東京大学)
「中国ムスリム少数民族に於けるスーフィー教派と 国家統合─1910〜1950年代の回族を中心に」  
コメント:黒岩高(東京大学)  

森山央朗(東京大学)
「『ニーシャープール史』の人物類型」  
コメント:清水和裕(京都大学)


報告


総括

 第3回となる研究班2グループCの研究合宿では、読書会、研究発表とも各4本となった。読書会ではテクストの第3部の読み込みを通して、社会学的分野でのスーフィズム研究が世界的にも不充分な水準にしか達していないことが確認された。一方、すぐれた研究発表と活発な討論を通して、わたしたちの共同研究に関しては明るい未来を予感できた。今後は具体的な成果の出版を視野に入れ、次第に限定された主題をめぐる集中的議論の場へと研究合宿を修練させる予定である。
[報告者:赤堀雅幸(上智大学)]


読書会について

 今回の合宿の読書会においては、これまで続けてきたLes Voies d'Allahから、第3部「地上の教団(道/タリーカ)Les voies de la terre」を取り上げ、その全5章のうち、第1章「教団組織のあり方Les modes d'organisation」、第2章「教団の物質的側面及び経済的役割(前近代)Assises materielles et role economique des ordres soufis (L'epoque premoderne)」並びに同「教団の物質的側面及び経済的役割(近代と現代)Assises materielles et role economique des ordres soufis (L'epoque moderne et contemporaine)」、第4章「スーフィーと世俗権力Les soufis et le pouvoir temporel」の3章をあつかった。
 この第3部は、その表題から明らかなように、社会の構成要素としてのスーフィー教団、あるいは教団とその他の社会的諸要素との関係に焦点を当てたものであり、教団がムスリム諸社会で果たしてきた役割の大きさに鑑みて、重要な側面を論じた部分である。しかしその重要性とは裏腹に、部全体の統一性や各章間の連携の欠如が目立ち、それぞれの章について指摘された問題点とも相まって、本書の他の部分と比べて精彩を欠くとの感が否めなかった。  その原因としては、各章の著者間の調整の不足など編集上の不備も推測されるが、やはり、この側面からのスーフィー教団研究の立ち後れを反映したものであるとの意見が大勢を占め、今後のスーフィー教団研究の上に大きな課題が存在することを認識させられる結果となった。
 なお、第5章「スーフィー、女性、セクシュアリティLe soufisme, la femme et la sexualite」については、時間の制約から報告・議論は行われなかったが、上智大学の赤堀雅幸氏による全訳(コメント付き)が配布された。
[報告者:森山央朗(東京大学大学院)]

各章についての報告


研究発表について

 合宿は、普段の研究会と違い、短いが濃密な時間のなかで、さまざまな話を連続的に聞き、議論できる点に最大の特長がある。今回の合宿でも、地域的にはインドネシア、中国、イラン、ディシプリンとしては歴史研究、人類学、思想研究に広がる4つの充実した発表を、連続的に聞く機会がもてた。
 今回の一つの特徴は、思想史の観点から聖者論を論じた竹下氏を除いて、聖者信仰・タリーカ・スーフィズムを必ずしも研究の主要テーマに据えていない人々の発表が並んだことである。各発表者のなかで、これらのテーマは周縁的なものであるのかもしれないが、発表そのものはどれも、いたくおもしろかった。
 ジュマリ・アラム氏の発表では、プサントレンがスーフィズムと不可分の関係にあることを(うかつにも)はじめて知ったし、森山氏の発表では、墓参詣が聖者やスーフィーに一意的に結びつくわけではないことや、ふつうウラマーとスーフィーが対立していたとされる10-12世紀ですら、対立の図式はあまり見られないことに関する指摘が、興味深かった。
 安藤氏の発表は、タリーカ組織と国家統合の関係に関するものであったが、これは今回の読書会のテーマと結びつくものでもあった。改革解放後、門宦が復活しているという話は、ソ連崩壊後、タリーカが復興している中央アジアの事情と考え合わせて大変興味深く、より深く考究される意義を持っていると思われる。竹下氏の発表は、聖者理論と聖者崇拝を区別すべきであるとか、ハキーム・ティルミズィーは「スーフィー」と考えてよいか問題があるなど、「概説」のレベルを超えた、きわめて刺激的な提言に満ちていた。
 地域や専門領域を異にする研究会として、過去2年間、議論のための共通の土壌づくりを目指してきたが、今回の合宿では、少なくとも頻繁に参加しているメンバーの間では、この目標が相当程度達成されてきているという実感を得ることができた。現在研究会では、この目的のために、また将来的な聖者信仰・タリーカ・スーフィズム研究のために、包括的なグロッサリーを作ろうという意見が出ているが、このような地道な努力が今後の研究を進展させることにつながるだろう。
[報告:東長靖(京都大学)]

各発表についての報告