Ahmad Alawad M.Sikainga氏招聘報告書

1998年10月8日〜18日、オハイオ州立大学歴史学科助教授のアフマド・スィキンジャ氏(Ahmad Alawad M.Sikainga)が2班の招聘で来日し、以下のように内外の研究者との共同研究・研究交流をおこなった。

  1. スィキンジャ氏は、10月10日〜11日に開催された国際ワークショップ「中東・アフリカにおける奴隷エリートの比較研究」(総括班主催)に参加し、19世紀スーダンにおける奴隷出身兵士の問題を取り扱った報告"Comrades in Arms or Captives in Bondage?: Sudanese Slaves in the Turco-Egyptian Army 1821-1865(「戦友か捕虜か?──トルコ・エジプト軍における『スーダーニーSudani』奴隷)"をおこなったほか、他の個々の報告、またワークショップ全体に関わる質疑・討論に参加した。

     19世紀スーダンにおける奴隷出身兵士(ジハーディーヤJihadiya)に関しては最近いくつかの興味深い研究があらわれているが、たとえばその中のRichard Hillらの研究がジハーディーヤのマムルークMamlukとの連続性、「エリート性」を強調する傾向を持つのに対し、スィキンジャ氏の報告はジハーディーヤがあくまで「奴隷」として蔑視され、搾取されていた側面をより強調するものであった。また、南部・ヌバ山地出身の「黒人」奴隷を中心に軍を建設するというムハンマド・アリー政権の政策が一種の「人権」概念によって支えられており、これがのちにイギリス植民地当局によっ て継承されて(特定の人種が特定の労働に適しているという概念に基づく)「人種政策」に発展していく、という興味深い指摘もなされた。スィキンジャ氏の報告は、近年盛んになってきた近代中東における軍事力の編成のあり方に関する研究(たとえばムハンマド・アリーによるエジプト軍建設に関する研究)と、アフリカにおける奴隷制をめぐる研究が交差する地点に位置するものであるため、中東あるいは西アフリカを専門とする他の参加者の関心を集め、活発な質疑応答がおこなわれた。

  2. スィキンジャ氏は10月14日午前に国立民族学博物館地域研究企画交流センターでおこなわれた、前述の国際ワークショップ参加者を中心とする研究会に参加した。基調報告「日本の中東研究」(宮治一雄氏)およびそれに対する質疑応答を中心に展開したこの研究会においてスィキンジャ氏は、中東世界を研究するにあたっては東アフリカ・インド洋世界も視野に収めていく必要があると指摘した。

     ついで国立民族学博物館館内見学の後、同日午後はスィキンジャ氏は、地域研究企画交流センターで開催された2班・3班合同研究会に参加し、"Social Networks and Solidarity among the Railway Workers of Atbara, 1924-1948(スーダンの鉄道労働者における社会的ネットワークと連帯:1924〜48年のアトバラのケースから)"と題する報告をおこなった。報告の冒頭でスィキンジャ氏は、中東・アフリカにおける労働史研究の重要性を指摘した上で、「労働史=労働組合史」であってはならない、として従来の研究史の欠陥を指摘し、「普通の労働者」の生活に迫り、「労働者」を歴史的・文化的文脈に位置づけ直す作業の必要性を強調した。ついでこのような視点に基づいて、鉄道網の要衝に位置し、20世紀のスーダンの労働運動の中心となってきた「鉄と火の町」アトバラの歴史が具体的に分析され、英植民地行政の戦略、「労働者」と出身農村の絆、労働者クラブや雑誌などを介しての「労働者文化」形成の問題、などの論点が提示された。これに対し参加者からは、中東・アフリカにおける「労働」概念の問題、イスラームの役割、運輸以外のセクターの労働者の状況、スーダンの労働運動とアラブ諸国・アフリカ諸国の労働運動との関係、宗主国における政権交代の影響、国際共産主義運動の路線転換の影響、等の諸点について質問・コメントが寄せられ、活発な討論がおこなわれた。

  3. このほかスィキンジャ氏は10月9日には上智大学アジア文化研究所、東京大学東洋文化研究所、10月16日にはアジア経済研究所を見学して研究者との意見交換を行い、またスーダンでフィールド調査を行った経験を持つ複数の日本人研究者とも面談・意見交換の機会を持った。

 総じて、中東・アフリカ史の双方にわたる視野の広さを持ち、また中東研究に社会史的手法を導入しようとして「奴隷」「労働者」などのテーマに従来とは異なる切り口から接近を試みているスィキンジャ氏の来日は、「現代イスラームの動態的研究」を目指すこのプロジェクトにとって大きな意義を持つものだったのではないかと考えられる。スィキンジャ氏の滞在中、いろいろと御尽力頂いた研究分担者・協力者の方々、また訪問先の諸大学・研究機関のスタッフの方々に感謝したい。

(招聘担当者 栗田禎子)