2-c「続・東南アジアイスラーム研究の現在」報告書

[報告者]

  1. 中澤政樹(九州産業大学)
    「マレーシア・イスラーム研究の現在」
  2. オマール・ファルーク Omar Farouk(広島市立大学)
    "The Muslim in Contemporary Thailand: An Introductory Overview"

[討論者]
  1. 青山亨(鹿児島大学)
  2. 小杉泰(京都大学)

 まず中沢報告では、マレーというエスニシティの中で、イスラーム的な要因がどのような形で発現するのかということが研究の基本的な枠組みとなっていることが指摘された。従って、研究はマレーシア社会全体(マクロな視点)を扱うものと、マレー系社会・文化(ミクロな視点)を扱うものに分けられる。前者は、複合社会におけるエスニシティ問題とイスラームを焦点に、国民統合、近代化、経済発展といった問題が論じられ、後者では、慣習法とイスラーム、伝統信仰とイスラームといった個別的な問題が論じられてきた。今後の展望としては、エスニシティ問題の変容の中でイスラームの持つ意味の変化、ブミプトラ政策推進の中での非ムスリムとの共存の問題、イスラーム国家をめざしてさらなるイスラームかを求めるダッワー運動の問題に関心が向けられる必要があることが述べられた。
 次に、オマール・ファルーク報告では、タイでは、一般に持たれているイメージとは異なり、ムスリムがほぼ全土に居住し、しかも種族的にも多様であることが強調された。ゆえに、研究の対象地域は南部だけでなく他地域に広げて基本的なデータを収集する必要性があること、また現在のタイ政治の状況が調査研究によい環境をつくりだしていることが述べられた。さらに、ムスリム住民には分離主義、マレー半島のムスリムの統合をめざす動きがあるものの、より多くのムスリムは、タイ国民の統合の一部として自らを位置づけていることを指摘し、中央政界で活躍するムスリム政治家も登場しており、宗教に寛容なタイ社会の中でムスリムが果たす政治的役割は大きくなるであろうと展望した。今後の課題として、イスラーム思想、イスラーム運動、イスラーム教育などが、研究の個別トピックとしてあげられた。
 ふたつの報告のあと、青山氏は、東南アジアのイスラームを考える枠組みとして、エスニシティーの重要性を再度強調した。つまり、特定のエスニック・グループとの結びつきを重視し、そのエスニック・グループの「領域性」、「先住性」を考慮する必要があることを指摘した。この「領域性」、「先住性」は歴史的に構築されたものではあるが、潜在的に問題にされ始めたのは19世紀からであり、まだ顕在化していない場合もあることが事例をあげて説明された。
 これに対して、小杉氏から、東南アジア研究は一国研究に埋没したためにイスラームの重要性が低く評価されたのではないか、中東と東南アジアとの交流はなぜ視野に入ってこないのか、さらにイスラームは地域的要素を取り込んで受容されたが、そのイスラームの地域性の比較をしてみたらどうかという指摘がなされた。
 確かに、報告が各国別に行われたこと自体が、戦後に確定された「国民国家」の枠組みにこだわったことを示していた。しかも、限定された地域での民族誌的研究が先行したために、広いイスラーム世界との関わりは射程に入らなかった。また、東南アジア全体を見渡す様な研究がなされてこなかったことも浮き彫りにされた。
 総体としてみれば、東南アジアのイスラームに関する研究は、質的転換が求められているといえよう。イスラームそのものを正面から見据え、東南アジアのコンテクストの中でイスラームはどのように解釈され、発展を続けているのか、長いタイムスパンの中でそのダイナミズムを明らかにする作業が必要になっている。しかしながら、日本においては、この分野に関心を寄せる研究者の層は薄い。東南アジア研究がめざましく発展する中でイスラーム研究は取り残された感がある。すぐれた先駆的研究はあるものの、この分野の研究が東南アジアの歴史、社会の理解にインパクトを与えるという段階に達していない。イスラームへの関心を喚起することがいまだに大きな課題となっており、歴史、政治、経済、社会の研究にイスラームをよりとりいれることが期待されている。