「クルドとスーフィズム」

2-cスーフィズム研究会、2-cイラン概念研究会、5-a聖者信仰研究会共催

[報告者] Dr. van Bruinessen

 10月30日午後3時半より東京大学文学部アネックスにおいて、オランダ人研究者ファン・ブライネセン氏を招き、「クルドとスーフィズム」と題して研究会が開かれた。参加者はおよそ15名ほどであった。
 氏の報告は、次の2点にまとめられる。一つは、クルディスターンと呼ばれる地域における宗教状況、特に「正統」と「異端」との相互の関係にかかわるものである。すなわち、前イスラーム的な、あるいはイラン的な要素が色濃く残るこの地域にイスラームが浸透する過程で、両者の間に混交作用が起こり、一方ではナクシュバンディー教団に代表されるような正統的なイスラームに土着的な要素が加わり、他方ではイスラーム的な要素をもちながらもそれとは異なる信仰体系をもった少数派宗教集団、ヤズィーディー、アフレ・ハック、アレヴィーなどがこの地域において誕生したことを指摘した。
 次に、クルド社会におけるスーフィズムの様相、その政治的な影響力について述べられた。氏によれば、クルド社会にあってはスーフィー教団のシャイフがある時期まではしばしばクルド・ナショナリズム運動の先頭に立っていたが、第二次大戦後は次第に体制の中に取り込まれしばしば政党の集票マシーンの役割を果たすようになったという。
 質疑応答では、19世紀末から今世紀始めにかけてオスマン朝下のクルディスターンではシャイフに指導された反乱が頻発し、シャイフが民族主義運動の先頭に立つという事態が見られたのに対し、イラン・クルディスターンでは、なぜシャイフによる大規模な反乱が起こらなかったのか、アレヴィーとキジルバシュの概念的違いはなにか、クルディスターンに住んでいたユダヤ教徒のアイデンティティはどのように捉えられるのか、クルディスターンのスーフィー教団はキリスト教徒マイノリティーとの間にどのような関係を結んでいたのか、現代のイラク・クルディスターンにおけるクルディスターン・イスラーム運動(IMK)はスーフィズムに対しどのように対応しているのか、ヤズィーディーやアフレ・ハックは自己と他者(ムスリム)をどのように認識しているのか、フレデリック・バルトの研究と氏の研究スタイルの違いは何に由来するのか、クルディスターンの地形が異端派形成に有利に働いたのか、シャリーアを重視するナクシュバンディー教団がクルディスターンではなぜシャリーアに反するような性格をもつようになったのか、など多岐にわたる質問が出された。
 報告および質疑応答にあたり、氏は出席者の理解を確かめながら噛んで含めるようにゆっくりと話され、質問のひとつひとつに丁寧に答えられた。既に紹介されているように、氏はクルドとインドネシアという2つのフィールドをもち、しかも人類学と歴史学という複数のディスィプリンを身につけた類希なる研究者である。研究会、あるいはその後の懇親会でも氏の博識と好奇心あふれる姿が非常に印象的であった。(文責:山口昭彦)