総括班パイロット研究
「エスニック集団と国家形成問題:クルド民族、コーカサス諸民族の事例を中心とした比較研究」
第2班Cグループ、ピース ウィンズ・ジャパン(NGO)共催講演会
「クルド問題の現在」報告

 クルド問題は、パレスチナ問題などと並んで、今日の中東の安定に関わる重要な問題であるにもかかわらず、少なくとも我が国においては、一般にはさほど注目されていないようである。たまたま、総括班パイロット研究において、イラク・クルディスターン出身で現在ロンドンで活動を続けているマフムード・ウスマン氏(イラク・クルディスターン社会党元党首)を、第2班Cグループでクルドの部族社会とイスラム神秘主義教団との関わりを研究しているファン・ブライネッセン氏(オランダ・ユトレヒト大学教授)を、それぞれ同じ時期に招聘することになったので、お2人を講演者に一般向けの現代クルドにかかわる講演会を企画した。その際、現在イラク領クルディスターンで実際にクルド人救済活動を行っているNGO団体、ピース ウィンズ・ジャパンにも、加わっていただくことになった。
 酒井啓子氏(アジア経済研究所、総括班研究協力者)の司会により、まず、大西健丞氏(ピース ウィンズ・ジャパン)がクルディスターンでの活動の模様を紹介したテレビ・ニュースの一こまをヴィデオで披露しながら、現在のイラク・クルディスターンの状況を簡単に紹介した。
 その後、ウスマン氏が"Recent Development in Kurdish Situation"と題する講演を行い、クルド人(特にイラクの)についての一般的な説明の後、主に1980年代以降のクルド人が置かれてきた厳しい状況を説明した。その上で、最近のイラクのKDP(クルディスターン民主党)とPUK(クルディスターン愛国同盟)との和解に触れながら、周辺諸国やアメリカやヨーロッパ諸国のクルド問題解決について果たしてきた役割、さらにはクルド諸勢力間での対話の進展について論じた。最後に、クルド問題の解決のためには、我が国の協力が必要であることを強調した。
 次いで、ファン・ブライネッセン氏が"The Kurds in Movement: Migration, Mobolisations, Communications and the Globalisation of the Kurdish Question"の大で講演した。まず、1970年代末から1980年代にかけての、イラン革命、イラク・イラン戦争、トルコの軍事クーデタがクルド人に与えた深刻な影響を指摘した。つまり、それによって、クルドの村落社会の多くが崩壊し、クルド人たちは故郷を離れて移動せざるを得なくなったのである。移動の範囲は中東の域内に留まらず、ヨーロッパにも広く及び、ヨーロッパのクルド人の中には、クルド語の書籍や雑誌の出版、衛星テレビ放送を通して、共通クルド語を創出し、クルド人としての連帯感を強めようとする動きが生まれていると説明された。このようなヨーロッパ在住クルド人の動きは1994年の亡命クルド議会創設にも見られるのであり、クルディスターンの枠を超えたところから逆に新たなクルド人の運動が生まれているとの指摘がされた。
 2人の講演者は大変熱心で、予定の時間を超過して講演されたが、これに対し、会場からもさまざまな角度からの質問が寄せられ、それに対して講演者は丁寧に適切な回答をしたために、予定時間をかなり超えてしまい、当初行う予定であった「パネル・ディスカッション」を急遽中止して、総括的な質疑応答に振り替えたほどであった。
 当初は、テーマの特殊性、平日の午後の開催といったことから、参加者が少ないのではないかと心配されたが、実際には、学生や一般の方など70名ほどの方が出席され、前述の通りの活発な質疑が行われるなど、実りの多い講演会となった。この講演会が我が国におけるクルド問題への関心の向上と、クルド研究の進展の第一歩となれば幸いである。
 最後に、本講演会の企画、準備、設営などで精力的に活動いただいたピース ウィンズ・ジャパンのみなさんに御礼を申し上げたい。(文責:小牧昌平)