東京大学社会学研究室

銀杏並木に面した法文2号館の1階に社会学の研究室がある。地階にはコピー・センター、アーケード側を出ると学部事務室や生協が近く、地の利はすこぶるよい。中は4つのブロックに分かれていて、その一つが学部生用の読書室になっている。初夏にはまばゆい緑、晩秋にはあざやかな黄が窓の外をかざる。壁の書架に並んでいる古くからの図書の背表紙が部屋をとり囲み、まん中は、大きなテーブルが主のように占拠している。雑然とした賑やかさは、多様な研究領域をかかえる社会学を象徴しているのかもしれない。いかにも往時の学生の勉強部屋といった感じのこの部屋は、昔から学生同士のさまざまなコミュニケーションの広場として活用されてきており、学部生による自主的な研究会や勉強会が頻繁に開かれている。情報基盤センターの端末をはじめ、ネットワーク・コミュニケーションも盛んになっている。  文学部最大の170名以上もの学生・院生をかかえる社会学にとって、研究室は貴重な共同空間であり、外国語図書、雑誌、資料が置かれているほか、事務連絡、教材とゼミ報告資料のコピー、端末操作、情報交換など、さまざまな活動の結節点となっている。この共同研究室を中心にして、その周辺(同一階、地階、向かいの法文1号館4階)にいくつかの調査室、機器室、そして教官室が存在する。  社会という現象は悠久の昔から現在にいたるまで、人間の生活するすべての空間において存在してきた。かつて、社会学という学問が19世紀西欧社会において台頭してきた時代、コントやスペンサーやマルクスは、「近代社会とはなにか」という問いに答えようとする営為のなかで、包括的で一般的な総合的社会理論をめざした。さすがに今日では、かれらの理論がそのまま保持される状況にはない。しかも、通常の社会学研究の営みは、より特定的で限定された対象領域におのずから専門分化せざるをえなくなっている。とはいえ、社会学は今でもそうした個々の経験的研究を通じてつねに「社会とはなにか」「社会と個人とのよりよい関係はどういうものか」という基本問題への現実的な関心に貫かれている。建物は古いけれども、研究室の中はそうしたいつまでも若々しいテーマが息づいている。

学部講義

現代において社会学の研究領域は、家族、組織、農村、都市、国家、国民社会、国際社会という社会集団の類型による区分、教育、社会福祉・医療、政治、法、経済、社会階層、産業・労働、社会運動、社会思想、社会意識、という現象の特性に基づく区分などによって個別的に分かれている。さらにまた、ミクロ自我論、行為論、マクロ・システム論、歴史社会学、社会変動論、研究法として計量社会学、社会調査法などの領域も存在する。その中で東大文学部の社会学は,つぎの10の領域を中心として教育・研究体制の充実を推進してきた。それは、「学説・理論」、「家族・性・世代」、「地域・都市」、「産業・労働」、「計量・階層」、「社会意識・文化」、「計画・福祉」、「国際・世界」、「技術・環境」、「多文化共生」である。学生はこれらの中から、授業や読書や研究会を通じて、自分自身の特定化された問題関心を醸成させていくことになる。既存の研究や資料がしっかりと踏まえられているのであれば、発見的で斬新な課題に挑戦することもできる。 演習は3年生と4年生が一緒で、あるテーマにそって個人ないしグループで発表をしたり、文献を読んで討論するタイプのものが多い。かならず一つの演習に主ゼミとして参加するほか、熱意があればもう一つを副ゼミとして参加することもできる。それぞれの演習のテーマは多少広めに設定されるので、どの演習でもある範囲内で各人の関心に沿って積極的に参加することができる。  必修ではないが、「調査実習」や実習をともなう授業も設けられており、どこかの町や村に(しばしば泊りがけで)出かけて、質問紙調査やインタヴュー調査を行なう。帰ったあとは、コーディングの共同作業やパソコンによる分析の仕事が待っているけれども、「社会」を肌で感じる貴重な体験となる。また、4年生や院生も加わった研究室内の縦断的な協同事業である点も意義深い。  学生数の多い社会学専修では、一人一人が自立した目的意識をもって研究室に参加することが期待されている。その意味で、卒業論文を執筆すること、またそれにむけて探求し続けることが最も重要視される。卒業後の進路のいかんに関わりなく、人生とは自分で課題を見つけ自分で解いていくという試行錯誤の連続であるはずで、卒業論文はそうした態度の形成のために文学部が用意している最大の学習機会であるといえる。社会学の卒業論文は原稿用紙に換算して200枚を標準としており、自ら設定した問題領域に関する参考文献を読破してテーマを掘り下げ、資料やデータを収集・分析し、新しい発見を説得的に語らなければならない。その過程では、主として所属する演習の教官による指導と助言を受けることになるが、基本的には一人一人の学生の個人的な研究活動である。

学部卒業後の進路

卒業後の進路で、まず伝統的に多いのが、新聞、放送、出版、広告などのマスコミ関連企業への就職である。その他の民間企業では、情報、商社、金融、ほかに民間の研究リサーチ会社への就職も少なくない。国の省庁や都庁など地方自治体の公務員の道を選ぶ者も毎年数人いる。研究者を志す人は10人〜15程度あり、社会学の大学院へは5〜10人前後、その他の大学院(他専攻、他研究科、他大学など)へやはり5人近く実際に進学している。いうまでもなく進路状況は学生個々人の志望に依存するので、年によって多少異なる。  大学院へ進学する場合を除けば、現代日本の企業社会では、社会学で何をどの程度勉学したかは進路先にあまり影響しないかも知れない。社会学という学問それ自体は、必ずしもビジネスマンやマスコミ関係者を養成することを目的とするものではない。むしろそうした産業社会の直接的な諸目的からは一歩距離をとって、しかも対象とする社会現象を経験科学的に考察するというところに、経済学や法学でもなく、また哲学や文学でもない、社会学らしさがあるともいえる。そして、20歳台前半の2年間にこうした社会学的視点を経験することは、どんな進路を歩むにしても、一人一人のその後の人生にとって貴重な財産となるだろう。  なお、社会学専修では、全員が共通に受講する必修科目として「社会学概論」「社会学史概説」および「社会調査」(それぞれ4単位)の3つがあり、このうち「概論」と「社会調査」は駒場の第4学期に開講される。さらに、「社会学演習」を8単位以上、「社会学特殊講義」のなかから12単位以上を履修しなければならない。ほかに、卒業論文12単位、他の専修課程の授業、共通科目、他学部の授業などを含め、合計で76単位を取得することが卒業の要件となっている。