グローバルCOEプログラム 死生学の展開と組織化
東京大学大学院人文社会系研究科グローバルCOE研究室

〒113-0033東京都文京区本郷7-3-1
Tel 03-5841-3736
Fax03-5841-0259
お問い合わせはこちら
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/shiseigaku/
HOME
概要
構成
今後の予定
活動報告
出版物
お問合せ先
関連サイト
内部用
HOME概要


・概要

グローバルCOE「死生学の展開と組織化」の課題と目標

初代拠点リーダー 島薗 進                    

 死生学は新しい学問である。それはまず医療と人文・社会系の接点で求められている。現代の病院は死に往く人々のケアに多くの力をさかねばならないが、自然科学的アプローチによる近代医学の枠内ではその方法がわからない。1960年代から欧米ではホスピス運動が急速に広がり、死に直面した患者や家族のニーズに応えるための死生学の教育・研究が進められるようになった。

 生命倫理に関わる多くの問題が噴出してきたのも同時期である。臓器移植や体外受精や遺伝子診断が可能になり、これまではとても克服できなかった困難を超えて、人々の欲求を充たすことができる可能性が大幅に増大しつつある。だが、医療がその力を強めていく一方で、どこで医療の介入に限界線を引くのかという難しい問題に直面するようになってきた。このため医療臨床と医学研究の現場では日常的に死生観に基づく倫理的判断が問われるようになっている。

 死生学とは?

 だが、死生学が求められているのは、医療関係の現場からだけではない。教育現場でも死生観教育(デス・エデュケーション)への要望があり、子ども達に「いのちの尊厳」について教えることを求める声がある。そもそも現代人は死に向き合うすべを見失って、途方に暮れているように見える。葬送儀礼や墓制も急速に変化しつつあり、市民はとまどっている。慰霊や追悼のあり方についても論争が生じる。死者と生者の関わりのあり方は文化によって多様だったが、そのことを強く意識する時代ともなった。また、死と生は表裏一体の関係にあり、生殖や誕生、病や老いといった人生の危機にどう向き合うかに関わる諸問題を考察するのも死生学の課題である。

 死や生命の危機とどう向き合うかが死生学の取り組むべき課題のすべてであるわけでもない。死生学はそもそも生命とは何かという生命観の問題、また、人間の生と死をどのように意味づけ理解するかという根本的な人間理解の問題を避けて通るわけにはいかない。とりあえずは現代の実践的な諸問題と関連づけながら、古今東西の哲学や宗教思想を検討し、新たな思考法を探究していくことになる。生命観や進化をめぐる現代の新たな科学的知見の哲学的、思想的な意味を問い直すのも重要な課題である。環境倫理をめぐる問題、人間の生命と動物や植物の生命の関係をめぐる問題、戦争や刑罰をめぐる実践哲学的問題などもその守備範囲の一部である。

 日本では早くも1904年に『死生観』という本が書かれ、ある意味では欧米諸国に先駆けて死生学研究が行われていた。西洋文化の影響を受けて、早くもこの時期に東洋人の死生観、日本人の死生観を強く意識するようになっていた。だが、今や世界各地で死生観を比較しあい、新たな状況に向き合うための模索が進んでいる。

死生学研究の展開構想

 こうした状況を踏まえ、東大の大学院人文社会系研究科(文学部)では2002年より医学部・教育学部などの他部局と協力しながら、21世紀COE「死生学の構築」プロジェクトを進めてきた。2007年から2012年春までのグローバルCOE「死生学の展開と組織化」では、これを踏まえ、新たな学問領域の確立と若手研究者の育成を目指して、さらに強力な教育・研究体制を構築していく。東京大学の「死生学」プロジェクトの第2期として重い課題を担う。

 第2期の死生学プロジェクトは、すでに21世紀COEで「構築」された基礎を踏まえて、死生学の「展開と組織化」を行うことを目標に掲げているが、東京大学における死生学の恒久的な組織化に向けて、果たすべき課題は多い。具体的には、(1)死生の文化の比較研究、(2)死生の倫理や実践に関わる理論的哲学的考察、(3)人文学の現代的実践現場への関与、という3つの課題に集約される。

 このうち、(1)と(2)は従来の人文社会系研究科の教育・研究成果の蓄積の上に、ある方向性に向けて深化していくということになろう。西洋の思想や学問のイニシアティブの下に進んできた「死生」をめぐる理論的、文化的考察を非西洋のさまざまな伝統とつきあわせながら新しい地平を切り開いていくことが目指される。西洋で「死学」(Dearth Studies, Thanatology)とよばれてきたものを、「死生学」(Death and Life Studies)とよんでその地平を示唆している。

 (3)は人文社会系研究科にとってより多くの新しい課題を含む。現代のケアの実践の場で取り組まれている問題に、積極的に関わっていこうとするからだ。死に往く者、死にゆく者を送る者、死者とともにあろうとする者、生死の危機や決断に迫られている者、こうした者をケアする者――こうした人々の問いに向き合っていく。医療や教育やケアの現場との交流が求められる。主にがん患者を対象とする緩和ケアはもっともわかりやすい例だ。とりあえずは、医療現場で働く人たちのリカレント教育に取り組む。医学部や医療関係者が力面している問題から多くを学びつつ、人文社会系の学問から提供できるものを考えていく。そのことが人文社会系の学問の新たな活性化をもたらすことも展望している。

 国際的に活躍する研究者の育成

 21世紀COEの第1期からグローバルCOEの第2期に移行して、新たに求められ強調されているのは、(1)若手の教育・育成にいっそうの力を入れること、および(2)アジア諸地域との研究交流を深めることである。

 (1)社会からどのような人材が求められているかを注意深く見定めながら、若手研究者・大学院生に対して死生学に関わる学知の形成に参与していくよう促す。本来の専門的学知の深化に寄与しつつ、死生学を新たな専門的学知として形成していく、あるいはその可能性を探る。また、研究成果の外国語での発信力を高めるための支援を行う。

 (2)中国や韓国では確かに死生学への関心が高まりつつある。もちろんこれまで行ってきた欧米諸国との交流もいっそう拡充していく。イスラーム圏等、アジア諸地域の状況も見渡しながら、グローバルな死生学の発展に貢献することを目指す。

 5年間で将来の死生学の青写真がすっきり描き出せると考えるほど楽観的ではない。新たな領域の学問の形成と充実には長い時間がかかり、多くの人々の努力の積み重ねが必要だ。だが、長期にわたる発展のためのおおよその見取り図は、この期間に形を現すよう努める。及ばずながら、世界的にも新たな研究交流のあり方と学問分野の形成を促す試みとなることを願っている。また、グローバルな市民社会の新たな活力の小さな源泉の一つとなることをも希望してもいる。



HOME概要

All rights reserved. © 2002-2012