07  美学藝術学

1.研究室活動の概要
 本研究室は、その名が示すとおり、美と芸術を対象とする研究の場として機能している。研究分野の中心をなすのは、美と芸術に関する哲学的考察であるが、文学、音楽、造形芸術、演劇、舞踊、映画といった個別の芸術ジャンルを対象とする研究をも含む形で多彩な研究が繰り広げられ、一般美学のみならず、個別のジャンルの研究の世界にも多くの人材を輩出してきた。このように一般的・原理的な研究と個別的・具体的な研究とが相補いながら並存することによって、美学の原理的な研究が具体的な芸術現象や芸術体験から遊離することなく、アクチュアリティを持った形で展開されてきたのみならず、音楽学、演劇学といった個別のジャンルに関わる研究分野に関しても、奥行きと広がりを持った研究によって多大な貢献を成し遂げてきた。とりわけ、本研究室の学風をなす、古典的なテクストを取り上げ、その精読によって厳密なテクスト研究を積み重ねてゆく研究の手法は、現象の皮相的な考察に陥らない、独自の研究の伝統を作り上げてきた。
 さらに学問状況全体が大きく変わりつつある近年にあっては、一般美学の研究においても、また個別的なジャンル研究においても、美や芸術といった概念やそれを背景とした芸術制度や慣習といった、これまで自明なこととして問われることのなかったシステムそのものの成り立ちを対象化し、政治・経済や社会制度、メディアといった問題圏の中で捉えなおしてゆくような研究が重要な位置を占めるようになってきている。このような新しい方向性に関しても本研究室は日本の学会における主導的な役割を果たしており、そのような研究環境を求めて他大学から本学での指導を希望してやってくる者なども少なくない。また外国からの留学希望も多く、この2年間に受けいれた外国人研究生は2名、また大学院生は1名である。
 本研究室では現在JTLA(The Journal of the Faculty of Letters, the University of Tokyo, Aesthetics)と題された欧文の紀要(1976年創刊)と『美学芸術学研究』(1982年に『東京大学文学部美学芸術学研究室紀要・研究』として創刊、1995年改題)と題された和文の紀要の二つを毎年刊行している。これらはもちろん、教員スタッフや博士課程の大学院生の研究成果の発表の場となっているが、特に前者は当研究室の研究活動と様々な形で関わっている諸外国の第一線級の研究者を執筆者に迎えるなど、国際的な研究交流の点でも大きな貢献を果たしてきた。また、本研究室では現在、美学会、日本18世紀学会という2つの学会の本部・事務局を担当しており、名実ともに日本における芸術研究の拠点としての役割を担っている。
 
2.構成員・専門分野
 (1) 1980年以来、27年の長きにわたって本研究室で教鞭をとってこられた藤田一美教授(在籍は1980-2007年。西洋古典美学、ドイツ近代美学)が2007年3月をもって退職となり、また2007年12月以降は、渡辺裕教授(在籍は1996年~。音楽美学、音楽文化史)が人文科学研究科文化資源学研究室に移られることになった。しかし文学部のほうでは、これまでと同じく美学芸術学研究室のスタッフとして教育・研究に携わっていただいており、西村清和教授(在籍は2004年~。現代美学)、小田部胤久教授(在籍は1996年~。近代美学史)とともに3名の教員スタッフによってバランスのとれた教育活動ができるように努力している。
 (2) 助手(助教)の活動
 吉田 寛
  在職期間 2007年4月1日~2008年3月
  研究領域 音楽美学
  主要業績
     著書『演劇学のキーワーズ』(共著)、ぺりかん社、2007年3月31日.
   論文「近代ドイツ社会の理想的モデルとしてのシンフォニー」(連載「シンフォニーの思想と「ドイツ的なもの」の形成」第2回)、NHK交響楽団『フィルハーモニー』第78巻第5号(2006年5月)、pp. 46-50.
     「ドイツ音楽史の「羅針盤」としての交響曲」(連載「シンフォニーの思想と「ドイツ的なもの」の形成」第3回・最終回)、NHK交響楽団『フィルハーモニー』第78巻第6号(2006年6月)、pp. 22-25.
     「「ベックメッサー以前」のハンスリック──ワーグナーとの初期の関係」、日本ワーグナー協会編『年刊 ワーグナー・フォーラム 2006』東海大学出版会、2006年7月20日、pp. 109-23.
     「近代オリンピックにおける芸術競技の考察──芸術とスポーツの共存(不)可能性をめぐって」、美学会編『美学』第57巻2号、2006年9月30日、pp. 15-28.
     「19世紀の人々はどのように音楽を聴いたのか?──「聴くこと」の考古学に向けて」、NHK交響楽団『フィルハーモニー』第79巻第7号(2007年10月)、pp. 28-34.
     「テレビゲームの感性学に向けて」、多摩美術大学研究紀要委員会編『多摩美術大学研究紀要』第22号、2007年(2008年3月31日)、pp. 183-190.
   講演「アートか、スポーツか?──オリンピックの芸術競技の興亡をめぐって」、全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)研修会、於:東京、東音ホール、2007年3月8日.
   社会活動
      国立音楽大学音楽学部非常勤講師
      多摩美術大学美術学部非常勤講師
      聖心女子大学文学部非常勤講師
      桐朋学園芸術短期大学ステージ・クリエイト専攻非常勤講師
      早稲田大学オープン教育センター非常勤講師
      早稲田大学演劇博物館演劇研究センター21世紀COEプログラム「演劇の総合的研究と演劇学の確立」(演劇理論研究(西洋/比較)コース、「オペラ/音楽劇の演劇学的アプローチ」プロジェクト)研究員
      美学会東部会編集幹事
 (3) 外国人研究員
          梁艶平助教授(中華人民共和国・湖北大学文学院)(2006年3月~2007年2月)

3.卒業論文等の題目
 (1) 卒業論文題目
 2006年度
      「ミュージカルの訳詞に関する考察」
      「正岡子規の創作活動における「私の視点」」
      「桜の象徴の、軽やかな意味の変化を現出するものは何か」
      「「報道写真」論の戦後~土門拳の写真集『ヒロシマ』をめぐって」
      「作者の所有権思想と近代著作権との関係およびその問題性について」
      「ロシア・アヴァンギャルド――「生産主義」の理論~芸術家と芸術作品を巡って」
      「〈ミニマル・アート〉の射程――60年代アメリカの新しい三次元作品を中心に」
      「坪内逍遥の「エセチックス」と「文化力」」
      「美術か工芸か――高村光雲の「老猿」について考える」
      「「芸術の終焉」を契機としての「芸術」の変質について」
      「『原爆の図』(丸木位里・赤木俊子作)――犠牲のメモリアルとしての性格、そして記憶の国民的共有を目指して」
      「風景を主題とした絵画のなかの遠近法――円山応挙の風景画制作の意味」
      「現代「古楽」文化の成り立ち――実践の現場を手がかりに」
      「ジョン・ケージの音楽における演奏行為の可能性」
      「ベートーヴェンのメトロノーム記号が表した速さを再考する~《ハンマークラヴィーア》ソナタを中心に」
      「小説との比較における映画の語り」
      「日本におけるお歯黒に関する美意識の変化について」
      「〈無題〉の系譜」
 2007年度
      「「フランツ・シューベルト像」再考-その「周縁性」の表象をめぐって」
      「武満徹の国内受容:批評のコンテクストをめぐって」
      「ジョン・ラスキンにおける廃墟建築-建築論『建築の七燈』を中心に」
      「サウンドスケープ概念の限界、及び可能性に関する考察」
      「ベンヤミンにおける「作品概念」」
      「「集団の肉体」の革命-初期バレエ・リュスへの見直しを中心に」
      「日本人の季節に対する感受性-春の美学-」
      「写真という「もの」と眼」
      「ドビュッシーの音楽観における「印象」と「象徴」」


 (2) 修士論文題目
2006年度
      調 文明  「19世紀ピクトリアリズム期の写真における「in/out of focus」の位置づけ――「絵画」と「生理学」の狭間で 」
       <指導教員>西村清和
      長井 悠  「「乖離」する「古楽」と「モダン」――《平均率クラヴィーア》第一巻第8番プレリュードに関する録音分析―― 」
       <指導教員>渡辺裕
2007年度
      佐藤由佳子 「モーツァルト伝の成立と“音楽史”の形成――“音楽史”の中のモーツァルト像」
       <指導教員>渡辺裕
      森 功次  「前期サルトルの美的体験論における、想像と現実との関わり――幻惑からアンガージュマンへ――」
       <指導教員>西村清和

 (3) 博士論文題目
2006年度
      木村 覚  「判断力の美学――I・カントの美学的思考の研究」
       <主査>小田部胤久<副査>藤田一美・西村清和・渋谷治美・熊野純彦
2007年度
      田中 均  「フリードリヒ・シュレーゲルにおける芸術と共同体」
       <主査>小田部胤久<副査>西村清和・渡辺裕・宮田眞治・藤田一美




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