高次視覚研究の代表的成果解説
我々は、視覚系の情報処理過程によって、視覚環境もしくは外的視覚世界についての豊富で詳細な情報を得ることができる。低次視覚で抽出される様々な属性、例えば、色、奥行き、運動、テクスチャなどの分析は、それぞれ単独でも階層的で相当複雑な過程である。更に、高次視覚では計算のゴールや特定オブジェクトの知識に依存するトップダウン的処理を含む。
高次視覚は視覚情報の選択と認知全般の領域を指しているが、特に視覚情報の選択機能に関する中心テーマは視覚的注意の問題であり、視覚情報の認知機能に関する中心テーマはオブジェクト認知の問題である(高次視覚とその歴史)。従来の注意研究によれば、注意を向けたオブジェクトに対してオブジェクト・ファイルが生成されると考えられており、両者は密接な相互関係を有する。想定される処理プロセスは上図のように位置付けられる。
(横澤:注意と認知, Technical Report on Attention and Cognition, No.1, 2003)
以下のQ&Aで取り上げる10項目の研究成果は、1998年10月に心理学研究室に着任してから、2008年9月までのちょうど10年間に掲載された、高次視覚に関する39編の学術論文の中から選んだ代表的な論文の内容に基づいています。10年間のうち前半の5年間は研究室の立ち上げなどと並行して進めた研究成果となるので思い入れも強いのですが、代表的論文10編を選ぶと2003年以降の後半5年間に集中してしまいました。さらに、それぞれの研究成果に基づいた様々な研究が世界中で展開されていることを、被引用文献によって知ることができますので、あわせてご紹介します。なお、学術誌への掲載が新しい順に説明していますので、内容が一貫していないことをご容赦ください。IFはインパクト ファクター (Impact Factor)を表しますが、異分野間の比較は難しいものの、心理学分野内での相対比較は可能なので、日本心理学会が発行する英論文誌Japanese Psychological ResearchのIF: 0.33が比較参考値になるかもしれません。(主な研究成果一覧はこちら、統合的認知研究成果解説はこちら)
注意のエキスパート
注意の目覚め
日常物体の方向判断
対称性
Q: 対称性という特徴は認識に利用されているのですか?
A: Niimi, Yokosawa, & Watanabe (2006)は、対称軸に対して構えを形成することで対称性を持った図形の探索が効率的になることを明らかにしました。この研究を元に、Dolgov, Birchfield, McBeath, Thornburg. & Todd (2009)は、対称的な運動刺激に対する研究を行っています。 なお、対称性知覚全般に関しては、新美、横澤 (2007)を参考にして下さい。Perception & Psychophysics(現Attention, Perception, & Psychophysics)は、米国の学術論文誌です (IF:1.97)。
R. Niimi, K. Yokosawa, & K. Watanabe (2006). Attentional
set for axis of symmetry in symmetry-defined visual search. Perception
& Psychophysics, 68, 7, 1153-1162.
I. Dolgov, D. A. Birchfield, M. K. McBeath, H. Thornburg. & C. G. Todd (2009). Amelioration of axis-aligned motion bias for active versus stationary judgments of bilaterally symmetric moving shapes' final destinations, Attention, Perception, & Psychophysics, 71, 3, 523-529.
新美、横澤 (2007). 対称性の視知覚とその役割、心理学評論 , 50, 2, 119-134.
注意の数的限界
Q: 何カ所まで注意を向けられるのですか?
A: Suganuma & Yokosawa (2006)は、複数オブジェクト追跡の数的限界に、妨害刺激の運動軌跡が影響していることを、標的と妨害刺激を連動させる操作によって突止めました。すなわち、何カ所に注意を向けられるのかは、無視しているオブジェクトの動きによって変わることが明らかにされたわけです。この研究成果は、複数オブジェクト追跡の代表的研究をサーヴェイしたCavanagh & Alvarez (2005)でも取り上げられています。なお、注意とオブジェクトの関係全般に関しては、菅沼、横澤 (2003)を参考にして下さい。Perceptionは、英国の学術論文誌です (IF:1.31)。
M. Suganuma & K. Yokosawa (2006). Grouping
and trajectory storage in multiple object tracking: Impairments due to common
item motion. Perception,
35, 483-495.
P. Cavanagh & G. A. Alvarez, (2005). Tracking multiple targets with multifocal attention. Trends in Cognitive Sciences, 9, 349-354.
菅沼、横澤 (2003). 視覚的注意とオブジェクト性、心理学評論, 46, 3, 527-542.
視覚座標と行為座標
視覚と記憶の共通性
視点依存性の消失
Q:日常物体の認識でも、視点が変わると難しくなるのですか?
A: 視点が同じときに比べて、変化したときに認識が難しくなる現象は視点依存効果と呼ばれ,頑健に生起する現象だと考えられていたのですが、Mitsumatsu & Yokosawa (2003)は、観察者と物体自身が移動することで自然に視点が変化するときは視点依存効果が消失することを確認しました。この研究は、物体認知における回転の効果に関するVuong & Tarr (2004)の研究などに引用されています。なお、視点依存効果全般に関しては、光松、横澤 (2004)を参考にして下さい。 Perceptionは、英国の学術論文誌です (IF:1.31)。
H. Mitsumatsu & K. Yokosawa (2003). Efficient
extrapolation of the view using the dynamic and predictive stimulus. Perception,
32, 8, 969-983.
Q. C. Vuong & M. J. Tarr (2004). Rotation direction affects object recognition, Vision Research, 44, 14, 1717-1730.
光松、横澤 (2004). 観察条件の変化における物体認知の不変性、心理学評論, 47, 2, 241-256.
無視の影響
Q: 無視した図形が、それ以降の処理に影響することがあるのですか?
A: 一度無視した図形を今度は認識しようとすると反応が遅くなってしまう「負のプライミング」と呼ばれる現象があるのですが、Nagai & Yokosawa (2003)は、無視した図形の親近性が負のプライミングに与える影響に関して詳細に調べました。この成果は、Grison, Tipper, & Hewitt (2005)など、その後の「負のプライミング」研究にも引用されています。なお、負のプライミング全般に関しては、永井、横澤 (2001)を参考にして下さい。 Memory & Cognitionは、米国の学術論文誌です (IF:1.92)。
J. Nagai & K. Yokosawa (2003). Negative
priming and stimulus familiarity: What causes opposite results? Memory
& Cognition, 31, 3, 369-379.
S. Grison, S. P. Tipper, & O. Hewitt (2005). Long-term negative priming: Support for retrieval of prior attentional processes, The Quarterly Journal of Experimental Psychology Section A, 58, 7, 1199-1224.
永井、横澤 (2001). 負のプライミング −現象の合目的性と生起メカニズム−、心理学評論、44, 3, 289-306.
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