2007. 8. 1 保守

週刊読書人』が毎年7月に行っている短評〈上半期の収穫から〉という特集、

3冊の書をたった400字で論評するという不可能事を、日本にいるかぎり担当してきました。

一種の定点観測でもあり、自分のためにも意味ある記録かな、と無理を承知で継続しています。

近藤和彦


2007年上半期の収穫から〉
週刊 読書人 2007年7月27日号

             

二宮宏之『フランス アンシァン・レジーム論』(岩波書店) 

美しい装丁のこの本は、悲しいことに二宮氏の遺稿集である。ここには農村の土地制度をあつかった『歴研』論文から、印紙税一揆、そして今や古典ともいうべき「絶対王政の統治構造」、「参照系としてのからだとこころ」まで収められている。二五歳から七一歳までの二宮史学のエッセンスを一巻で手中にすべき書、という受けとめ方もあるだろう。しかし逆に、著者のし残したことの多さを痛感させる出版でもある。

 

木畑洋一編『現代世界とイギリス帝国』(ミネルヴァ書房)

「イギリス帝国と20世紀」と題する企画の第五巻。とりわけ現代世界のありかたをめぐって、連合王国からヨーロッパ、英連邦の係争点を論じる十三名の共著。日本との比較、研究史についての章もある。

 

木村和男『北太平洋の「発見」』(山川出版社)

毛皮交易と列強の争奪戦によって、いわば幕末の異国船来航の世界史的背景が解き明かされる。日本におけるカナダ史開拓者の一人、旺盛に筆をとってこられた著者だが、痛ましくも五九歳の遺著となってしまった。  (こんどう かずひこ)

 

             


2006年上半期の収穫から〉
週刊 読書人 2006年7月28日号

             

柴田三千雄『フランス史10講』(岩波新書) 

自由と平等の律動につねに自覚的な国、フランスの歴史が、ヨーロッパ地域世界のなかで叙述される。古代の終わりから現代まで扱われるが、もっとも明快に自信にみちて議論されているのは、一六世紀から一九六八年までだろう。世界システムの展開のなかでフランスの個性、すなわち政治文化が論じられる。あの『近代世界と民衆運動』から二三年。現在を理解するために歴史を問う、著者会心の通史ではないか。要所ごとに日本史との比較も示される。

             

岸本美緒編『東洋学の磁場』〈岩波講座 帝国日本の学知〉第3巻 (岩波書店) 

西洋から発信されたものに影響されつつも、東アジアに位置し漢学の遺産を継承した近代日本の知識人が、どのような知的磁場を形成してきたか。文献解題や研究機関の紹介も付され、これからの学知の出発点にふさわしい編著。

             

           20世紀の中のアジア・太平洋戦争』〈岩波講座 アジア・太平洋戦争〉第8巻 (岩波書店)

「大東亜戦争」は右翼の用語、「太平洋戦争」は一面的すぎる。この出版は「アジア・太平洋戦争」という語を定着させ、この戦争を両極端の時代=20世紀の時空に位置づけなおす。

 


2005年上半期の収穫から〉
週刊 読書人 2005年7月29日号

 

二宮宏之『マルク・ブロックを読む』(岩波書店)

 待望の書き下ろし。ユダヤ人、アルザス系といった背景をもつ知識人=歴史家ブロックの生涯と仕事を、著者は二一世紀の読者に語り伝え、遺贈された課題を指ししめす。アナール派歴史学の祖は、フランス共和国の普遍主義に身を捧げ、ナチスの銃殺によって五七歳の生涯をとじたのであった。『王の奇跡』『フランス農村史の基本性格』『封建社会』『歴史のための弁明』といったブロックの主著の仕組と意味、雑誌『アナール』の追求したことが、噛んで含めるように説かれる。しかし、最後まで読み進んだ読者は、ブロックの遺書こそ著者の課題であったことを知らされる。ブロックの遺書を読むために、この書は著された。

 

長谷川まゆ帆『お産椅子への旅』(岩波書店)

 これは物語である。「分娩台」でなく「お産椅子」、である・だ調でなく、です・ます調。なにより母である著者の物語力に導かれて、読者は近世アルザス、出産をめぐる書物、いくつかの博物館へと同行し、椅子の写真に見入ることになる。

 

橋本 雄『中世日本の国際関係』(吉川弘文館)

 日本史を国史でなく東アジア史として再考する最近の歴史学のフロンティアにたつ研究書。一五・一六世紀、各地から発した「偽使」「偽書」から中世後半の地域と権力、国際秩序を読み解く。


 


2004年上半期の収穫から〉
週刊 読書人 2004年7月30日号

 

 この春まで外国にいたので、見落としがあることを恐れるが、次のような著書に目がとまった。

 

山根徹也『パンと民衆』(山川出版社)

 「一九世紀プロイセンにおけるモラル・エコノミー」と副題にある。近世から近代への移行期に、食糧を焦点として秩序観のせめぎあいをみる。自由主義経済の浸透する時代、中央政府、都市当局、学者、業者、民衆のあいだで意向は錯綜した。前途有為の研究者による「歴史モノグラフ」の一巻。

 

森本芳樹『比較史の道』(創文社)

 日本における西欧中世史研究を領導してきた著者の論集。ベルギーをはじめとするヨーロッパの研究者と伍して仕事をしてきた森本氏は、しかし、むしろ各国の研究風土の違いを熟知している日本人研究者にこそ、スケールの大きい研究を展開する可能性が与えられている、と後進を激励する。この森本氏の古希を記念する『ヨーロッパ中世世界の動態像』も、九州大学出版会から公刊された。

 

佐藤彰一『歴史書を読む』(山川出版社)

 著者が長年、史料として親しんだ中世前半グレゴリウスのテクストをめぐる考察。近年、エネルギッシュに活躍をつづける著者は「一気呵成」にこれを書きあげたという。写真も豊富な「ヒストリア」の一巻。

 


近藤 和彦 (東大 西洋史) → 以前 1996-2003もっと前 1987-1994