グローバルCOEプログラム 死生学の展開と組織化
東京大学大学院人文社会系研究科グローバルCOE研究室

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ハワイ大学「第10回東西哲学者会議」


【日時】 2010年5月16日〜24日
【場所】 米国ハワイ大学マノア校

ハワイ大学「第10回東西哲学者会議」に出席して
グローバルCOE「死生学の展開と組織化」拠点リーダー  一ノ瀬 正樹

2011年5月16日から24日までの、およそ十日間に渡って、米国ハワイ大学マノア校にて「第10回東西哲学者会議」が開催された。私たち「死生学」プロジェクトは、同会議の主催者であるハワイ大学のロジャー・エイムズ教授と石田正人准教授からの親切なお誘いをいただき、ハワイを訪問することとなった。この場を借りて、お二人のご厚意に対して、深甚なる感謝の意を表したい。「死生学」プロジェクトから今回参加したのは、研究員の福間聡氏、柳原良江氏、若手研究者支援研究費受給者の竹村初美氏、そして私の、4名である。
 「東西哲学者会議」は、東西思想の比較研究のメッカとも言うべきハワイ大学が開催してきた歴史的意義を有するイベントであり、日本からはかつて第二回会議に鈴木大拙が出席したこともある。おおよそ5年に一度ぐらいの頻度で、緩やかに継続されて、今回第10回を開催するに至ったわけである。今回の総合テーマは「Value and Values: Economics and Justice in an Age of Global Interdependence」(価値と諸価値−−グローバルな相互依存性の時代における経済と正義)というものである。このテーマのもと、東西のさまざまな地域から研究者が一堂に会して、多様な観点からの問題提起がなされ、(こうした一般的テーマをめぐるイベントであることから予想されるのを遙かに凌駕した)密度の濃い討議が繰り広げられた。全体として、総合テーマに沿った形で、人間の経済活動と倫理との相関を主題化し問題提起していく発表が多かったと思う。私たちは全部に参加したわけではないが(学期中の出張であり制約は致し方ない)、各個別発表や、いくつかのPlenary Sessionに出席して、この「東西哲学者会議」の迫力と壮大さとを身をもって体感してきた。一見、範囲が拡大しすぎて焦点が定まらないような性質のイベントかなと思ってしまうが、どうしてどうして、かえってそのスケールの大きさが波のように迫り、哲学研究・思想研究というものの底力やポテンシャルについて大いに考えさせられた。どんな研究領域でもそうであろうが、細かく専門的な主題をきっちりと深めていくことが、人類の知の蓄積への貢献という点で、学問の本分であることは疑いないが、しかし同時に、それらを俯瞰的な視点で総合していくという態度もまた絶対に不可欠である。両方が等しく必要なのである。とりわけ、哲学・思想の分野には、そうした総合化への役割が期待されているはずである。だったら、それに答えようとする努力があってしかるべきである。ハワイ大学の「東西哲学者会議」は、ストレートにそうした総合化の課題へと立ち向かうイベントである。一哲学徒として、ハワイ大学のご努力に対して謹んで敬意を表したい。日本側としても、この「東西哲学者会議」は、学術活動のスケール、そして継続的蓄積という点で、今後大いに見習うべき所があるイベントであった。
 私自身の発表について簡単に報告しておこう。私は、5月18日(水曜日)の午前8時30分(!)からImin Conference CenterのKeoni Auditoriumにて開始された、「Distinguishing Worth and the Worthwhile」と題されたPlenary Sessionにて、最初のスピーカーとして提題を行った。こんな早朝の時間に学術会議で提題することははじめてである。司会の、ハワイ大学のクリシュナ氏から紹介を受け、スライドを使いながら、「Rethinking The Death Penalty: Uncertainties over Harm, Blame, and Dangerousness」というタイトルのもと、話をした。もとから死刑の話をするつもりだったが、「経済と正義」という総合テーマに合わせて、死刑の「犯罪抑止効果」に焦点を当てて、死刑制度の費用対効果を扱おうという計画でいた。しかし、準備を進めていくうち、それだけでは私の死刑問題についての理解が伝わらないというように思い始め、もう少し問題全体を通覧した提題にしようと計画を変更するに至ったのである。この提題で私は、死刑問題を論じるに際しては、時間軸に沿った三つの場面を区別しなければならないということ、そしてその三つの各々の場面では議論の名宛人が異なっていること、さらにそれぞれの場面には固有の不確実性があること、こうしたことを提示しようとした。三つの場面とは、タイトル副題にあるように、「害ステージ」、「非難ステージ」、「危険性ステージ」、の三つである。私は、それぞれのステージに対して、殺された人の「害」という概念の不確実性、被害感情にまつわる不確実性、死刑と犯罪現象との間の因果関係にまつわる不確実性などを指摘した。その際、3.11の東日本大震災をめぐる対応とのアナロジーをも試みた。しかしなかでも、当初の計画をやはり引き継いで、死刑の犯罪抑止効果についての「危険性ステージ」に重きを置いて、そうした文脈に不可避的に宿る不確実性を考慮に入れることが、死刑制度を論じるには不可欠であると結論づけたのである。
 私が参加したPlenary Sessionでは、私の後で、上海のFeng Jun教授が経済活動の倫理性について、米国イリノイ大学のHeidi Hurd教授が経済活動の内包する環境破壊傾向について、それぞれ提題した。一つのSessionとしての統一性はやや薄かったかもしれないが、人類が維持している社会制度と、それに対する価値づけとの間に発生する緊張に焦点を合わせた提題であるという点では、大きなまとまりを表出できていたように思われる。
 私たち「死生学」プロジェクトのメンバーは、5月19日に、ハワイ大学の石田准教授の案内のもと、真珠湾を訪れた。70年前に日本軍が集中的な襲撃を敢行した、あのパールハーバーである。美しいエメラルド色の水面をたたえる真珠湾で、ミュージアムを見たり、いまも沈没したままの戦艦アリゾナ号の上の観察用のデッキまで行ったり、潜水艦Bowfin号を見学したりして、過去の出来事に思いをはせる時間を持つことができた。ミュージアムでは原子力潜水艦についての展示があり、そこで、いまでも依然として、核兵器の戦争抑止効果が高らかに謳われていることを知った。私は、今日の福島原発事故による放射能問題を思いながら、大変に複雑な思いを抱いたのであった。この真珠湾見学はあの不幸な歴史を顧みる貴重な機会となり、こうした面においても、今回は「死生学」プロジェクトにとっても有意義なハワイ訪問になったと思う。

・福間聡報告 「日本におけるロールズの受容 ―その一素描―

・柳原良枝報告 「代理出産概念の再提示 ―その歴史と展開の分析から―

・竹村初美報告 「ポルノグラフィーからグレイト・マザーへ ―日本人がハワイに投影するイメージの変化―



シンポジウムの様子 シンポジウムの様子 シンポジウムの様子


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