グローバルCOEプログラム 死生学の展開と組織化
東京大学大学院人文社会系研究科グローバルCOE研究室

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エリカ ・ シューハート教授講演会


【日時】 2007年11月12日(月) 15:00〜16:40
【場所】 東京大学本郷キャンパス法文1号館311教室
【講演者】 Erika Schuchardt氏
(ハノーヴァー大学名誉教授)
【司会】 島薗進 (東京大学教授)
【講演テーマ】
死生の危機を超えて
- ベートーベンの作品からスピリチュアルケアを考える -
【主催】
東京大学大学院人文社会系研究科グローバルCOEプログラム 「死生学の展開と組織化」
【招聘元】
臨床パストラルケア教育研修センター(理事長:W. キッぺス)
【言語】 英語


「死生の危機を超えて――ベートーベンの作品からスピリチュアルケアを考える」
 2007年11月12日、午後3時から4時40分まで、本郷キャンパス法文1号館311教室において、ドイツのハノーファー大学教授のエリカ・シューハート(Erika Schuchardt)教授による特別講義が開催された。シューハート教授は、教育学、心理学の立場から「人生の危機の克服」について考察するとともに、その考えを社会政策に移すべく、ドイツの国会議員をも務めたことがある実践的な研究者だ。
 この度、シューハート教授はベートーベンを例にとって、人生の危機の克服がどのようになされていくのか、そのモデルについて論じた。これは間近な死に向き合った人々の心理を論じ、すでに古典となりつつあるエリザベス・キュブラー=ロスの『死と死にゆく過程について』(邦訳『死の瞬間』)を踏まえ、スピリチュアル・ペイン、およびそれとの格闘について、広く「人生の危機」を視野に入れながら論じたものである。
 人生の危機は人生のチャンスでもある。〈「障害がある/疎外されている」という状態があるのではなく、社会環境が日々、繰り返し障害を生み、人々を周辺に追いやっている〉――これが教授の「基本テーゼ」だ。そこから、必然的に〈危機には隠された豊かさがはらまれ、危機に遭遇した人は社会に挑戦する〉という「相補テーゼ」が導かれると教授は論じる。ベートーベンは苦しみを受け止め、その人生の危機を通り抜けることによって、偉大な創造の道を切り開いた。
ハイリゲンシュタットの遺書の末尾には、以下のように記されている。「いつの日か――神よ、いつの日か――自然の殿堂で、そして人間の殿堂で、もう一度その喜びを感じることが出来るだろうか」。そして「決してない?――ない――それはあまりにも過酷です」と結ばれている。だが、「苦難を通り抜けて高みへ」というベートーベンの経験は、長い学習のプロセスを経て、第9交響曲と「ミサ・ソレニムス」へと至りつく。それは、人生の危機を克服する螺旋状の学習プロセスという教授のモデルを実証するよい例となる。
 しかし、モデルは少数の例から恣意的に作られたものではなく、多数の資料の分析を踏まえている。それぞれの時代に特徴的な危機は変化していく。ドイツでは、1970年までは「障害」が、80年まではガンやアルツハイマー症のような「長期にわたる疾病」が、90年までは離婚などの離別が、2000年までは性別虐待などが特徴的な人生の危機だった。こうした人生の危機がどのように取り組まれてきたか、教授は2000件以上の生活史を集めて分類リストを作り、研究素材としている。
こうした研究に基づき、シューハート教授が構成した危機対処の学習プロセス・モデルは、螺旋状に展開する8つの段階として示される。すなわち、第1螺旋局面「不確かな状態」、第2螺旋局面「確信」、第3螺旋局面「攻撃性」、第4螺旋局面「交渉」、第5螺旋局面「抑うつ状態」、第6螺旋局面「受容」、第7螺旋局面「活動性」、第8螺旋局面「連帯」である。理想的な展開の場合、こうした諸局面を経過することによって、偉大な創造性が達成される。だが、こうした戦いを経るとしても、最終的に重荷がなくなるということではない。むしろ重荷とともに生きること、それを新しい課題として引き受けること、それも個人的に受け止めるとともに、連帯的/集団的にも受け止めることが隠れた豊かさを露わにしていく結果を導くのだと論じられる。
 講演後の討議においても、シューハート教授は質問者と真剣な対話を行い、相手から「生きる力」を引き出すべく、啓発者としての役割を果たそうとしておられる様子が印象的だった。死生学が生涯教育と重なりあうような領域でのユニークな試みについて、対話を通して学ぶよい機会となった。

                             文責:  島薗進  (当COE拠点リーダー)
                                  山崎浩司(当COE事業推進担当者)



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