2000年度研究計画

研究の目的

  第二次大戦後、発展途上国の経済発展が国際的に無視できない課題になったが、南北格差はむしろ拡大の傾向にあり、多くの途上国はいまだに様々な未解決の課題を抱えている。同時に、低開発性の問題を単に量的差異とする認識や欧米をモデルにした単線型発展論に疑問が提示されるようになっている。イスラーム地域には石油などの主要エネルギー資源国が含まれ、世界経済に大きな影響を与えている一方で、低所得で悩む非産油地域からはムスリムの移民や出稼ぎが行われ、それをとおして形成される独自なネットワークによる労働力、貿易、金融、情報の動きも無視できない。世界経済の動向とイスラーム地域との相互関係を明らかにすることが第一の研究目的である。

 加えて、国家主導型の開発であれ、市場原理優先の開発であれ、人と自然との共生が軽視され、また、国家と個人との中間にある運動や組織、共同体の自主的な開発への参加は無視されてきた状況も看過できない。人間関係の疎遠化という近代性の病理や環境破壊、地域紛争の原因も、経済開発のありかたと密接に関わっている。第二の目的は、経済優位の開発への反省から推進されている社会開発の現状と課題をイスラーム地域の多様な事例について検証し、イスラーム復興運動などに見られる新しい「共同性の秩序」形成の試みについても具体的な役割を解明することである。

 さらにまた、社会開発、経済開発といった概念そのものが従来きわめて西欧的な枠組みの元にとらえられてきたことの反省にたって、地域的伝統と開発の関わりを検討することが今日では重要な課題となっている。開発の文化的側面に着目すること、とりわけ開発の主体たるべき民衆の生活様態を見逃すことなく、体系と実践の動態的関係を含み込んだ包括的研究の試みをなすことで、開発概念の相対化、土着化、また民衆化をはかることが第三の目的である。

 グローバル化が進行し、情報ネットワークが世界と地域、家庭を結ぶであろう21世紀に、地域社会や国際関係のあり方がいかなるものでありうるのか、第二班は、イスラーム地域の研究を介して新しい「地域像と国際社会」の在り方を、経済、社会、文化について横断的に検討していくこととなる。

研究計画全体の概要

aグループは、私市(代表)、川島、栗田が担当する。ここでは、イスラーム地域における社会開発と密接に関わる様々な社会運動や市民社会、民主化問題の研究を重要な課題として取り上げる。これは、複数政党制や議会制度の実施にも関わらず、実質的な民主主義が機能していない多くのイスラーム地域諸国の実状に照らして、経済開発や制度的改革のみでなく、社会開発が民主主義の実現のために重要であるとの視点に立ってのものである。

bグループは、清水(代表)、鳥居、長沢が担当する。ここでは、市場経済化と経済発展の担い手、イスラーム経済・金融システムの導入、地域統合構想、商業・流通・労働力ネットワーク、石油・天然ガスなどの資源開発と環境問題、などのテーマを、イスラーム地域との関連の中で研究していく。

cグループは、赤堀(代表)、東長、堀川が担当する。ここでは、スーフィズム、聖者信仰、タリーカをめぐる複合的事象を中心的課題としてとりあげる。その理由は、これらの諸課題には思想的洗練と民衆信仰が交錯し、社会組織としての多様な政治経済活動が見られ、なおかつ歴史性と今日性を併せ持つが故に、地域、時代、研究分野を横断した包括的課題であるからである。


年度別の具体的研究内容

平成11年度までの研究経過

 平成9年度は各研究テーマごとに問題点を整理し、研究の方向を設定し、国内外の研究者、研究機関との情報ネットワークつくりを行った。そのために、パソコン等の基礎的工具類の整備とその活用技術をマスターすること、文献、資料情報へのアクセスと交換の制度化の確立をはかった。

 平成10年度は、初年度の活動結果をもとに、研究を具体的に展開した。とくに市民社会と民主化、資源問題と環境、イラン地域概念、スーフィズムと聖者信仰、東南アジア・イスラーム研究動向などはその成果を班研究会で報告し、一部を刊行物で発表した。

 平成11年度は、研究目的、計画を見直し、分担者の交代を実施して、当初目的をより発展的かつ具体的に実現する体制を構築した。グループによる書評研究会と個別研究会とともに、平成11年11月27日から28日、木更津において国際ワークショップ「イスラーム地域における民主化と民衆運動」を開催した。成果はプロシーディングおよびワーキング・ペーパーとして刊行する予定である。

 これまでの研究で明らかになったことは、イスラーム地域における民主化問題が権力闘争の道具にされていることである。民衆が政治にどれだけの発言と意志表示ができるのかが最大の課題と言える。

平成12年度以降の研究実施計画

 第2班では全体として取り組む課題を、イスラーム地域における民衆と民主化問題と設定した。平成12年度以降は、それを、政治的状況、経済開発、民衆運動の三つの方向から総合的に分析することを目指す。そのため、今年度は「イスラーム地域の民衆運動」というテーマの国際ワーク・ショップを開催する。招聘、海外調査、グループ研究もこれと連動させる。また上記の共通課題をより原理的に研究するため「イスラームと自由」「イスラームにおける民衆運動」という研究会を新たにたちあげる。

 平成13年度は、初年度からの研究分担者、研究協力者の力を結集して、最終的な研究成果を発表する。先ず、10月に予定されている国際会議に「イスラーム地域における民衆運動と民主化」というセッションを担当する。ここでは国内外の第一線の研究者と意見交換し、研究成果の知的成果を集約していく。さらに研究者向けと一般向けの二種類の成果を書物と講演の形で具体化し、5年間の研究成果を発表する。招聘および海外調査もこの目的に沿って行われる。

平成12年度

aグループでは、イスラーム地域の民主化問題を比較するため、東南アジア、中東、中央アジアの諸地域の事例研究会を5回ないし6回実施する。またイスラームと民主主義の関係を原理的かつ歴史的に考察するため小研究会をたちあげる。

bグループは、イスラーム諸地域における経済開発が民衆の人権や環境問題にいかなる影響を与えているかを研究するため5回ないし6回の研究会を実施する。

グループは、スーフィズム、スーフィー教団、聖者信仰と現代社会の民衆の生活や福祉との関係を研究するため、5回ないし6回の研究会を実施する。

 班全体としては、海外から2名の研究者を招聘し「イスラームにおける民衆運動」の国際ワークショップを行う。また同じ研究課題を海外調査によって成果をあげるべく、4名を派遣する。

平成13年度

 班としての最終的な研究成果公表のプログラム策定を年頭に完了し、これにしたがって成果を公表する。前年度までの研究の不足を補うために、国内研究会、海外共同調査、研究者招聘、ワーキング・ペーパーの刊行を適宜継続した上で、プロジェクト全体が主催する国際シンポジウムに班として参加、口頭での成果発表を行う。加えて、成果の整理と社会への還元をかねて年度末に班としての一般向け講演会を実施する。刊行物に関してはプロジェクト全体の出版計画に加えて、班独自のそれをも検討する。その他、研究のための形成したネットワークと知的資産を今後とも維持発展させていくための方策を講じる。