4月16日の続き
工場に着くと、試作品を冷凍倉庫の片隅に置かせてもらい、玄関脇のモップ干しになっている太湖石を横目に見ながら事務所に入る。貿易担当で日本語が出来るHさん(セサミストリートの人形に似ている)が、会社の人々を紹介してくれる。時々「この人は普通話が出来ます」という注釈がはさまる。この会社にも「共産党のHさん」が居るが、いい年の男の人なのでお茶汲みはしない。新聞を読んでお茶を飲んでいる。
4月18日
日曜日。Hさんの部下のH小姐が私たちを広州の名所めぐりに連れ出す。彼女は五羊仙庭→博物館→広州ジャスコ→動物園という順番をHさんの筆跡で書いた紙を握り締めている。H小姐は、私たちがわき道に逸れたがると恐ろしい顔をしてにらむので粛々と観光する。(私たちのおかげで休日が潰れたのだから無理もないのだけれど。)動物園で、入口付近だけ見せて帰ろうとするので、「せめてパンダだけは見させて欲しい」と頑張ると、ただのクマの檻に連れて行って、「差不多(大体同じ)。」という。仕方ないので園内の矢印を頼りにパンダを探し当てたが、大変汚れていて本当に「差不多」であった。
4月19日
宿泊しているホテル付近から路線バスに乗って工場へ行く。街の中に「武術研究所」の看板が目立ち、ブルース・リーの祖籍がここであることを思い起こさせる。空軍の飛行場の前で下車。両側に海の家のような店が並ぶ、ぬかるんだ路を通って工場にたどり着く。
午前中は上司と共に工場に入って女子工員さんたちと一緒にシューマイを作る。自社製品を理解するため、ということである。工員さんたちはほとんどが十代で、私(150cm)より背が低い。手元を見せてもらって作り方を習うが、手の中でシューマイが飛んでいるように見える。2時間ほど立ちっ放しで作り続ける。
昼食のために生産スペースを出る時、上司が、「Z…さんは何所に居るのか聞いてくれる?」というので、周りの工員さんに聞くと、Z…さんは今非番で、工員宿舎に居るはずだという。
ひとまず昼食。ここの昼食は工場で使い残した原料のごった炒めと検品を通らなくて出荷できなかった生産物を出しているので、美味しいとは言えない。S市の工場の経営陣はほとんどが大学を出ており、初めからホワイトカラーである人々であるが、こちらの工場の総経理と副総経理は調理師から転じた人々であるから、随分と会社のカラーが違う。
食後、上司と工員宿舎へ行く。男女とも同じ建物で、階は分かれている。部屋の両側に作り付けの2段ベッドが並んでいて、一部屋に8人くらいが入っている。それぞれのベッドには蚊帳が釣ってあり、枕もとには手芸の道具やカセットテープや写真立てなどなどがぎっしり積んであり、壁にはアイドルの写真が貼ってある。「なんだか狭苦しいところですね。」と上司に言うと、工員さんたちはなるべく早くにまとまったお金を稼ぎ出し、故郷に帰って商売を始めるために働いているので、良い部屋より福利厚生より賃上げの方が歓迎されるのだという。Z…さんは部屋には居なかったが、同室の人に頼むと何所からか呼んで来てくれた。Z…さんは、以前上司がこの工場で長期の研修を受けていた時に親しくなった工員さんである。今回は一緒に遊びに行く時間が無いけれどまた今度来たら一緒に遊ぼうね、といって別れる。
宿舎を出て、工場の裏手に出ると、黒い水牛が寝そべっているのが見えた。
夜、冷え込むのでホテルの近所のデパートでトレーナーを買う。このトレーナーは洗濯する毎に横方向に伸び続け、2005年現在、元々の幅の約2倍になっている。
4月20日
帰国の日である。午前中は上司と一緒に街でお茶などを買う。F市はブルース・リーの他に陶製の人形の産地としても知られており、魯迅や周恩来や太公望や布袋の人形を置いた店があちこちにある。午後、工場で試作品を受け取り、上司と私とHさんの3人でタクシーに乗り、広州の空港へ向かう。ところが広州市街で大渋滞に巻き込まれ、タクシーの窓から私たちが乗るべき飛行機を見送る。Hさんはタクシーの前の座席で頭を抱えている。
ということで、Hさんのお金で広州に一泊することになる。他のホテルがいっぱいだったので、五つ星の立派なホテルに泊まる。Hさんは宿泊料金を前払いして、国際電話をかけられる自分の携帯電話を私たちに渡して言った。
「自分の家には今これで連絡してください。そして部屋の電話は使わないで下さい。あと、部屋の飲み物も絶対に飲まないでください。」
Hさんと私たちの3人で夕食。「それでは部屋でおとなしくしていてください。」と言い残して、Hさんが試作品を持って自宅に帰ったあと、ホテルのそばを散歩する。
4月21日
試作品をHさんから受け取り、朝一番の便で本当に帰国する。再び関空周りで羽田へ。会社に直行する。必要な資料を作成し、上司と共に試作品を持参して某スーパーへ行く。午後6時、帰宅の途につく。
この出張で初めて食べたもの
犬 ウサギ 蛙 カメレオン サソリ ドリアン ハト 蛇 虫の蛹。
後日談
この商品は、5品中2品が某スーパー担当者の試食をパスし、一部を納品し、販売に漕ぎ着けた。しかし実際にはほとんど売れなかった。スーパー側の担当者は人事異動の名目で逃亡し、新担当者は「ぼくはよくわかりませんから」と、残りの商品の買い取りを拒否した。そこで私の会社は自力でこの在庫を叩き売ることになったのだった。
2005年にふりかえって
初めての出張だけあって、何とものんびりしたものである。日曜日と食事睡眠時間があるなどとは、今になってみれば信じられないことである。
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