GT明朝フォントの製作システムについて


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1 アウトラインフォント

 パソコンの世界で一般的に使用されるようになったアウトラインフォントとは、字形の輪郭線の制御点の座標値をコンピュータデータとして記憶し、出力に際してラスタライザと呼ばれるソフトウェアにより画像化されるフォントのことをいう。輪郭線はベジェ曲線式等により表現されるので、レーザープリンタ等の高解像度の出力装置ではスムースで、しかも正確に字形を再現することができる。アウトラインフォントといっても曲線式の表現方法やコンピュータフォーマットの違い等により数々の形式があるが、アップルとマイクロソフトが共同で定めた仕様にもとづく、TrueTypeが最も一般的なフォント形式となった。

2 一般的フォント制作方法

外字エディタ画面  フォントのデザイン制作は紙の上で行われることこそ少なくなったが、大半は相変わらずフォントデザイナーにより1文字単位に制作されている。新しい書体の制作に際してフォントデザイナーは、通常数十から数百字の代表的字形のデザインを行い、その書体の共通のデザインルールを定める。漢字フォントの1書体の制作では、第1水準で2965字種、第2水準で3390字種も制作しなければならないので、通常この代表的字形のデザインをもとにアウトライン・グラフィックエディタにより各文字の字形を編集する。この編集は汎用のグラフィックエディタを使ってもできるが、頻繁に使用する字形部品(偏旁等)の登録参照機能や、線幅を一定化するための自動操作機能等をもつフォント専用グラフィックエディタを使用することが多い。(図1参照)

 さらに最近のアウトラインフォント・ラスタライザは、各アウトラインの計算上の座標値と各出力装置固有の出力画素位置の誤差によって起こる線幅が不均一になることを防ぐためのヒンティングと呼ばれるソフト処理を行う。そこで、フォントデータには、このヒンティング処理のための情報を1文字単位に付加しなくてはならない。この様にしてできあがったアウトラインフォントデータは、各方式のコンピュータフォーマット仕様に準じたデータとして編集される。TrueType形式では、ヒンティング処理のためのプログラムもこのデータに付加しなければならない。

偏旁構造図3 パラメトリックフォント制作システム

 前章で説明した従来のフォント制作方法では、GT明朝のような膨大な文字数を制作するには、時間と制作コストが問題になる。また制作作業をかなりの人数で分業せざるをえないことにより、字形が不統一になることも避けられない。

 従来の方法の書体デザインルールは、その書体の代表的特徴を比較的多くもつ数十から数百文字のデザインにより視覚的に表現されていた。従って、各個別の文字デザインはその制作者の感覚に依存するところが多かった。パラメトリックフォント制作システムでは、その書体デザインルールが計数的に表現される。

 漢字の字形は偏、旁、冠、構、垂、脚、繞といった偏旁に分解される。偏旁はさらに図2に示すような基本字形エレメントに分解される。基本字形エレメントは字形を決める最も基本的な要素であり、一般的な日本の明朝系漢字書体では30種類程度の基本字形エレメントにより、全ての文字を表現できる。各エレメントは主ストロークの直線または曲線式と線幅、さらに始端部と終端部の形状を決める数個のパラメータでその形状を表わすことができる(図3参照)。各パラメータは原則的に独立して変更できる。偏旁はそれを構成する各基本字形エレメントのパラメータ群にその相対的位置情報を加え、さらに文字全体にそれを構成する各偏旁の相対的位置情報を加えることにより表現できる。ただし、偏旁として定義できる形状は頻度の高いものに限るべきであるので、偏旁の組み合わせだけでは表現できない文字もあり、この場合は基本字形エレメントも含めて表現する。また、偏旁や基本字形エレメントの構成が簡単な場合と複雑な場合とでは、同じ偏旁でもそれを構成する基本字形エレメントの相対的位置情報を変えた方が、全体的にバランスのよい字形にみえる場合がある。つまり偏旁やそれを構成する各基本字形エレメントの相対的位置情報の一部は、文字全体の構成からも影響を受ける。

エレメントパラメータサンプル図  以上のように、パラメトリックフォント制作システムでは、30種類程度の基本字形エレメントに対する形状定義パラメータと、400種類程度の偏旁の構成エレメントの相対的位置情報により、その書体に関してのデザインルールが明確に定義できる。従って、この方法によればGT明朝のように6万字以上にも及ぶ文字セット全体に対しての字形の統一性が保てる。ただし、書体全体を通じての偏旁の配置に関するルールをすべて定量化することは難しい。そのために今のところ、文字セットの一部は文字単位にそれを構成する偏旁の相対的位置を定義しなくてはならない。

4 漢字字形のデータベース化

漢字DB画面-1  パラメトリックフォント制作システムの特長は各文字の字形をきめる基本字形エレメントや偏旁のパラメータや位置情報をデータベース化できる点である。このデータベースにより字形の統一のための分析、新旧字体や簡略字体等を含めての異体字形の分析、さらに異なる書体の字形の相違に対する計数的分析も可能になる。

 今回、GT明朝の制作のために、東大で収集した6万字以上の文字セットに関する漢字字形のデータベースを制作している(図4参照)。このデータベースを使って、まず各文字の偏旁構成の統一性が分析される。偏旁のなかでも偏、冠、構、繞については、従来の辞典でもその分類と該当する文字が規定されているが、旁や垂や脚については明確に規定されていないことが多い。そこでGT明朝の字形データベースを使って、類似の偏旁さらには類似の基本字形エレメントの組み合わせをリストアップし、分析整理を行う。

漢字DB画面-2  次に、異体字形の整理・編成のための分析を行う。収集した文字セットには新旧字体、簡略字体が混在している。これらを体系的に整理し、新旧字体、簡略字体を網羅した文字セットを編成する。このように、この字形データベースにより、GT明朝についてはその文字セットを体系的なものにし、デザインルールが統一された書体にすることができるわけである。

5 今後の展開

 GT明朝の制作のためには、その膨大な文字数に対して必然的によりコンピュータライズされた方法をとらざるをえないわけだが、この制作方法により新しいフォント制作の展開も可能になる。たとえば、今回制作するGT明朝は、明朝の伝統的装飾的要素を少なくした線幅の細い(ウエイト3程度)ものになるが、逆に明朝の装飾的要素に新しいデザインアイディアを盛り込んだものとか、線幅を太くしたようなバリエーション書体も比較的容易に制作できる。さらに各種の書体のデザインルールの相違を計量的に分析し、新しいデザインルールに基づく書体を、より高品質でしかも低価格に制作できるような環境の構築をめざして、関連するフォント制作システムの改良を計画している。

(飯田 勝彦)

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