2001. 1. 13 更新
<思想の言葉>
世界史の教科書を書く 

近藤 和彦


 

  「今の若い人には歴史意識なんてありませんよ」とか、「異質なものには想像力をはたらかせようともしない」などと、中年の大学教師や編集者のあいだで話題になることがある。わたしも、「そうだ」と唱和したくなる。

  だが、振りかえってみて、かつての時代と教育が歴史や異質なものへの大きく自由な感覚を育んでいたかというと、それは疑問だ。若者はいつの時代にも無知で無謀で、そのぶん後生恐るべき可能性にみちていた。むしろ、少数の若者が少数派であることに自信と驕りをもっていた時代から、今そうではなくなった。この時代的転換をどう考え、対処し、顧客である学生や読者にどう接すればよいのか、そのあたりで困惑している真面目な中年の旋回感が、先のような発言として出てくるのだろう。

  一九九四年度から高校の指導要領が変わって、世界史が必修となる。これによって歴史嫌いが増えるのではないか、と色々な場面で心配されている。もし世界史の授業で、教師も生徒も、年号と人名と用語のゴロ合わせと暗記に、従来にもまして夢中になるのだとしたら、そのとおりだろう。だれが好きこのんで「ヒトゴロシにもイロイロあるシェイクスピアの戯曲ハムレット」なんて、次から次に覚える気になるだろうか。(ところが、広い世の中にはそういうことが大好きで、つぎつぎに名句を発案して、大学院生から予備校・塾の名物教師になるヤツもいないわけではない!)

  わが偏見によれば、教育は教練(ドリル)ではない。それに、天と地の間には受験教育のホレイショ先生のマニュアル以外にも、考えなくちゃならんことが一杯ある。そもそも教育のエネルギーは、与えられたデータとマニュアルを反復練習し暗記することに向けられるべきではない。学校で歴史教育にあたる教師は地域の知識人ではないか。生徒たちは新しい感覚と知性の担い手、ティーンエイジャーである。彼らの歴史意識をはぐくみ、研ぎすます方向にむかいたい。これまで高校教師の側では、もっぱら生徒の興味関心をどう引くか、どうやって授業を成りたたせるか、といった方面で教材研究と工夫が重ねられてきた。教科書執筆者の側では、また別のレベルでの歴史観と表現力が問われるだろう。

  新しい高校世界史の教科書に、実はわたしもかかわることになった。世界史の教科書なぞ、大学に入学していらい、おぞましくて再び見ることがなかった。最近になって、参考のために何冊かを読みくらべてみると、これが案外におもしろい。わたし自身が高校生として使った教科書とは、趣きの少しちがうものがいくつか出ている。枚数、体裁などほぼ決まってはいるのだが、構成もディーテイルも、各社・各種の版、それぞれ工夫してあり、苦労のあとがしのばれる。だが、どうしてもこれまで数十年間のうちにできあがった古典的な大枠にとらわれて、いわばハイドンが交響曲の様式のなかで遊んでいるような風もある。冒頭からティンパニに連打させてみたり、静かであるべき第二楽章でテーマを消えいるように二度演奏したあとトゥッティでジャーンと大音響をだしてみたり、といった(姑息な?)工夫や遊びでは、さびしい。いっそこれまでの様式と諒解から離れる勇気と自信が、出版社側もふくめて必要なのだろう。

  新しい指導要領で新設される「世界史A」の目標は、「現代世界の形成の歴史的過程について、近現代史を中心に理解させ、世界諸国相互の関連を多角的に考察させることによって、歴史的思考力を培い、国際社会に生きる日本人としての自覚と資質を養う」ことだという。従来の世界史のようにまんべんなく網羅するというのではなく、かなり思いきって集約し、文明史、文化交流、比較の観点を重視しながら、長期的な持続と文化の型を強調するなど、大胆な試みも歓迎されるらしい。そして、重点をおくべき近現代についても、狭義の政治・外交史の事項羅列はしないでよいという。歴史の流れと構造を、もちろん図像もふくめて、「今の若い人」と高校教師にむけて印象づけることができるか、どうか。これは歴史研究者が片手間でなく、本気でとりくむべき仕事であるように思える。

  各時代の叙述にあたっても、まず政治史(といっても、せいぜい王朝の交替、聖俗の権力抗争、戦争、領土の伸縮)がきて、つぎに若干の社会経済史、それに東西交渉史と文化史の断片が付録のように連なる、といったパターンは避けたい。そもそも政治も経済も文化も、それぞれ社会の広い領域におよぶ有機的でダイナミックな事象を、特定の面からとらえる方法概念であったはずだ。政治・経済・文化の多面性と同時に、相互にスーパーインポーズして層をなす構造を、象徴的にでもしめせるといいが。たとえば、同じ一七七六年に、アメリカ十三植民地が独立を宣言し、スミスの『諸国民の富』とベンサムの『統治論断片』が刊行され、クックの一隊が太平洋を探険中というのは、すべて革命の時代を象徴する現象なのであって、別々のページにただ羅列されるべき事項ではない。

  ナタリ・デイヴィスは 『歴史家たち』(名大出版会)に収録されたインタヴューで「今日の人々に、過去と関係をもてるようにしてほしい」と、次のように発言していた。
 「過去の悲劇や苦難、残酷や憎悪、過去の人々の希望や、愛や美を見てほしい。人々は権力をめぐって争ったこともあるけれども、互いに助けあったこともある。‥‥わたしが示したいのは、過去は様々でありえた、過去は今とちがっていた、そして現在には複数の選択肢がある、ということです」。
こうして「過去をして語らしめ、ものごとの現在のありかたが決して唯一絶対ではないことを示し、現在を相対化する」ことが、〈希望の歴史家〉の営みだというのである。

  願わくは、外国の最新動向に鋭敏でありながら流行は追わず、ドイツ語圏にとどまって身辺の人々を愛したバッハのように、驕慢になりがちな現代人の肺腑をえぐり、疲れた心をなぐさめ、わずかでも希望と勇気をあたえる、そういう作品を書きたいものだ。他の執筆者と協力して仕上げてゆくのだから、「平均律」や「無伴奏チェロ」とはいかないが、「多声のリチェルカーレ」とでもいったバロック風の教科書は、夢だろうか。

『思想』 803号(1991年5月) 1-3.  


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