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中国瀋陽調査報告
小沼孝博(東北学院大学文学部准教授)

 概要

  • 調査者:小沼孝博(東北学院大学文学部准教授)
  • 日程:2012年10月16日(火)~10月19日(金)
  • 用務地:中国(瀋陽市)
  • 用務先:遼寧省博物館

 報告

中国東北地方の中心都市である遼寧省瀋陽市へ出張し、中国の博物館のなかでも屈指のコレクションを所有する遼寧省博物館で史料調査を実施した。今回の調査対象は、同館が所蔵する、1788年(乾隆53)に清の乾隆帝がコーカンド・ハーン国のナルブタ・ビィに宛てた、満洲語・トド文字モンゴル語(オイラト語)・アラビア文字テュルク語(チャガタイ語)の三言語合璧の勅書である。

この勅書の存在は、その満洲語部分を翻訳・紹介した李勤璞「乾隆五十三年給霍罕伯克三体勅諭満洲文試訳」(『満語研究』1999年第2期、pp. 81-90)によって知りえた。李論文よれば、皇帝専用の黄紙が用いられ、満漢合壁の玉璽も捺されており、便宜的な複写とは思われない体裁を持っている(正式な副本の類と思われる)。これまで調査者が実施してきた調査において、中央アジア諸国・諸勢力から清に送付された書簡(「来文」)が北京や台北の研究機関に多数現存することは確認できたが、清から発送された書簡(「行文」)については、管見の限り本勅書が唯一である。また、乾隆帝がカシュガル・ホージャ家のサリムサクの捕縛と引き渡しをナルブタに求めるという興味深い内容を持つ。

今回の調査にあたっては、夏前より博物館の窓口である業務弁公室側と交渉を行い、閲覧と写真撮影、および研究への利用について承諾を得てから現地を訪問した。ところが、瀋陽到着後に若干のごたつきがあり、最終的に業務弁公室の特別なご配慮により閲覧・筆写は許可されたものの、写真撮影は許可が下りなかった。

いずれにせよ、制限付きかつ短時間という条件下ではあったが、良好な保存状態にある勅書を実見することができ、テュルク語部分だけではあるが筆写できたのは幸いであった。テュルク語の構文は、李論文によって文書の内容を把握していたこともあったが、満洲語の逐語訳ともいえるものであった。調査者の能力の限界もあり、その場では即座に復元できない単語もあったが、清とコーカンドの外交関係の研究だけでなく、清朝宮廷における多言語文書起草の状況を知る上での一級史料であることは疑いない。今後は、内容の吟味と関連史料の収集につとめ、当該勅書の歴史的な背景について分析を進めていきたい。

[付記]本調査にあたっては、遼寧省博物館業務弁公室の劉韞主任をはじめとするスタッフ各位、および中国人民大学張永江教授より多大な協力を賜った。特に記して感謝を申し上げる次第である。
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