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モスクワ出張報告
濱本 真実(日本学術振興会特別研究員・東京大学)

 概要

  • 日程:2006年9月17日〜10月5日
  • 用務地:モスクワ(ロシア)
  • 用務先:ロシア国立古文書館、ロシア国立図書館、歴史図書館
  • 用務:モスクワにおける文献調査

 報告

2006年9月17日より10月5日まで、モスクワへ文献調査に赴いた。今回の調査の目的は、18世紀ロシアの正教化政策と東方政策の狭間にあったタタール人に関する史料と文献の収集だった。ここでは、富田武「モスクワ・アルヒーフ事情」『窓』1995年第3号、澁谷浩一「ロシア帝国外交文書館の中国関係文書について」『満族史研究』2002年第1号、島田顕「モスクワのコミンテルン史料――スペイン内戦関連文書の現状」『大原社会問題研究所雑誌』第525号、豊川浩一「ロシアでの1年を振り返って」『おろしゃ会会報』2006年第13号などの先行の報告と重なる部分もでてくることと思うが、これまでモスクワで文献調査を行なったことのない人を念頭に置きながら、モスクワの文書館・図書館事情の若干と、その他出張に関する手続きについて感じたことを記しておきたい。

まず、今回私は招待状の発行をモスクワの人文大学Российский государственный гуманитарный университет(http://www.rsuh.ru/ )に依頼した。E-mailでの申し込みから2週間後にFAXで書類が届いた。アカデミーの研究所に依頼する場合と異なり、人文大の場合は、招待状の現物を送ってもらう必要はない。招待状と外国人登録の料金は、合わせて3000ルーブリだった。人文大からの招待状は、人文大の寮に滞在する人間には便利だが、最近では外国人登録に1週間、時によってはそれ以上要する場合があるため、最低でも2週間ほどのモスクワ滞在期間がないと利用するのにリスクが伴うというのが難点である。私の場合は、2005年冬に訪れたときも今回も、外国人登録のために人文大に預けたパスポートが返却されるまで10日以上かかった。

文書館は、ロシア国立古文書館Российский государственный архив древних актов (РГАДА http://www.rusarchives.ru/federal/rgada/ )のみを利用した。この文書館に入館するためには、建物の入り口を入り、すぐ右手の部屋の窓口に、紹介状(ロシアの所属機関からのものよりも、日本の図書館から出してもらったもののほうが好ましい。英文可)とパスポートを提出し、その場で臨時入館証を出してもらう。次に来るときには、ここで年末まで有効の入館証を受け取って入館する。
ロシア国立古文書館の閲覧室へは、中庭を抜けて、別棟の2階まで行く。初めて訪れるときには、閲覧室で、自分の専門や所属機関についてのアンケートを記入する。その後、閲覧室と、その隣のマイクロフィルム用閲覧室にある文書目録で、必要な文献の情報を調べ、文書を注文すると、二日後にはその文献を閲覧室に用意しておいてくれる。

私は1999年以来この文書館を利用しているが、以前に比べると、建物が修繕され、格段にきれいになった。今回は、暖房器具が一新されたばかりだった。少なくとも今後しばらくの間は、数年前のように、コートを羽織ってカイロで暖をとりながら文書を読まねばならない状態にはならないだろうと思われた。しかし、マイクロフィルム用閲覧室のマイクロリーダーの数が少なく(使えるものは10台前後)、機械の質が悪いのは変わっていない。今回も、マイクロフィルムを読むために席が空くのをしばらく待たねばならないことがあった。複写に関しては、大量の文書のコピーを数日でとってもらうことはできない。数枚であれば、一両日中にコピー、あるいはスキャンしてくれることもある。可能なコピー枚数と要する期間は、複写係の忙しさによるようだ。

ロシア国立古文書館の一階には出版部があり、最近の出版物はもちろん、数年前の書籍も置いてある。出版部で働いている人に自分の専門を告げると、さまざまな本を薦めてくれるし、また、現在出版準備が進んでいる本についても教えてくれることがある。文書を読むのに疲れたときに、息抜きがてらここを覗いてみると、非常に有意義な休憩時間を過ごせる。

図書館では、今回はロシア国立図書館Российская Государственная Библиотека(旧称・通称レーニン図書館 http://www.rsl.ru/ )と歴史図書館Государственная Публичная Историческая библиотека http://www.shpl.ru/ を利用した。前者はパスポートのみ、後者は、日本の図書館、あるいはロシアにおける所属機関からの紹介状とパスポートを渡して入館証をつくってもらう。ロシア国立図書館では、2000年に始まった建物の修復作業と書籍の移動がまだ終わっていないらしく、未だに利用できない書籍・雑誌がいくらかある。ロシア国立図書館の利点は、申し込み後、数時間待って書庫から本を出してもらえさえすれば、100年前の本でも、たいていは即刻コピーしてもらえることだ。

一方、歴史図書館は、コピーの面での便利さは劣るが、歴史関係の基本書籍(法令集や各種文書集、年代記など)の多くが、開架になっていたり、申し込んだ後に待つことなく利用できるという点で便利である。また、歴史研究者にとっては、歴史図書館のほうが、レーニン図書館よりも隣接の書店が充実しているというのも利点として挙げられる。歴史図書館構内の書店での今回の収穫の一つは、19世紀から20世紀初頭の重要書籍でCD-ROM化されたものを数点購入できたことだった(歴史図書館出版部でCD-ROM化された書籍については http://www.shpl.ru/ を参照されたい)。ロシア帝国法令全集ПСЗも近々CD-ROM化されて売り出されるとの広告を目にした。ロシアにおける電子書籍化はかなりの速度で進んでいるようだ。

今回の調査では、大きなトラブルに見舞われることもなく、順調に文献を閲覧・収集できた。モスクワが世界で最も物価の高い都市になったというニュースは記憶に新しく、去年の秋と比べても、宿代をはじめ、書籍代、コピー代などが大幅に値上がりしているのに閉口したが、物価ほどの勢いではないにせよ、モスクワでの生活の快適さも徐々に増しているのではないだろうか。
なお、今回の資料調査の成果の一部は、拙稿「タタール商人の町カルガルの成立−18世紀前半ロシアの宗教政策と東方進出−」『東洋史研究』65-3(2006年12月31日発行予定)として刊行予定である。
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