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2014年度 第7回パレスチナ研究会定例研究会
シンポジウム「イスラエル建国以前のパレスチナをめぐるナショナリズムの諸相」 報告
錦田愛子(東京外国語大学)

 概要

  • 日時:2015年3月13日(金)13:00-18:20
  • 会場:東京大学本郷キャンパス・東洋文化研究所 3階第一会議室

 プログラム

13:00〜13:05 開会挨拶:錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)
13:05〜13:10 趣旨説明:菅瀬晶子(国立民族学博物館)

第一セッション 司会:奥山眞知(常磐大学(元))
13:10〜14:00 田村幸恵(津田塾大学)「『ナショナリズム』揺籃:第一次世界大戦下のパレスチナにおける『臣民』(仮)」
14:00〜14:50 赤尾光春(大阪大学)「ディアスポラ・ナショナリズムとシオニズムのはざまで――S・アン=スキーの思想的遍歴における精神的力と身体的力」

14:50〜15:10 休憩

第二セッション 司会:奈良本英佑(法政大学(元))
15:10〜16:00 菅瀬晶子(国立民族学博物館)「ナジーブ・ナッサールのアラブ・ナショナリズム観―『シオニズム』とカルメル誌における活動から―」
16:00〜16:50 田浪亜央江(成蹊大学)「パレスチナにおけるB-P系スカウト運動と『ワタンへの愛』」

16:50〜17:10 休憩

17:10〜18:10 コメント・総合討論
17:10〜17:20 コメント1 臼杵陽(日本女子大学)
17:20〜17:30 コメント2 藤田進(東京外国語大学(元))
17:30〜18:10 総合討論

閉会挨拶: 長沢栄治(東京大学東洋文化研究所)

 報告

田村報告は、オスマン帝国末期のパレスチナにおいて、イベリア半島出身のユダヤ人(セファルディー)が果たした役割について論じるものだった。帝国末期の近代化政策は中央集権的に進められたが、そこにはセファルディーおよび商工会議所とのせめぎ合いがあった。また第一次世界大戦期においては、ユダヤ人の間でオスマン帝国下での臣民化をめぐり議論が展開された。報告後のコメントでは、当時のパレスチナにおける宗教行政とその中での様々なユダヤ人の位置づけを明確にする必要が指摘された。

赤尾報告は、ユダヤ啓蒙主義(ハスカラ)からロシア・ナロードニキ運動、ユダヤ文化復興運動に傾倒した後、シオニズムとディアスポラ・ナショナリズムの間で揺れ続けた文学者S・アン=スキーの思想的遍歴を明らかにするものだった。近代ヘブライ文学では離散ユダヤ文化や、ユダヤ国家像、性や身体について様々な態度がみられたが、なかでもアン=スキーの示した両義的態度は独特のものであった。質疑ではアン=スキーの作として著名な戯曲『ディブック』や、民族資料収集について補足説明がなされた。

菅瀬報告は、レバノン生まれのジャーナリストであるナジーブ・ナッサールが、パレスチナで発行したアラビア語新聞『カルメル』とその中での連載「シオニズム」について、背景と記述内容の分析を行なうものだった。ナッサールは早い時期からシオニストによる土地の買収に対して警鐘を鳴らし、またパレスチナとヨルダン各地を旅して地方の現状を記事で伝えた。とはいえアラブ/パレスチナ・ナショナリズムに関する記述はないことから、質疑では英語のナショナリズムをアラビア語圏にどう取り入れて解釈するかが議論された。

田浪報告は、英委任統治期前後におけるパレスチナでのスカウト運動の浸透と、それに関する記述を当時の雑誌等のテキストに見出し、運動とワタン(郷土)概念の関連について究明するものだった。B-P系のパレスチナ・ボーイスカウト教会は、英国委任統治の初期段階で設立された。スカウト運動での自然観察や訓練は、実践的であるとともにワタンに対する愛を与えるものと記述されている。質疑では、スカウト運動とその他の自然に関わる植林運動、ワンダーフォーゲル等との比較が議論された。
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