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シンポジウム「「アラブの春」とイスラーム復興」報告
阿久津正幸(イスラーム地域研究東京大学拠点・特任研究員)

 概要

主催
  • NIHUプログラム・イスラーム地域研究 東京大学拠点
  • 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所基幹研究「中東・イスラーム圏における人間移動と多元的社会編成」
  • 科学研究費基盤研究(B)(海外)「「イスラーム民主主義」をめぐる思想展開と実現可能性に関する研究」
  •  科学研究費基盤研究(B)「イラン人によるネットワーク型社会運動の系譜と、その政治化に際しての諸問題の検討」
日時・会場 
  • 日時:2012年10月8日(月・祝) 16:30〜18:00 (開場16:00)
  • 会場:明治大学リバティータワー6階 1063室(200名収容)
報告者
  • 川上泰徳(朝日新聞国際報道部・機動特派員)
  • 飯塚正人(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所・教授)
  • コメント:臼杵陽(日本女子大学文学部 教授)
  • 司会: 山岸智子(明治大学政治経済学部 教授)

 趣旨

昨春、チュニジアとエジプトの独裁者が追放された時点では、もはやイスラームの時代ではない、今後は欧米流の民主化が進むだろうと予測する向きも多かった。しかし、その後に行われた議会選挙では、チュニジアでもエジプトでもイスラーム政党が第一党となり、今年の夏にはムスリム同胞団員のエジプト大統領まで誕生している。このような状況を「アラブの春が同胞団に乗っ取られた」と評価する声もしばしば聞かれるが、果たして実情はどうなのか?

このシンポジウムでは、現地で綿密な取材を続けてきたジャーナリストと、現代イスラームと政治との関係を専攻してきた研究者が、アラブの春がなぜイスラーム復興につながるのか、また、選挙で国民の信託を受け、統治の正統性を獲得したイスラーム政権の今後は、といった問題について論じていく。

 報告

1月28日,インターネット接続が遮断された朝,政権側の強い危機感を感じ取った.二度目の金曜日を迎えた2月2日,タハリール広場は桁違いの人でふくれあがり,何かが変わったと実感した…….革命の現場を体験した川上報告では,チュニジアの政権崩壊直後からエジプトでのデモが拡大していく様子が生々しく語られた.

デモの最中の怪我人の搬送や治療,自主検問所の設置や自警団組織などは,事後のインタビューによる確認も含めて,ムスリム同胞団が関与していたことが報告された.同時に,2005年の人民議会選挙にまで遡って,看過できない同胞団の存在感が説明された(革命当時の状況を伝える一連のレポートは,「Asahi中東マガジンhttp://astand.asahi.com/magazine/middleeast/」で有料閲覧が可能).

飯塚解説では,映像を通じた街頭デモの様子からでさえ,同胞団が関与していたことは十分に理解でき,辛くも秩序が維持された最大の要因であると指摘された.川上報告で言及されたように,今回一時的に噴出したのではない長い活動経緯を考えれば,観光業への依存度が高い一部地域を除いて,革命後の2012年大統領選挙で同胞団側が圧勝することも容易に想像ができたと指摘された.

同胞団の組織力や動員力についての具体的な報告を聞くにつれて,今後は一歩踏み込んで,社会関係資本の観点からの分析が必須だろうと強く感じた.イスラームの価値観に基づいて,各種の社会・福祉活動が地道であれ着実に実施され,そこに多くの人員を引きつけ,巻き込んでいった.「自警団組織によって治安が維持された時点で,エジプト人の〈一般常識〉として,同胞団の活動に賛同が得られた」と川上報告が指摘するように,社会における「公的領域」を生み出す地盤を築いてきた,その原点として個々人のイスラームの信条や価値観があり,それに基づく社会的行為があり,その有効性が発揮されたのだった.イスラームの名が前面に出なかったとか,同胞団が組織として公式な関与を公言しなかったなどという次元で,その後の状況から革命がイスラーム勢力に乗っ取られたなどと判断することは偏った見方だといわざるをえない.イスラーム地域とかイスラーム社会の意味が,複雑がゆえに安易に理解され用いられる典型といえるだろう.

たとえばシリアなどの場合,こうした地域社会発の取り組みは,どれほど行われてきたのか? 他国の事情と比較すれば,「民主化」の運動が内側からの発露によるものかどうか,地域社会のイニシアティブによる「民主化」なのかどうか,十分に予測し分析することができるだろう.
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