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2012年度第2回(通算第18回)パレスチナ研究班定例研究会報告 
吉年誠(一橋大学)/今井静(京都大学大学院)

 概要

  • 日時:2012年7月28日(土)・29日(日)
    各13時00分〜17時30分(15時前後に約10分の休憩)
  • 主催:NIHUプログラム・イスラーム地域研究 東京大学拠点(TIAS)
  • 共催:京都大学地域研究統合情報センター(CIAS)
    地域研究における情報資源の共有化とネットワーク形成による異分野融合型方法論の構築研究会(2012年度第2回)
  • 会場:東京大学本郷キャンパス 東洋文化研究所 3階大会議室

 プログラム

<7月28日>
  • 報告1:
    • 佐藤寛和(岡山大・院)「パレスチナ問題の相克と政治的解決―UNSCOPの活動を事例として―」
    • コメンテーター:池田有日子(京都大CIAS)
  • 報告2:
    • 今井静(京都大・院・学振特別研究員)「中東和平プロセスの展開とヨルダンの経済外交―対イスラエル関係を中心に―」
    • コメンテーター:錦田愛子(東外大AA研)
<7月29日> ※2つ目は英語によるセッション(通訳なし)です。
  • 報告1:鈴木隆洋(同志社大・院)「貨幣・権力・占領」
  • 報告2:Esta Tina Ottman(京都大・准教授)“History’s wound: To what extent does the concept of collective trauma contribute towards understanding of Israeli and Palestinian positions in the Israel/Palestine conflict?”

 28日分報告

第1報告者の佐藤寛和氏(岡山大学院)からは、国際連合の特別委員会UNSCOPのパレスチナ分割決議案の成立過程について報告がなされた。佐藤氏によれば、分割決議案に至る議論では、アラブ・パレスチナ人側の交渉における非妥協的姿勢や「拒絶」とシオニストの側の「現実的」な交渉戦略が、ユダヤ人難民問題の解決が一方で念頭にあったUNSCOPの決定を左右した。UNSCOPの分割案提示に至る過程へのこうした考察に加え、佐藤氏は、当時分割案とともに提示され否決された連邦制案に注目し、分割案に基づいて行われてきた政治交渉が停滞している現在において連邦制案に改めて注目する必要性が主張された。

これに対し、コメンテーターの鶴見太郎氏は、国際連合に内在する国際社会での権力の問題、その非中立的な存在としての側面についてふれることの重要性を指摘した。さらに、「民族」を単位とする政治を構想する点では分割案と同じ連邦制は、パレスチナにおいて成功するのだろうかという疑義が示された。また、フロアからも同じくイギリスや国際連盟から続く分割案の歴史的背景とそこに存在するコロニアルな問題についての指摘が出された。今後そうした批判がくみ取られつつ、パレスチナ分割案というものがいついかなる文脈で生まれてきたのか、アラブ・パレスチナ側が最終的になぜその「拒絶」に至ったのかについての考察が踏まえられた上で、現実政治の問題解決に向けた佐藤氏の研究が進められることを期待したい。

第2報告者の今井静氏(京都大学院)からは、中東和平プロセス下でのヨルダンの貿易政策の転換とそのイスラエル、パレスチナ自治地区への影響について報告がなされた。今井氏によれば、経済的資源に乏しいヨルダンは、80年代まで主要な経済的パートナーだったイラクの代替国としてイスラエルを90年代に新たなパートナーとする政策がとられていった。輸出加工免税特区の建設などを伴ったそうした貿易システムは、和平プロセス停滞以後の現在も継続している。一方で、両国の間でヨルダン川西岸地区の存在が埋没してくという指摘がなされた。こうした今井氏の視点は、パレスチナ/イスラエルとそれを取り巻く中東地域での複雑な政治経済状況の一端を明らかにしようとしている点で興味深い。

これに対し、コメンテーターの錦田愛子氏は、国王を中心としたヨルダンの政治体制に言及し、イスラエルを相手とした自由貿易政策がヨルダン国内でどのように生まれてきたのか、具体的にどのような社会的アクターの支持を得て進められているのか、といった問いを提示したが、それへの回答は今後の課題として残された。フロアからは、両国の外交と経済関係における関連性の有無について、イスラエルとヨルダンの間の貿易以外の投資や企業関係などの経済関係にも注目する必要性、加えて中東地域経済の中でとらえる視点の重要性について指摘がなされるとともに、ヨルダンという国家の中東地域でのアンビヴァレントな存在についての議論が交わされた。

最後に、本日の2つの報告とそれに基づき活発に行われた議論からくみ取れるのは、パレスチナ/イスラエルという社会における政治・経済関係への分析において、国際社会(またはグローバル)、中東地域という重層的な視点が不可欠であることの再認識であろう。

文責:吉年誠(一橋大学)

 29日分報告

鈴木隆洋氏による報告は、イスラエルによるヨルダン川西岸・ガザ地区の占領について、貨幣および金融制度から占領体制の構造の一端を明らかにすることを目的としたものであった。鈴木氏は、以下の二点を現在のパレスチナ自治区における金融制度の問題として取り上げている。一点目は、パレスチナ自治区が独自の通貨を持っておらず、イスラエルの通貨である新シェケルの使用を続けていることで、例えばイスラエルのハイパーインフレに巻き込まれるといった不利益が生じることである。二点目は、現行の決済システムの下では自治区が手形交換所を持たないために、手数料や強制預金の発生によってパレスチナ系銀行からイスラエル系銀行への資本流出が発生していることである。これら二つの問題を明らかにすることで、報告者は金融制度がイスラエルによる支配を強化しており、パレスチナ自治区の経済的自立を阻害していると結論付けた。

これに対して、参加者からはパレスチナ自治区における金融制度についての研究が少ないことから、まずはその重要性が指摘された。一方で、かつて西岸地区を併合していた隣国ヨルダンの銀行が自治区の全預金額の半分以上を保有していることや、自治区内の銀行による貸し付けの大部分が企業ではなく個人を対象としていること、そしてイスラエルによる占領下で銀行が閉鎖されていた間その代替機能を果たしてきた両替商が現在でも数多く存続していることから、自治区内のパレスチナ系銀行による経済活動のインパクトそのものについての検討の必要性が指摘された。さらに、ヨルダンや自治区外に居住するパレスチナ人との関係から、いわゆる「パレスチナ資本」はパレスチナ自治区という領域に制限されるものなのか、といった本報告を対象とするにとどまらない示唆的な課題も提示された。

Esta Tina Ottman氏の報告は、ナクバとホロコーストというパレスチナおよびイスラエルの双方が抱えるトラウマが、各集団内で共有され互いに相手を非難する言説を作り出していることで、パレスチナ問題の解決が困難となっていることを指摘するものであった。そのためにOttman氏は、戦争や暴力による精神的なダメージの把握に関する現在までの歴史的推移を心理学的な観点や社会的、政治的側面から明らかにした後、パレスチナおよびイスラエルにおける集団的なトラウマがどのようなものであるかを、先行研究を基に明らかにした。 これに対して、参加者からは主に普遍的な論点として個別のトラウマが集団性を獲得する過程や、世代を超えて受け継がれる経緯といった点について関心が集まった。とりわけ、日本における広島、長崎への原爆投下と平和祈念館における記憶の試みとの比較的な視座が提示され、たとえば、双方においてトラウマを表象するシンボルを形成することの意義といったテーマを中心に議論が行われた。また、これらの議論の過程で、イスラエルにけるシオニストによるホロコーストの記憶占有といった、イスラエル国家の在り方をめぐる問題も提起された。

文責:今井 静(京都大学大学院)

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