10月27日 第4回
題材:坂元ひろ子(一橋大学教授)「章炳麟における伝統の創造」
担当:林 義強(東アジア思想文化博士課程1年)、小野寺史郎(地域文化研究専攻 修士課程1年)

 論文の要旨は以下のとおり。
 章炳麟の「国学」は「国粋」=ナショナリティ追求の学であり、中華民国という国民国家創設のための「伝統の創造」の思想的営為であったが、それを支えていたのは章の仏教とインドへの興味であった。

 章はインド文化を見直す過程で仏教志向を強め、国粋の中心として民族の記憶を主張する際も、その哲学的根拠に唯識仏教が用いられた。ただその国粋に基づく民族主義は、対西洋には被抑圧者の立場からの反帝国主義に貫かれる反面、周縁少数民族に対しては漢族優越主義が濃厚であるという、ダブルスタンダード的な問題を持つものであった。
 従来、章の民族主義の持つこの負の側面は忌避されてきたが、むしろ半面性という限界をおさえた上で、断固とした帝国主義批判の民族主義を構築した残り半面を評価すべきである。
 担当者からのコメントの要点は下記の3つ。
1)章炳麟個人の思想的限界というよりも、むしろナショナリズム自体が本質的に「 ダブルスタンダード」性をもつものなのではないか。
2) 初期の章炳麟に見られたレイシズムは、インドへの評価の中でどう変化したのか。
3) 章の仏教は日本滞在期と辛亥革命後においてどう変化したのか。
 コメント1に対しては、著者は、個々の思想家に即して具体的に論じる方法をとらねばならない、という見解だった。議論は主として近代中国の民族論・ナショナリズムをめぐって展開されたが、その中で特に当時の漢族に具体的な蒙・回・蔵などに対する視点・関心自体が希薄であった、それゆえにその周辺民族論が総じて観念的なものになりがちだったのではないか、という指摘は重要なものと思われた。
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