9月30日 岸本美緒「明末社会と陽明学」
<コメント:林泰弘(東アジア思想文化・D1)>
陽明学という思想体系を歴史学の観点から考察している。著者は明代社会に対する長年の研究から体得した、当時の人々の「感覚」に注目し、それを陽明学の思想と関連づけている。その要点は以下の記述に現れている。すなわち、「既成の道徳に安住する道学先生が、無力で偽善的な存在である感覚」、「人間が本来共同性を志向する存在であることを確認したいという願望」、「人々の間に頼れる対象、助けあえる仲間を探そうとする心情」といった「感覚が当時の広汎な人々に漠然とした形で共有されており、それが哲学思想としての陽明学の「良知」論や「万物一体」論を大衆的生活感覚のレベルで支える共鳴基盤となった」という主張である。
今後、「感覚」という問題をどのように計量化するか、そしてどのようにより客観的な論理根拠とするかが、この論文の大きな課題と思われるが、陽明学を、進歩的思想であるか、或いは反動的思想であるかといった観点から離れて、第三の側面から考察しようとするこの論文は、マルクス主義の影響がだんだん薄くなっている今日、中国学または人文科学において、注目に値するものといえよう。
<自由討議>
陽明学の特徴をどう捉えるか、朱子学などとの関係をどう理解するか、16世紀中国における事象を世界的規模の動きの中で見ていく視点の問題などが話し合われた。
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