21世紀COE研究拠点形成プログラム 生命の文化・価値をめぐる「死生学」の構築
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加藤尚武教授死生学公開講演会
「生と死・法と倫理」

日時2006年11月29日(水)17:00〜
場所東京大学本郷キャンパス法文2号館 一番大教室
主催DALS(東京大学21世紀COE
「生命の文化・価値をめぐる死生学の構築」)
発表者 加藤尚武
東京大学文学部 COE特任教授
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 このたび21世紀COE「死生学の構築」では、最終年度の締めくくりを有意義に果たすため、日本における応用倫理研究の草分けともいえる加藤尚武氏を特任教授として迎えることになった。そこで、加藤教授には、去る2006年11月22日に法文1号館215番教室にて特別講義を、そして11月29日に法文2号館1番大教室にて死生学公開講演会を担当していただいた。加藤教授は、応用倫理研究はもとより、ドイツ観念論とりわけヘーゲル哲学の研究によっても知られている日本を代表する哲学者の一人であり、二回の講演会はそうした哲学研究にしっかりと裏付けられた中身のきわめて濃い内容のものとなった。
  まず、11月22日の特別講義は「生命の全体像」と題して行われた。平日にもかかわらず、50人強の聴衆が集い、加藤教授の洒脱な話術とともに、生命科学の歴史と生命についての思想史とはどのように連関しあってきたのか、という問題が論じられた。加藤教授はまず、自然の中に目的や価値が内在しているという考え方と、目的・価値は人間の人為に由来するのであって自然には内在していないとする考え方との対立を浮き彫りにすべく、アリストテレスの目的論の哲学と近世のベーコンやデカルトのアリストテレス批判とを取り上げる。とりわけ、デカルトの時代に望遠鏡や微粒子の発見などがあった事実に注目し、それを根拠に目的論的世界観への反論が湧出してきた事情を析出する。しかし、ライプニッツの哲学などを経て、生命現象が、自然現象の一つではあるにしても、特異性をもつことが認識されてきて、デカルト的機械論の批判点が形成されてゆく。そしてそうした思考法はドイツ観念論を経過して、化学や有機体学へと結実してゆき、ついには進化論的思考法が、すなわち、結果を達成するような目的志向性ではないにしても、全体としての合目的性を読み込むような、そうした思考法が発生するに至る。こうした論点を踏まえて加藤教授は、生命現象を物質的な事象に還元しようという志向性を根底に持つような生命操作、遺伝子プールの急激な変更、などは慎むべきだ、という倫理的提言にまで踏み込んだ。壮大なパノラマを見せられたような刺激的な講義であり、多くの質問が寄せられた。筆者も、生命操作をしようという人間の欲望それ自体が生命現象の一つなのではないか、といった質問をしてみた。こうした質疑を通じて、さらに理解の深まりが達成されたと思う。   次に11月29日の公開講演会だが、それは「生と死・法と倫理」と題して行われた。やはり平日であったが、80人以上の聴衆が集った。この講演の主題は、法と道徳はどう違うか、という根本的な問題であった。加藤教授は、法と道徳が共通点を持ちつつも互いに微妙に異なった働きをしていたことを、ギリシア時代の実態から跡づけ、まず、法の多元性や、道徳的考慮に基づく悪法論の必要性などを導く。そして、カント哲学に焦点を当てて、カントの実践哲学、とりわけ定言命法に象徴される義務論の体系が、立法の用語を用いていながらも、快楽を厳格に禁ずるという非現実的な原理を導入しているがゆえに、立法論としては無効であると、そう論じる。これに対して、シジウィックの倫理学などの検討を経過した上で、他者危害原則に基づく功利主義の考え方は道徳というよりむしろ立法の方法論であると論じ進める。ついで、他者に十分なものが残されている場合にのみ私的所有が認められるとする「ロックの但し書き」をこうした功利主義の流れの中に位置づけ、世代間倫理や環境倫理の淵源を見いだし、さらに寛容論にも言及し、異なる宗教や文化の間での共存原理の確立の必要性こそが法の究極目的であると締めくくった。やはり大変に壮大かつ感動的な議論構成で、質疑も大いに盛り上がった。再び筆者も質問し、法の及ぶ単位は何なのか、国なのかそれとも人類全体なのか、といった問いを提起してみた。こうした問いも含め、問題は様々に広がりゆくだろうが、加藤教授の講演がそうした展開への堅固な礎石となりうることは疑いないだろう。   両講演の後には、有志の人たちが居残り、食事をともにしながら議論をさらに続けた。「死生学」プロジェクトの大詰めを飾る大変に有意義な企画となったことを、企画者として大いに喜びたい。


シンポジウムの様子 シンポジウムの様子


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