21世紀COE研究拠点形成プログラム 生命の文化・価値をめぐる「死生学」の構築
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精神医療と触法行為の死生学 -殺人行為をめぐって-

日時2006年12月9日(土)11:00〜
場所東京大学法文2号館 一番大教室
主催DALS(東京大学21世紀COE
「生命の文化・価値をめぐる死生学の構築」)
poster

第一部 11:00〜 特別講演
"Insanity and Responsibility:Does M'Naghten do Justice to the Manifestly Mad?"
「精神異常と責任―マクノートン・ルールは明らかに異常をきたした者に正当に適用できるか―」

提議者        Professor Jill Peay (London School of Economics, Mental Health Law)
 



第二部 13:40〜 パネル・ディスカッション

提議者           作田明 (北所沢病院、犯罪精神医学)
                八尋光秀(福岡県弁護士会精神保健委員会、弁護士)
               長谷川眞理子(総合研究大学大学院、生物学)
                 一ノ瀬正樹*(東京大学、哲学)

コメンテーター      小田晋(帝塚山学院大学、精神医学・犯罪学)

コメンテーター兼司会  加藤尚武※(東京大学、哲学・応用倫理学)  


*事業推進担当者
※COE特任教授


 去る2006年12月9日(土)、「死生学」プロジェクトの大詰めを締めくくるイベントの一つとして、国際シンポジウム「精神医療と触法行為の死生学−殺人行為をめぐって−」が法文2号館1番大教室にて開催された。表題が示すように、いわゆる触法精神障害者の刑事責任をどう理解すべき、という深刻かつ切迫した問題を扱うシンポジウムであった。100人ほどの聴衆が集まり、この主題に対する関心の深さが窺われた。シンポジウムは2部構成で行われた。午前の部ではイギリスのロンドン・スクール・オブ・エコノミックスのジル・ピーエイ(Jill Peay)教授による特別講演が行われ、午後の部では日本人研究者によるパネル・ディスカッションが行われた。
 午前11時に始まったピーエイ教授の特別講演は、「Insanity and Responsibility: Does M'Naghten do Justice to the Manifestly Mad?」と題されて、いわゆる「マクノートン・ルール」は、それが当然適用されるべき「明らかに異常をきたしている触法者」に対して適正に適用されているか、という問題を扱った。教授の紹介と講演の司会は筆者が務めた。「マクノートン・ルール」とは、妄想に基づく実際の殺人事件において精神異常ゆえに免責されたという1843年のイギリスでの事例に端を発するいわゆる「精神異常抗弁」(Insanity Defense)の基準のことで、ピーエイ教授はこの問題についてのイギリスにおける権威の一人である。講演は、「マクノートン・ルール」は適用が必要な場合にも適用されていない場合が多々あるとして、「精神異常抗弁」の適用を躊躇する今日の趨勢に対して、その適用の拡張を訴えるものであった。筆者も含めていくつかの質問が出たが、やはり「精神異常抗弁」の適用拡張への懸念、被害者の位置づけなど、教授のややリベラルな立場への疑念が多かった。ピーエイ教授は、通訳を介しながらも、一つ一つの質問に誠実かつ丁寧に応じてくれて、国や文化の壁を越えてこうした問題が普遍性をもつことを改めて確認するとともに、問題の困難性の根深さをも痛感することができた次第である。
 午後1時40分から午後の部が始まった。まず熊野助教授に「死生学」プロジェクトを代表して挨拶をしていただき、早速に、加藤尚武特任教授の司会のもとパネル開始となった。パネルは四人の提題者、そして加藤教授を含む二人のコメンテータにより構成されていた。第一の提題は聖学院大学所属の犯罪精神医学の専門家である作田明氏が行った。作田氏は、「触法精神障害者への処遇の問題と医療的側面」と題して、今日の日本における精神障害者の触法行為とその処遇の実態について作田氏自身の扱った事例に基づいて詳細に論じ、最近の厳罰化を望む風潮に対して、むしろそうした触法者のための医療設備の充実化を訴えた。二番目の提題者は福岡の弁護士である八尋光秀氏であった。八尋氏は、「『障害』は社会のほうにある」と題して、弁護士としての豊富な経験にのっとって、障害者施設の現状などを紹介しつつ、精神医療ユーザーに対して社会のほうが持ちがちな誤った認識を改めることで、触法精神障害者についてのさまざまな問題も改善されるだろうとする提言を行った。作田氏と八尋氏は、ともに午前のピーエイ教授と同様、障害者福祉的な一種リベラルな観点を提示したといえる。
 次に、三番目の提題者として、総合研究大学院大学の長谷川眞理子教授が、専門とされる生物学の観点から提題を行った。「殺人の進化生物学的分析」と題されたその提題では、殺人に関する詳細かつ実証的なデータにのっとって、殺人という行為が生物である人間にとって環境に対するありうる反応のひとつであること、通常の殺人事件では精神障害者が関わる割合は少ないのに対して、尊属殺人においてはその割合が高まること、など興味深い論点が指摘された。次に筆者自身が哲学の観点から「正常ならざる殺人の連続的広がり」と題して四番目の提題を行った。そこでは、健常者と精神医療対象者とは「道徳的運」という偶然性にさらされている点で同様であり連続していること、殺人などの触法行為はまずは「害」の発生なのであり、その意味で「害」の修復を核心とする「修復的司法」の考え方を汲み上げるべきこと、加害者に関しても「害」の原因性としての位置づけを中心にしつつ、「mens rea」などを確率的に考慮しつつ、健常者の犯罪とやはり連続的に対処してゆくべきこと、これらの論点が提起された。
 四人の提題がなされた後、帝塚山学院大学の小田晋教授が精神医学の第一人者としての立場からコメントを加えた。小田教授は、触法精神障害者を軽々に免罪してしまうことは社会の危険性を増大させる恐れがあるという点を、教授自身の豊富な臨床事例から説き、ピーエイ教授、作田氏、八尋氏と対照的な立場を打ち出した。さらには司会兼コメンテータである加藤特任教授が、こうした問題と健常者による犯罪の問題との比較という観点も必要なのではないかと提言した。そうした提言をきっかけに、活発な質疑応答へと結びつき、ピーエイ教授もまたイギリスでの事情などに言及しつつ、いくつかの質問を行った。フロアも交えて熱のこもった議論が続き、気がついてみれば、午前11時から開始したシンポジウムはすでに午後6時30分を過ぎていた。最後に「死生学」拠点リーダーの島薗教授が閉会の辞を述べ、さまざまな問題性をあぶり出すことに成功したシンポジウムが終了を迎えたのである。
 閉会後には山上会館にて懇親会を催した。小松久男副研究科長から主催者側を代表して挨拶をいただいた後、参加者同士、互いに懇親を深めると同時に、思い思いに議論を続け、精神医療と触法行為というこの困難な問題への関心をさらに高めていくことができたと思う。「死生学」プロジェクトにとって、大きな成果となったことを確信した次第である

シンポジウムの様子 シンポジウムの様子 シンポジウムの様子

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