21世紀COE研究拠点形成プログラム 生命の文化・価値をめぐる「死生学」の構築
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サブテーマ2: 生と死の形象と死生観

事業推進担当者

小佐野 重利美術史学
木下 直之文化資源学
大貫 静夫考古学

人類の形象文化を振り返ると、古くから死と死後の世界に関わるものがいかに多いかに驚くことであろう。人は死の問題には無関心ではいられない。死すべき定めであるゆえに、不死をえたい、あるいは一瞬なりとも死後の世界を垣間見たいと願う。『古事記』の語る、亡くなったイザナミを呼び戻そうとイザナキが訪れた挙げ句に逃げ帰った黄泉の国の話、『神曲』中のダンテによる地獄、煉獄、天国巡りの旅など、恐らく人の心に宿るそうした願望の表徴であろう。それが造形化されると、《地獄極楽図屏風》(金戒光明寺蔵)やサンドロ・ボッティチェッリによる《ダンテの『神曲』挿絵》といった名品となる。不可避な死そのものへの恐怖、あるいは未知なる彼岸への不安が、こうして葬礼美術、墳墓とその副葬品、記念碑、遺影といった豊かな形象文化を不断に生みだしてきたといってもよい。

死は生理学上の問題であるばかりでなく、いなそれにもまして文化的な問題であり、しかも、時代や地域によって文化的な関心の在り方に大きな相違がある。美術史、考古学および文化資源学は、墳墓の装飾や副葬品、宗教美術、礼拝像あるいは記念肖像などに関する個別研究を累々と築き上げてきた。本学総合研究博物館開催の『死後の礼節 ― 古代地中海圏の葬祭文化(紀元前7世紀―紀元前3世紀 ― )展(2002年)、同博物館開催『博士の肖像』展(1998年)、国立西洋美術館開催の『死の舞踏 ― 中世末から現代まで ―』(2000年)などがその成果の卑近な例である。とはいえ、「生と死」の織りなす歴史的、文化的な観点から、生と死をめぐる形象の価値が総合的に研究されることは稀であった。

この部会においては、特に死をめぐる形象に焦点を当てながら、死が美術、墓碑および記念碑などとして、造形的にどのように表現され、弔辞、報道あるいは伝記として言葉でどのように語られてきたか、さらに、社会からどのように扱われてきたかについて、その歴史と現状を研究する。死は、本質的には「個人のもの/こと」であるにもかかわらず、社会(国家、職場)、家族、報道メディアなどの他者が深く関与し、さまざまな意味を付与される。そのため、個人的な生から疎外された無惨な死もありうる。このような生と死をめぐる社会性を明らかにして、生の中に死を意味づける。

現在、国立広島原爆戦没者追悼平和記念館の開館により、原爆死没者の名前と遺影の登録を遺族に募集するとか、戦没者の追悼・平和記念のための記念碑等施設の建設計画が日本政府によって検討されている。国家と死者の関係に関するこうした今日的問題についても、またエドヴァルト・ムンクの《病室での死》(1893年頃)に予見されているような、安楽死や家での臨終か病院での臨終かといった医療と死の問題についても、社会的な関心が高まるなか、形象を軸に歴史・文化的な考察を行う。

医療とペストが歴史的に深く関連してきた西洋には「死の舞踏学会」なる人文系、社会系、医学系研究者の参加する研究学会がある。そのモデルに倣いつつ、ここでは、生と死が織りなした形象文化のモノ資料の収集とその通時的な検討、そしてその成果の公開展示を通じて、死生をめぐる現代社会の問題と課題を明らかにし、全体の研究課題である学際的、総合的「死生学の構築」の一助になることを目ざしたい。

(小佐野重利)


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