★ ★ 国際ワークショップの記録 ★ ★

『翻訳と世界文学』
Translation and World Literature
(本ワークショップの英語版プログラムはこちら

2008年7月11日(金曜日)午後3時 ― 6時30分
東京大学(本郷キャンパス)3号館7階スラヴ文学演習室

企画および司会
デンニツァ・ガブラコヴァ(日本学術振興会外国人特別研究員・東京大学文学部現代文芸論研究室外国人研究員)
沼野充義(東京大学文学部教授)

共催:東京大学文学部現代文芸論研究室・スラヴ語スラヴ文学研究室
科研費研究グループ 基盤研究(B)「グローバル化時代における文化的アイデンティティと新たな世界文学カノンの形成」

*本ワークショップの経費の一部は、科研費(特別研究員奨励費)によって負担されている。

 プログラムは2名の研究者による発表と4名の大学院生による自身の研究発表に加え、現代文芸論のスタッフ(沼野充義、柴田元幸、毛利公美、デンニツァ・ガブラコヴァ)を中心とした討論から構成された。また議論は全て英語で行われた。会場の参加者には事前に印刷された講演原稿及び大学院生のレジュメ集が配られ、参加者はそれを目で追いながら講演に興味深く聞き入っていた。
 全体を方向付けたのは最初の発表者ラッセル・スコット・ヴァレンティノ(アイオワ大学)による「翻訳の修辞学に向けて 翻訳可能性、言語的貧困化、グローバル文化のモザイク」であり、ここで述べられた「翻訳可能性/翻訳不可能性」の線に沿って後半の議論も進められた。氏の講演に含められた「EU公用語」と題されたユニークな引用例は、EU公用語となった英語が正書法改定を重ねていくうちに、まるでドイツ語のようなものに変貌してしまうというジョークであり、会場から笑いも起こっていた。
 次の発表者クリスティーネ・イヴァノヴィチ(東京大学)による「パウル・ツェラーンのLa Contrescarpe(外岸) ポスト・ホロコーストの刻印」では執筆中のパウル・ツェラーンに関する大部の書籍からの抜粋という形で、会場で回覧された大著の先行研究を踏まえ、詳細な伝記的情報の紹介に加え、ツェラーンの「La Contrescarpe(外岸)」の分析が行われた。
 休憩を挟み後半の大学院生による自身の研究発表では、4名による最新の研究成果が発表された。
 秋草俊一郎による「ナボコフの自己翻訳」では、ナボコフ自身によるイディオム表現の翻訳に着目しながらロシア語・英語間の翻訳に現われた作家の意図を探り、齋藤由美子「多和田葉子の作品における翻訳と創作」では、多和田作品の複数の日本語版、ドイツ語版、英語版を参照しながら、秋草氏と同様にイディオム表現などに着目しつつ、具体的に翻訳が日本語版に与えた作用に関して論じた。一方、同じく多和田葉子を対象としたダヌータ・ウォンツカ「多和田葉子のTongue Dance」では多和田の「かかとを失くして」を題材に、斎藤氏とは対照的にむしろイメージの翻訳不可能性に立脚しながら議論を進めていた。最後の発表者ヴャチェスラフ・スローヴェイ「言語、思考、文化」は「翻訳不可能性/翻訳可能性」の理論的背景を双方に目を配りながら、日本語・ロシア語・英語によるパウル・ツェラーンやエズラ・パウンドの翻訳を例に論じた。
 質疑応答では会場からも意欲的な質問が飛び出していた。文学作品を題材に「翻訳」を柔軟に捉えなおしながら「翻訳可能性/翻訳不可能性」を巡り様々な例を挙げて行われる議論は、一面的でない「世界文学」の現在における問題を見事に書き出していたと言える。

(中野幸男 スラヴ文学研究室RA)