bulletin 刊行物staff 教員register 研究室名簿syllabus 授業案内thesis 卒論・修論テーマ



教員案内

渡辺裕教授小田部胤久教授三浦俊彦教授
過去に在席された先生

渡辺裕教授

<略歴>

 1977年3月 東京大学文学部第1類(美学芸術学専修課程)卒業
 1980年3月 同 大学院人文科学研究科修士課程(美学芸術学)修了
 1983年7月 同 大学院人文科学研究科博士課程(美学芸術学)単位取得退学
 1983年7月 同 文学部助手(美学芸術学)
 1986年4月 玉川大学文学部専任講師(芸術学科)
 1991年4月 同 助教授
 1992年4月 大阪大学文学部助教授(音楽学)
 1996年4月 東京大学大学院人文社会系研究科助教授(美学芸術学)
 2001年7月 同研究科にて博士(文学)取得
 2002年1月 同 教授(美学芸術学)


<主要業績>

◆著書

・『聴衆の誕生―ポストモダン時代の音楽文化』(春秋社、1989、サントリー学芸賞受賞、1996年増補改訂版、中公文庫版、2012)

・『文化史のなかのマーラー』(筑摩書房、1990、音楽執筆者協議会クラシック部門新人賞、『マーラーと世紀末ウィーン』と改題して再刊、岩波現代文庫、2004)

・『音楽機械劇場』(新書館、1997)

・『宝塚歌劇の変容と日本近代』(新書館、1999)

・『西洋音楽演奏史論序説―ベートーヴェン ピアノ・ソナタの演奏史研究』(春秋社、2001、博士〈文学〉学位請求論文)

・『日本文化 モダン・ラプソディ』(春秋社、2002、文化庁芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞)

・『考える耳―記憶の場・批評の眼』(春秋社、2007)

・『考える耳再論―音楽は社会を映す』(春秋社、2010)

・『歌う国民―唱歌、校歌、うたごえ』(中央公論新社、2010、芸術選奨文部科学大臣賞受賞)

◆監修・共著

・『サントリー音楽文化展'89 マーラー』(展覧会図録、サントリー美術館、1989、展覧会終了後、『グスタフ・マーラー』と改題の上、TBSブリタニカより再刊)、担当部分は図録本体部分(pp.11-112)

・『ブルックナー・マーラー事典』(東京書籍、1993、根岸一美氏との共同監修)、担当部分は「序:ブルックナーとマーラー」(pp.10-18、根岸一美氏との共同執筆)、「マーラー全作品解説」(pp.291-449)、「映像の中のマーラー―3つのマーラー映画から」(pp.487-495)、「マーラー研究文献案内」(pp.566-598)

・Th. W. アドルノ『アドルノ 音楽・メディア論集』(渡辺裕編、村田公一・舩木篤也・吉田寛訳、平凡社、2002)、担当部分は「解説」(pp.337-353)

・『クラシック音楽の政治学』、増田聡氏ら7名の共著(青弓社、2005)、担当部分は「『クラシック音楽』の新しい問題圏―『音楽の都ウィーン』の表象と観光人類学」(pp.9-48)

・『音の百科事典』(音の百科事典編集委員会編、丸善、2006)

・『事典 世界音楽の本』(徳丸吉彦・高橋悠治・北中正和・渡辺裕編、岩波書店、2007)、担当部分は、第3章「制度」、第5章「日本音楽の20世紀」の総論部分と一部項目

◆論文

・「伝統受容行為としての作曲―グスタフ・マーラーにおける「引用」の考察」、『美学』第128号(美学会、1982.3)、pp.52-63

・「音楽における引用の認定」、『国立音楽大学研究紀要』第17輯(1983.3)、pp.151-165

・「音楽における意図と意味」、『東京大学文学部美学藝術学研究室紀要・研究』第2号(1984.3)、pp.83-112

・「美的判断を支えるもの―「完全なる贋物」をめぐって」、佐々木健一編『前カント的・非カント的美学の射程』(昭和58・59年度文部省科学研究費補助金(総合研究A)研究成果報告書、1985.3)、pp.175-188

・「芸術による世界認識―ネルソン・グッドマンの「表現(expression)」の理論をめぐって」、『東京大学文学部美学藝術学研究室紀要・研究』第3号(1985.3)、pp.95-120

・「音楽表現とメタファー―「この旋律は悲しい」の構造」、『美学』第143号(美学会、1985.12)、pp.24-35

・"The Base of Aesthetic Judgement---Some Considerations concerning 'Perfect Fake'", JTLA, Volume 10, (1986.3), pp.117-127

・「「音楽表現とメタファー」再説―現代芸術と人間の認識」、『美学』第151号(美学会、1987.12)、pp.10-21

・「もう一つの新ウィーン楽派―精神分析的音楽の系譜」、『講座20世紀の芸術 第3巻 芸術の革命』(岩波書店、1989.11)、pp.149-178

・「ポストモダンの時間―コラージュの音楽をめぐって」、中森義宗他編『美とかたち』(東信堂、1989.12)、pp.212-233

・「芸術解釈における作者の位置―コミュニケーション理論からのアプローチ」、『美学』第162号(美学会、1990.9)、pp.12-23

・「劇場力学の中のモーツァルト―ブルク劇場の観客の分析」、海老沢敏他編『モーツァルト 第2巻 歴史の中のモーツァルト』(岩波書店、1991.11)、pp.95-125

・"'Power Game' played in Theater---Audiences in Burgtheater in the Mozart Era", JTLA, Volume 16, (1992.3), pp.77-89

・「レコードは「複製」か?―パーシー・グレンジャーの場合―」、藤田一美編『現代の状況における藝術体験とエートス』(平成3・4年度文部省科学研究費補助金(総合研究A)研究成果報告、1993.3)、pp.175-188

・「機器のもたらす音楽の「近代化」―『一般音楽新聞』にみるメトロノームの完成と普及―」、『待兼山論叢』第27号美学編(大阪大学文学会、1993.12)、pp.1-25

・"Music at the 21st Century---'Modern' or 'Postmodern'?", JTLA, Volume 18, (1994.3), pp.33-42

・「1920年代・アメリカの夢と現実―ムービーパレスの劇場オルガン―」、庄野進他編『音楽のテアトロン』(勁草書房、1994.6)、pp.134-156

・「「言語的音楽観」と西洋音楽の「近代化」―バロック期における音楽修辞学の盛衰とその背景―」、鍛冶哲郎他編『経験と言葉――その根源性と倫理性を求めて――』(大明堂、1995.3)、pp.281-307

・「聴衆のポストモダン?」、櫻井哲男編『20世紀における諸民族文化の伝統と変容 第1巻 20世紀の音』(ドメス出版、1995.7)、pp.79-95

・「西洋音楽研究とフィールドワーク的知」、『フィロカリア』第14号(大阪大学文学部人文学科芸術学・芸術史講座、1997.2)、pp.21-43

・「ベートーヴェンのメトロノーム記号が語るもの―テンポの近代化の中の作曲家」、『美学藝術学研究』第14号(東京大学美学藝術学研究室、1997.3)、pp.81-106

・"'Modernization' of Music by a mechanical Device : An Inquiry into Articles concerning Invention and Popularization of Metronome in 'Allgemeine Musikalische Zeitung'", JTLA, Volume 21, (1997.3), pp.133-140

・「『作曲家の最終的意図』のイデオロギー―作品概念と音楽実践の現場」、佐々木健一編『作品概念の史的展開に関する研究』(平成7−9年度文部省科学研究費(基盤研究A)研究成果報告書、1998.3)、pp.97-116

・「ベートーヴェンのテンポ記号の受容をめぐって―演奏史研究のための一試論」、『美学藝術学研究』第16号(東京大学美学藝術学研究室、1998.3)、pp.41-80

・「『実用版楽譜』とは何か―演奏の伝統における『書かれたもの』と『書かれないもの』の相剋」、『音楽の宇宙 皆川達夫先生古希記念論文集』(音楽之友社、1998.4)、pp.224-230

・「『機械音楽』の時代―バウハウスと両大戦間の音楽文化」、利光功他編『バウハウス叢書別巻2 バウハウスとその周辺 2』(中央公論美術出版、1999.7)、pp.27-48

・「近代国家日本の『国民劇』―宝塚と東宝の『戦時体制』」、『エクスムジカ』プレ創刊号(ミュージックスケープ、2000.3)、pp.54-64(沼野充義編『とどまる力と越え行く流れ―文化の境界と交通』(多分野交流演習論文集、東京大学大学院人文社会系研究科多分野交流プロジェクト、2000.3、pp.197-210に再録)

・「坪内逍遙・宝塚歌劇・大阪文化―もう一つの日本近代史」、『文学』第1巻第5号(岩波書店、2000.9)、pp.43-54

・「花柳文化の『近代』とレコード産業―『日本文化』のアイデンティティ形成の一側面」、『美学』第206号(美学会、2001.9)、pp.1-14

・ 「大正期日本の西洋音楽受容の一側面―澤田柳吉と久野ひさのベートーヴェン演奏の様式分析」、『モーツァルティアーナ 海老澤敏先生古希記念論文集』(東京書籍、2001.11)、pp.527-534

・"Music of Geisha and Record Industry: An Inquiry Concerning Modernization Process of Japanese Culture", The Great Book of Aesthetics: Proceedings of the 15th Congress of Aesthetics (ed. by Organizing Committee of the 15th International Congress of Aesthetics, 2003.10,CD-ROM)

・「異文化接触の中の民謡―『正調江差追分』にみる自己表象の成立と変容、『日本音楽・芸能をめぐる異文化接触メカニズムの研究―1900年パリ万博前後における東西の視線の相互変容―』(平成13-15年度科学研究費補助金(基盤研究(B)(1))研究成果報告書、研究代表者:井上さつき、2004.6)、 pp.108-136

・「『ソノシート』再考―レコードと雑誌の文化資源学」、『文化資源学』第3号(文化資源学会、2005.3)、pp.11-26

・「『国民音楽』の誕生と唱歌の近代史、『演劇人』第20号(財団法人舞台芸術財団演劇人会議、2005.8)、pp.24-33

・「レコード・メディアと『語り』の近代―『映画説明』レコードとその周辺」、『美学芸術学研究』第24号(東京大学美学芸術学研究室、2006.3)、pp.34-65

・「ベートーヴェンのもう一つの顔」、伊東信宏編『ピアノはいつピアノになったか』(大阪大学出版会、2007.4)、pp.77-104

・「『民謡の旅』の誕生―松川二郎にみる昭和初期の『民謡』表象」、『美学芸術学研究』第25号(東京大学美学芸術学研究室、2007)、pp.135-178

・「文化としての著作権」、『アートマネジメント研究』第8号(日本アートマネジメント学会、 2007)、pp.4-15

・「戦後体制と『国民文化』―宝塚歌劇の「日本民俗舞踊シリーズ」とその周辺―」,『美学芸術学研究』第26号(東京大学美学芸術学研究室),2008.3, pp.159-202

・「寮歌の『戦後史』―日本寮歌祭と北大恵迪寮におけるその伝承の文化資源学的考察―」,『美学芸術学研究』第27号(東京大学美学芸術学研究室),2009.3, pp.57-94

・"Building the body and mind of Japanese 'Nationals': Modern history of 'Song (shok a)' in Japan", in: International Yearbook of Aesthetics, vol.13 "Art and Social Change" (International Association for Aesthetics), 2009, pp.189-208

・「ノイズ」言説・再考―ジンタとチンドンをめぐる表象の生成と変容、『文学』、第11巻第6号、2010、pp. 70-87

・「映像による都市イメージの生成と変容―映画《Love Letter》と小樽のまちづくり」、西村清和編『日常性の環境美学』(勁草書房、2012)、pp. 252-280

・「日本橋と高速道路―都市景観言説にみる美的判断の生成と変容の力学」、『美学芸術学研究』第30号(東京大学美学芸術学研究室、2012)、pp.113-157

◆その他の寄稿

・「裏返しの伝統性―マーラーの《第四交響曲》の世界」、『フィルハーモニー』1980年9月号(NHK交響楽団)、pp.30-37

・「ブラームスの革新性―シェーンベルクの『進歩家ブラームス』をめぐって、『音楽の友』1983年6月号(音楽之友社)、pp.100-103

・「十九世紀の諷刺的音楽批評―カリカチュアとパロディ」、『音楽芸術』1985年3月号(音楽之友社)、pp.25-29

・「マーラーの引用技法?―《第三交響曲》の現代性の所在」、『音楽芸術』1986年5月号(音楽之友社)、pp.27-31(『マーラー事典』(立風書房、1989)、pp.274-279に再録)

・「見える聴衆・見えない聴衆―『オリジナル楽器運動』の音楽社会学―」、『is別冊・群れの場景』(ポーラ文化研究所、1989)、pp.208-228

・「変容する音楽文化―機能主義から『遊び』の時代への移行の中で」、『RIRI流通産業』1989年10月号(流通産業研究所)、pp.10-21

・「指揮者の誕生」、『図書』1990年3月号(岩波書店)、pp.46-52

・「音楽の『生産』と『消費』―1920年代から現代へ」、『ポリフォーン』第6号(TBSブリタニカ、1990.7)、pp.141-151

・「メディア社会の中の音楽家」、『みすず』第355号(みすず書房、1990.10)、pp.19-28(「個別性の美学―グレン・グールドとメディア―」と改題の上、『グレン・グールド大研究』(春秋社、1991)、pp.89-101に再録)

・「齋藤メソッドが残した課題―小澤征爾と日本の音楽教育」、『小澤征爾大研究』(春秋社、1990.11)、pp.91-110

・「オリジナル楽器運動とメディア」、『もう一つの音楽史』(『現代思想』1990年12月臨時増刊)、pp.154-157

・「編集者としての指揮者」、『is』第50号(ポーラ文化研究所、1990.12)、pp.62-65

・「名曲への旅:マーラー《大地の歌》」、『レコード芸術』1991年3月号(音楽之友社)、pp.68-71(レコード芸術編『CDでたどる名曲への旅』(音楽之友社、1995)、pp.191-196に再録)

・「消費社会のサウンドスケープ」、『RIRI流通産業』1991年7月号(流通産業研究所)、pp.2-7

・「『第九』のたどった道」、『全人教育』1991年12月号(玉川学園)、pp.30-34

・「『モーツァルトらしい』演奏の虚実、『モーツァルト全集』第7巻(小学館、1992.1)、pp.92-108

・「新即物主義・再考―トスカニーニと現代の指揮者たち」、『キーワード事典・指揮者の光芒』(洋泉社、1992.2)、pp.10-17

・「変貌するストラヴィンスキー」、『ダンスマガジン』1992年3月号(新書館)、pp.38-40

・「ワーグナーと近代的時間意識」、『サントリー音楽文化展'92 ワーグナー』(展覧会カタログ、サントリー、1992.10)、pp.120-125

・「現代都市と劇場の変質―1920年代アメリカ・メトロポリタン歌劇場・幻の移転計画」、『MUSIC TODAY』第17号(リブロポート、1992.10)、pp.66-71

・「メトロノームと音楽の『近代』」、『図書』1992年12月号(岩波書店)、pp.26-32

・「著作権意識の成立と音楽の『近代化』」、『ポリフォーン』第11号(TBSブリタニカ、1992.12)、pp.90-99

・「コンテクストの無限増殖―現代の芸術体験と『遊び』」、『世界思想』第20号(世界思想社、1993.4)、pp.26-30

・「都市のなかの音楽家―マーラー、シェーンベルク、ベルクのウィーン世紀末」、『キーワード事典・作曲家再発見シリーズ・マーラー』(洋泉社、1993.4)、pp.6-26

・「作品と作者のパラドックス―『偽作』と近代的作品観」、『モーツァルト全集』別巻(小学館、1993.7)、pp.80-92

・「『テクノロジーの世紀』再考」、『アステイオン』第34号(TBSブリタニカ)、1994.10、pp.169-172

・「西洋の音―音楽を考えることの楽しみ」、原田平作・神林恒道編『芸術の楽しみ―やさしい芸術学』(晃洋書房、1996.6)、pp.112-123

・「炸裂する一瞬の光芒―アドルノの音楽論」、アドルノ『不協和音』解説(平凡社ライブラリー、1998.2)、pp.327-341

・「ジェンダー論が西洋音楽研究に問いかけるもの」、『音楽芸術』1998年12月号(音楽之友社)、pp.25-31

・「『楽譜に書かれる音楽』のイデオロギー―「音楽作品」概念の再検討に向けて―」、太田喬夫編『芸術学を学ぶ人のために』(世界思想社、1999.3)、pp.130-149

・「芸術の終焉?」、『世界思想』第26号(世界思想社、1999.4)、pp.57-60

・「ベートーヴェンとメトロノーム―『前近代』と『近代』のはざまで」、『ベートーヴェン全集 第7巻』(講談社,1999.7)、pp.131-137

・「ベートーヴェンと楽器改良―金管楽器の事例を中心に」、平野昭他編『ベートーヴェン事典』(東京書籍、1999.8)、pp.630-635

・「批評と価値基準―音楽批評の現在―」、懐徳堂記念会編『批評の現在―哲学・文学・演劇・音楽・美術―』(懐徳堂ライブラリー2、和泉書院、1999.10)、pp.145-182

・「ベートーヴェンの『もう一つの聴衆』―《アヴェ・マリア》に化けた《月光》の物語るもの」、『ベートーヴェン全集 第10巻』(講談社,2000.4)、pp.170-178

・「オペラの誕生」(『週刊朝日百科 世界の文学60 テーマ編 オペラと文学』、朝日新聞社、2000、岡田暁生氏との共同責任編集)、担当部分は「近代化の中の『日本オペラ』(pp.300-303)、「オペラ座の光と影:『オペラ座の怪人』の世界」(pp,304-305)、「オペラハウスへの誘い」(pp.316-319)

・「『実用版』の復権―急速に変わる『音楽作品』の表象」、『春秋』2000年12月号(春秋社)、pp.13-16

・「『宝塚アイデンティティ』の形成とオリエンタリズム―一九三八年・宝塚のベルリン公演」、『ユリイカ』2001年5月号(青土社)、pp.202-209

・「大阪発・純国産レコードの盛衰:ニットーレコードの場合」、『レコード芸術』2001年8月号(音楽之友社)、pp.319-321

・「オペラ劇場の社会史」、『年刊ワーグナー・フォーラム2003』(日本ワーグナー協会編、東海大学出版会、2003.7)、pp.80-97

・「《炭鉱節》の文化社会学」、『図書』2004年1月号(岩波書店)、pp.27-31

・ 「サイードの音楽論が遺したもの」、『大航海』第50号(新書館、2003.12)、pp.18-21

・「《春の海》はなぜ『日本的』なのかー『日本音楽』表象の音楽社会学の試み」、『音楽学を学ぶ人のために』(三浦信一郎・根岸一美編、世界思想社、2003.12)、pp.264-280

・「グローバル化の中の『日本歌劇』ー『帝劇歌劇部』の活動の再評価のために」、『自然と文化』第74号(日本ナショナルトラスト、2004.2)、pp.52-59

・「『日本民族舞踊シリーズ』の時代―民俗芸能の『洋風化』をめぐる文化史―」、『夢みるタカラヅカ展』展覧会図録(サントリーミュージアム[天保山]、2004.4)

・「西洋音楽にみる『死生観』の近代」、『死生学研究』2004年秋号(東京大学21世紀COEプログラム「生命の文化・価値をめぐる死生学の構築」、2004.10)、pp.185-190

・ 「《第9》はなぜ歌い継がれてきたのか―近代を中心とした受容の歴史と意義」、『第九―歓喜のカンタービレ』(野本由紀夫他著、ネット武蔵野、2006.12)、pp.188-199

・「『国民文化』の盛衰と宝塚歌劇」、『悲劇喜劇』2007年10月号(早川書房)、pp.29-33

   ・「近代日本の西洋音楽教育政策」、『世界の芸術文化政策』(笠原潔・西村清和編、放送大学大学院教材、放送大学教育振興会、2008.3)、pp.38-50

・「バナナの叩き売りの口上はいかにして『芸術』になったか」、『大航海』第70号、2009.4) 、pp.86-93

・書評:塚原康子著『明治国家と雅楽:伝統の近代化/国楽の創成』(有志舎、2009)、『東洋音楽研究』76(東洋音楽学会、2011.8)、pp.159-162

・解説:吉見俊哉著『声の資本主義:電話・ラジオ・蓄音機の社会史』(河出文庫、2012.5)、pp.341-345

・「『オフィシャル』と『アンオフィシャル』とのはざまで―近代日本の音楽文化と音楽教育の死角―」、『音楽教育学』第42巻第2号(日本音楽教育学会第43回大会基調報告、日本音楽教育学会、2012.12)、pp.15-21

◆新聞記事、コラム等

・「マーラーと世紀末ウィーン」、『読売新聞』(1989.5.8夕刊)

・「芸術家とパトロン」、NHK交響楽団モーツァルト・シリーズ プログラム(1989.6 、『モーツァルトをひらく鍵』(春秋社、1993)、pp.94-98に再録)

・「『音楽化社会』の開演―クラシックも多様な顔」、『電通報』(1989.6.29)

・「すすんだ聴衆―音楽は個人のものに」、時事通信社系新聞(1989.12.20)

・オペラ座の大階段、『オルセー美術館3 都市「パリ」の自画像』(日本放送出版協会、1990)、pp.30-31

・「音風景探訪」、『産経新聞』(1990.4.4より1990.10.10まで27回連載)

・「国際化時代の音楽教育」、『教員養成セミナー』1990年5月号、時事通信社、pp.10-11

・「『過剰な音』の系譜―ゴドフスキー、グレンジャー、ソラブジ」、『Music Today Quarterly』第12号(ビジネスインデックス社、1990.12)、pp.61-62

・「モーツァルト断章―揺れる伝統的な像」、共同通信社系新聞(1991.5.9)

・「大いなるモーツァルト神話―情報過剰の"情報貧困"社会」、『電通報』(1991.7.1)

・「音楽と市民生活」、『基礎ドイツ語MD』1991年7月号(三修社)、pp.72-73

・「モーツアルトと日本人3  神話の崩壊と存続」、『朝日新聞』(1991.11.13夕刊)

・「『消費社会』のモーツアルト・イヤー―祭りの後に問い直すもの」、『産経新聞』(1991.12.18夕刊)

・「『音それ自体』への回帰」、『サウンドガーデン』プログラム(ストライプハウス美術館、1991.10)

・「シェーンベルクのベルリン」、ベルリン弦楽ゾリステン日本公演プログラム(カメラータ・トウキョウ、1993.1)、pp.17-18

・「夢を売るデパート」、『クロスワードCoCo』、英知出版、1993.2、p.82

・「『失敗作』という茶番−マーラー《第7》のフィナーレをめぐって、名古屋フィルハーモニー交響楽団定期演奏会プログラム(1993.9)、pp.5-6

・「サンデーコンサート」、『朝日新聞』(1993.10.17より1996.3.24まで日曜版に30回連載)

・「『マーラー神話』の虚実」、『Symphony』(東京交響楽団定期演奏会プログラム、1994.6)、pp.6-7

・「日本の風土に根付く西洋文化とは?―日本版《レ・ミゼラブル》の公演をめぐって」、『まくあい』第8号(大阪大学文学部芸能史・演劇学講座、1994.10)、pp.1-2

・「『オリジナル楽器』定着で変化迫られる音楽史研究―音楽家の「内と外」見直し必要、『朝日新聞』(1994.12.14夕刊)

・「音楽ホールの『ポストモダン』」、勝井三雄他監修『現代デザイン事典1995年版』(平凡社、1995.3)、p.115

・「音楽とテクノロジー―「不純」な音楽史に向けて」、高橋浩子他編『西洋音楽の歴史』(東京書籍、1996.3)、p.231

・「ベートーヴェンは変わったか?」、『MUSE』第52号(サントリーホール、1996.5)、pp.8-9

・「異文化せめぎ合う『不純』が音楽の源泉−純粋さ巡る幻想、排除を」、『読売新聞』(1998.3.30夕刊)

・「音楽と戦争」、『Symphony』(東京交響楽団定期演奏会プログラム、1999.2)、pp.8-9

・「バイロイト祝祭劇場と近代人ワーグナー」、『Les Contes』(東京交響楽団東京芸術劇場シリーズ演奏会プログラム、1999.9)、pp.8-9

・「都市というテクスト、音楽というコンテクスト」、『音脈』第3号(東京文化会館館報、2000.4)、pp.4-5

・「『ホンモノ』の西洋音楽?」、『大航海』34号(新書館、2000.6)、pp.10-11

・「ウィーンの『伝統』?―“ウィーンらしい”ワルツのリズムの生成と変容」、NHK交響楽団定期公演プログラム2004年2月号、pp.22-23

・「モーツァルト、ハイドンの著作権意識」、『月刊コピライト』2004年3月号(社団法人著作権情報センター)、p.1

・「考える耳」(『毎日新聞』(2004年4月よりほぼ毎月一回連載中、2007年10月現在、37回)

・「『唱歌』と『国民』」、『アステイオン』第61号(阪急コミュニケーションズ、2004.11)、pp.202-206

・「『正調』と『保存』のイデオロギー―『文化資源学』の挑戦」、『アステイオン』第62号(阪急コミュニケーションズ、2005.4)、pp.158-161

・「SPレコードのアクチュアリティ―歴史の『厚み』喪失の時代に」、『アステイオン』第63号(阪急コミュニケーションズ、2005.11)、pp.120-123

・「『音楽産業』と『商業主義』の復権」、『アステイオン』第64号(阪急コミュニケーションズ、2006.5)、pp.184-187

・「モーツァルトを育むのは誰?」、『アステイオン』第65号(阪急コミュニケーションズ、2006.11)、pp.162-165

・「クラシックはなぜ高尚だと思われるのか」、『プレジデント』2006年10月16日号(プレジデント社)、p.145

・「『純粋』な芸術? 『純粋』な学問?」、『アステイオン』第66号(阪急コミュニケーションズ、2007.5)、pp.154-157

・「モダニズム建築、おそるべし」、『東京人』2007年12月号(都市出版)、p.9

・「『古楽器演奏』は『正統的』?」、『アステイオン』第67号(阪急コミュニケーションズ、2007.11)

・「『歌は世につれ,世は歌につれ』」、『アステイオン』第68号(阪急コミュニケーションズ、2008.5)、pp.158-161

・「『わかりやすい』話の陥穽―CDが売れないのは「不法ダビング」横行のため?―」、『アステイオン』第69号(阪急コミュニケーションズ、2008.11)、pp.212-215

・「《レクイエム》は音楽? 典礼?」,『アステイオン』第70号(阪急コミュニケーションズ、2009.5)、pp.202-205

・「『地方』と『中央』の関係をめぐる機微―長野県歌《信濃の国》の成り立ちを考え直してみれば―」,『アステイオン』第71号(阪急コミュニケーションズ、2009.11)、pp.132-135

・「東ドイツの美しい記憶?:『オスタルギー』のなかのベルリン」、『アステイオン』第72号(阪急コミュニケーションズ、2010.5)、pp.184-187

・「窒息する文化:作品の公共性と著作権の横暴」、『アステイオン』第73号(阪急コミュニケーションズ、2010.11)、pp.174-177

・「レコードと『純正な日本語』:バスガイドの語る《別府温泉地獄めぐり》は何をもたらしたのか」、『月刊みんぱく』403(国立民族学博物館、2011.4)、pp.4-5

・「過剰な原理主義の時代?:『リマスター盤』、『古楽器演奏』、『アメリカ流民主主義』という三題噺」、『アステイオン』第74号(阪急コミュニケーションズ、2011.5)、pp.188-191

・「文化としての「発車メロディ」―「サウンドスケープ」から「聴覚文化」へ」、『アステイオン』第75号(阪急コミュニケーションズ、2011)、pp.178-181.

・「ラジオの文化と「非公式」な担い手たち」、『アステイオン』第76号(阪急コミュニケーションズ、2012)、pp.148-151

・「タイタニック号の音楽:史実とフィクションのはざまで」、『アステイオン』第77号(阪急コミュニケーションズ、2012.11)、pp.154-157

・「耳で聴いたオリンピック:1964年・聴覚文化の変容」、『アステイオン』第78号(阪急コミュニケーションズ、2013.5)、pp.206-209

◆翻訳(単行書)

・ハンス・クリストフ・ヴォルプス『19世紀の音楽カリカチュア』 (Hans Christoph Worbs, Das Dampfkonzert - Musik und Musikleben in der Karikatur、音楽之友社、1984)

・ヘンリー・A・リー『異邦人マーラー』 (Henry A. Lea, Gustav Mahler: Man on the Margin、音楽之友社、1987)

◆翻訳(論文)

・ジョン・R・サール「隠喩」(John R. Searle, Metaphor)、佐々木健一編『創造のレトリック』(勁草書房、1986)、pp.82-140

・マルティン・ツェンク「ベートーヴェンのディアベリ変奏曲における歴史の受容 ―分析的カテゴリー、美的カテゴリー、歴史的カテゴリーの媒介に向けて」(Martin Zenck, Rezeption von Geschichte in Beethovens Diabelli-Variationen - Zur Vermittlung analytischer, asthetischer und historischer Kategorien、幣原映智氏との共訳)、戸澤義夫他編『音楽美学―新しいモデルを求めて』(勁草書房、1987)、pp.56-82

・ヘイグ・ハチャドゥリアン「上演芸術における動きと所作」(Haig Khatchadourian, Movement and Action in the Performing Arts)、尼ヶ崎彬編『芸術としての身体―舞踊美学の前線』(勁草書房、1988)、pp.206-238



小田部胤久教授

<略歴>

1981年3月 東京大学文学部美学芸術学専修課程卒業(文学士)
1984年3月 同 大学院人文科学研究科修士課程修了(美学芸術学)
1988年9月 同 博士課程単位取得退学 その間、87年10月から89年9月までDAAD(ドイツ学術交流会)奨学生としてハンブルク大学に留学
1988年10月 神戸大学文学部助教授(哲学科芸術学専攻課程)、96年3月まで
1992年10月 東京大学大学院人文科学研究科において博士(文学)取得
1996年4月 東京大学大学院人文社会系研究科助教授(美学芸術学専門課程)
(1999年6月から2000年9月まで、および2005年5月から7月までアレクサンダー・フォン・フンボルト財団の奨学生としてハンブルクで研究に従事)
2007年4月 東京大学大学院人文社会系研究科教授(美学芸術学専門課程)


<主要業績>

◆著書

・『象徴の美学』(東京大学出版会、1995年)

・『芸術の逆説―近代美学の成立―』(東京大学出版会、2001年)

・『芸術の条件――近代美学の境界』(東京大学出版会、2006年1月、316頁)

・『西洋美学史』(東京大学出版会、2009年5月、267頁)

・『木村素衞――「表現愛」の美学』(講談社、2010年、204頁)

◆共編著

・"Onomasticon Philosophicum Latinoteutonicum et Teutonicolatinum"『羅独―独羅学術語彙辞典』(麻生建、黒崎政男、山内志朗氏との共編著、哲学書房、1989年)

・『スタイルの詩学――倫理学と美学の交叉』(山田忠彰氏との共編著、ナカニシヤ出版、2000年)、第9章「様式とハビトゥス――個人と歴史の間――」209-231頁を執筆

・The Great Book of Aesthetics. The 15th International Congress of Aesthetics, Japan 2001. Edited and published by Ken-ichi Sasaki and Tanehisa Otabe, Tokyo 2003. CD-ROM

・Asthetische Subjektivitaet. Romantik und Moderne. Hrsg. von Lothar Knatz und Tanehisa Otabe. Wuerzburg 2005.

・『交響するロマン主義』(長野順子氏との共編著、晃洋書房、2006年6月)

・『デザインのオントロギー――倫理学と美学の交響』(山田忠彰氏との共編著、ナカニシヤ出版、2007年4月)

・Lothar Knatz, Norbert Caspar und Tanehisa Otabe(共編著)、LIT Verlag、Kulturelle Identität und Selbstbild. Aufklärung und Moderne in Japan und Deutschland. 2011年、230頁。

◆論文

・「詩の作用と適用――ヘルダー美学研究――」(『美学』第140号、1985年)

・「ヘルダーの原型論――その素地と射程――」(『モルフォロギア――ゲーテと自然科学』第7号、1985年、45-64頁)

・Zwischen der anschauenden und der symbolischen Erkenntnis. Untersuchungen zur Metapherntheorie in der deutschen Aufklaerungsphilosophie, Vestnik Ims, Vol.1, Ljubljana, 1988

・「記号結合術としての芸術――レッシングと18世紀記号論的美学――」(谷川渥編『記号の劇場』、昭和堂、1988年)

・Monadologie der Kunst. Untersuchungen zur Aesthetik des Gefuehls als Tastsinnes bei Herder, Aesthetics, ed. by the Japanese Society for Aesthetics, Vol.4, 1990

・「芸術のモナドロジー――ヘルダー《触覚の美学》の意味するもの――」(『行為と美』、岩波書店、1990年)

・「《理性に類比的なものの術》の誕生と変容――バウムガルテンからドイツ観念論にいたる美学の展開とその原理――」(廣松渉・坂部恵・加藤尚武編『講座ドイツ観念論』第6巻『問題史的反省』、弘文堂、1990年、61-113頁)

・From >Clothing< to >Organ of Reason< : An Essay on the Theories of Metaphor in German Philosophy in the Age of Enlightment, Synthesis philosophica, Vol.11, Zagreb, 1991 〔その後、From a Metaphorical Point of View. A Multidisciplinary Approach to the Cognitive Content of Metaphor, edited by Zdravko Radman, de Gruyter, Berlin/New York, 1995 に所収〕

・「古典的とロマン的あるいは彫塑的と音楽的――ドイツ啓蒙主義から観念論にいたる美学における記号観の変容に即して――」(『芸術学フォーラム』第1巻『芸術学の軌跡』、勁草書房、1992年)

・「可能的世界と創造の類比――ライプニッツ−ヴォルフ学派の美学――」(『思想』第826号、岩波書店、1993年)

・「《芸術作品は自然の所産よりも高次である》――ヘーゲル美学における自然と芸術」(『現代思想』第21巻第8号、青土社、1993年)

・「芸術と自然――ドイツ観念論の美学における《自然模倣》説の帰趨」(『ドイツ観念論との対話』第2巻、西川富雄編『自然の根源力』、ミネルヴァ書房、1993年)

・「芸術ジャンル間の翻訳あるいは照応について――レッシング『ラオコーン』に即して――」(大橋良介編『文化の翻訳可能性』、人文書院、1993年、274-281頁)

・Possible Worlds and the Analogy of Creation. Prehistory of the Modern Concept of 'Artistic Creation' in Leibniz-Wolffian Philosophy, Aesthetics, ed. by the Japanese Society for Aesthetics, Vol.6, 1994

・「ヘルダーの自然哲学――ライプニッツの受容と批判に即して――」(伊坂青司・長島隆・松山寿一編『ドイツ観念論と自然哲学』、創風社、1994年、171-197頁)

・「芸術家−芸術作品−享受者という関係の成立に向けて――メンデルスゾーンによる美学の刷新――」(『美学』第180号、1995年)

・「美学と国家論の交わるところ――《美的国家》の意味するもの――」(『理想』第656号、1995年)

・Zur Entstehung des Verhaetnisses 'Kuenstler-Kunstwerk-Rezipient' : Eine Innovation der Aesthetik durch Mendelssohn, JTLA, Vol.20, 1995

・「バウムガルテン学派から見たヘーゲル美学――メンデルスゾーンを媒介として――」(『ヘーゲル哲学研究』創刊号、25-32頁、1995年) ・「詩と哲学――芸術は《哲学の機関にして証書》でありうるか――」(『シェリング年報』第4号、1996年)

・Die moderne Eigentumslehre und der Begriff der Kunst. Zur Politik der modernen Aesthetik, JTLA, Vol.21, 1996

・「近代的《所有権》思想と《芸術》概念――近代美学の政治学への序章」(『批評空間』II/12、1997年)

・「独創性とその源泉――近代美学史への一視点――」(『美学』第188号、1997年)

・「自然的なものと人為的なものの交わるところ――芸術作品の概念史の試み――」(『美学藝術学研究』第16号、1997年、81-122号)

・Entstehung der modernen Kunstauffassung aus dem nordischen Geist, JTLA, Vol.22(1997), 23(1998)

・「表象としての《東西》《南北》――方位の構想力から見た近代的芸術精神の成立――」(『批評空間』II/16、1998年、225-251頁)

・「《自然》と《技術》の対立と交差――E・バークにおける work of art――」(佐々木健一編『作品概念の史的展開に関する研究』、1998年、55-66頁)

・「ドイツ観念論の美学に現代的意義はあるか」(『哲学論集』、上智大学哲学会、第27号、1998年、21-31頁)

・Some Aspects of Japanese Aesthetics: How has it discussed 'Japanese Qualities', International Yearbook of Aesthetics 2, 1998, pp.63-80

・「『美的なもの』と『学問的なもの』あるいは『公教的なもの』と『秘教的なもの』――『美的哲学』の成立と解体――」(『美学藝術学研究』第17号、1998年)

・「《日本的なもの》とアプリオリ主義のはざま――大西克礼と《東洋的芸術精神》――」(『美学』第196号、1999年、13-24頁)

・「大西克礼と《文化的ナショナリズム》――東西比較研究の陥穽――」(『美学・芸術学の今日的課題』、1999年、美学会編、95-102頁)

・「《ゴシック》再興からロマン主義へ――北方的芸術精神の系譜学――」(神林・太田編『芸術の近代』、ミネルヴァ書房、1999年、16-35頁)

・「表象から共感へ――E・バークの美学理論における芸術家の誕生――」(藤枝・谷川編『芸術理論の現在――モダニズムから』、東信堂、1999年、115-34頁)

・「《永久平和》と《美的国家》――美学と政治学をめぐる近代性の行方――」(『理想』第633号、1999年)

・Die These vom Ende der Kunst und der Beginn der Moderne, Bremer Philosophica, 2000/3, Universitaet Bremen, Studiengang Philosophie

・「《新しい神話》と《ゴシック幻想》――逆説の中のロマン主義――」(『現代詩手帖』第43巻第9号、2000年、10-18頁)

・Schelling und die querelle des anciens et des modernes. Das Symbolische und das Allegorische in der Philosophie der Kunst, Natur, Kunst und Geschichte der Freiheit. Studien zur Philosophie F. W. J. Schellings in Japan, hrsg. von Matsuyama, J. und H.-J. Sandkuhler, Frankfurt am Main 2000, pp.71-91

・「ヘーゲル美学における芸術の終焉と新生」(加藤尚武編『ヘーゲルを学ぶ人のために』、世界思想社、2000年、226-242頁)

・「《詩の戯れ》と《秘儀の厳粛さ》 ―シェリング『サモトラケの神々について』の読解の試み―」(『美学芸術学研究』第19号、2000年、113-129頁)

・Das 'Positive' und das 'Negative' in der Schoenheit: Winckelmann und Schelling ueber das Verhaeltnis der bildenden Kunst zur Natur, JTLA, Vol.25(2000)

・「《趣味》をめぐるヒュームとバーク ―自然主義のアポリア―」(山縣熙編『「感性の学」の新たな可能性 ―その意義と限界』、神戸大学文学部、2001年、59-73頁)

・Das 'Ende der Kunst' als eine Bedingung der Moderne, Symbolisches Flanieren. Kulturphilosophische Streifzuge, hrsg. von Roger Behrens, Kai Kresse, und Ronnie M. Peplow, Hannover 2001, S.180-191

・「《自然》と《先入見》 ―18世紀イギリス趣味論のアポリア―」(『美学』205号、2001年、14-27頁)

・「人間的芸術の行方 ―20世紀前半における芸術終焉論の一変奏―」(『美学藝術学研究』第19号、2001年)

・How was 'the Aesthetic' Justified by Modern Aesthetics?, Theories et debats esthetiques au Dix-huitieme siecle. Elements d'une enquete, textes edites par Elisabeth Decultot et Mark Ledbury, Paris 2001, pp.43-58

・Representations of 'Japaneseness' in Modern Japanese Aesthetics: An Introduction to the Critique of Comparative Reason, Japanese Hermeneutics. Current Debates on Aesthetics and Interpretation, ed. by Michael F. Marra, Honolulu 2002, pp.153-162

・Das Politische und das Asthetische in der britischen Geschmackslehre im 18. Jahrhundert, JTLA, Vol.26(2001)

・「ゴシックと表現主義の邂逅――ヴォリンガーによる『ヨーロッパ中心主義的』芸術史の批判とその行方――」(『美学芸術学研究』第20号、2002年)

・Die Originalitaet und ihr Ursprung. Begriffsgeschichtliche Untersuchung zur modernen Aesthetik, JTLA, Vol.27(2002)

・Der Begriff der 'Mitte': Ein romantisches Paradoxon zwischen 'neuer Mythologie' und ' illusionaerer Gotik', JTLA, Vol.27/28(2002/03), pp.123-133

・La genese de l'<histoire de l'art>. L'universel et le particulier dans les theories esthetiques de l'epoque des Lumieres au debut du romantisme, Horizons philosophiques, 13/2(2003)

・'The Aesthetic' and 'the Scientific' or 'the Exoteric' and 'the Esoteric' : An Essay on the History of Modern Aesthetics, Selected Papers of the 15th International Congress of Aesthetics, Tokyo 2003, pp.287-297

・「芸術について歴史的に語るということ――ドイツ・ロマン主義をめぐって――」(『美学芸術学研究』第21号、2003年)

・「政治的汎神論の詩学――ノヴァーリス『信仰と愛あるいは王と王妃』をめぐって――」(『美学』第216号、2004年、14-27頁)

・「和辻哲郎の美学理論における日本的特質の発見――『偶像再興』から「東洋美術の『様式』について」まで――」(佐々木健一編『明治・大正期の美学』、科学研究費報告書、東京大学大学院人文社会系研究科、2004年)

・「自然の暗号文字と芸術――自然哲学と芸術哲学の交叉をめぐるカント・シェリン グ・ノヴァーリス」(松山壽一・加國尚志編『シェリング自然哲学への誘い』、晃洋書房、2004年)

・'The Universal' and 'the Particular' in Aesthetic Theory: From the Enlightenment to Early Romanticism.(日本音楽学会編『音楽学とグローバリゼーション』、アカデミア・ミュージック、2004年)

・「『絶望的イロニー』とロマン主義的芸術観――E. T. A. ホフマン『G市のイエズ ス会教会』に寄せて――」(『美学芸術学研究』第23号、2004年)

・Wanderung als athetische Idee. Ein romantisches Thema und seine Variationen, JTLA, Vol. 29/30(2004/05) pp.65-73

・「『黙する自然』の語るとき、あるいは『語る自然』の黙するとき――ロマン主義的 芸術観とシェリング――」(『理想』第674号、2005年)

・「芸術――その終焉についての言説をめぐって」(大橋良介編『ドイツ観念論を学ぶ人 のために』、世界思想社、2005年、171-184頁)

・Le jeu autoreflexif du langage et l'ame du monde. Element de theorie musicale chez Novalis, Horizons philosophiques "Raisonner la musique", 16/1 (2005), pp.24-37

・Die Entdeckung des "Japanischen" beim fruhen Tetsuro Watsuji. Zur Hermeneutik der Kultur, Jahrbuch fur asiatische Philosophie, Bd.1 (2006)

・'Nature' and 'Prejudice': The Aporiae in British Theories of Taste in the Eighteenth Century, Aesthetics, ed. by the Japanese Society for Aesthetics, Vol.12, 2006, pp.13-23

・「ノヴァーリスにおける『断章』の精神への一つの断章」(『美学芸術学研究』第24号、2005年、66-81頁)

・「媒介と占有――ドイツ・ロマン主義における美・政治・国民性をめぐって――」(藤田一美編『グローバリゼーション状況下における芸術の論理と倫理』科学研究費報告書、2005年、117-134頁)

・「フリードリヒ・シュレーゲルと『断片』の精神――ロマン主義の美学への一つの断章――」(『美学』第225号、2006年、15-27頁)

・「鼓常良と『無框性』の美学――間文化的美学のために――」(『美学芸術学研究』第25号、2006年)

・Tsuneyoshi Tsuzumi, Vorlaeufer einer komparativen Aesthetik. Seine Theorie der "Rahmenlosigkeit," JTLA, Vol.31(2006)

・「ロマン主義の美学を突き動かしていたもの――三つの源泉をめぐって――」(伊坂青司・原田哲史編『ドイツ・ロマン主義研究』、お茶の水書房、2007年、212-233頁)

・「『人間的』芸術の行方あるいは芸術の『非人間化』をめぐって――20世紀における芸術終焉論の変容――」(栗原隆編『芸術の始まる時、尽きる時』、東北大学出版会、2007年、275-294頁)

・「ライプニッツとヘルダー――美学の水流を探る――」(『水声通信』第17号、2007年、87-93頁)

・「ヴォルフとドイツ啓蒙主義の暁」(『哲学の歴史 第7巻 理性の劇場』、中央公論新社、2007年、41-74頁)

・Tsuneyoshi Tsuzumi, a Pioneer in Comparative Aesthetics, and His Theory of "Framelessness of Japanese Artistic Style": Toward Intercultural Aesthetics, International Yearbook of Aesthetics, Vol.11(2007), pp.111-130

・「世界的潮流」のなかの日本の芸術――和辻哲郎『古寺巡礼』の文明論に寄せて(『哲学と文明』日独文化研究所年報第2号,2009年,74-86頁)

・Friedrich Schlegel and the Idea of Fragment: A Contribution to Romantic Aesthetics, in: Aesthetics, ed. by the Japanese Society for Aesthetics, No. 13, April 2009, pp. 59-68.

・Making a Case for a Cultural Exchange of Aesthetics between Europe and Japan: The Three Stages of Cultural Globalization, in: The Journal of Asian Arts and Aesthetics, Vol. 2 (2009), pp. 7-14.

・Die Idee der inneren Form“ und ihre Transformation, in: Prolegomena 8/1 (2009), S. 5-21.

・美学から見た日独文化交渉史――グローバル化の三段階――(『言語文化』明治学院大学言語文化研究所,第27号,2010年3月,13-23頁)

・Schöne Kunst mus als Natur anzusehen sein.“ Zu einer kleinen Ideengeschichte der Ästhetik, in: Internationales Jahrbuch für Hermeneutik, hrsg. von Günter Figal, vol. 9, 2010, S. 147-160.

・The Corporeity of Self-awakening and the Interculturality of Cultural Self-awakening: Motomori Kimura’s Philosophy of Expression, in: International Yearbook of Aesthetics, vol. 14 (2010), pp. 142-159.

・Wann spricht die schweigende, wann schweigt die sprechende Natur? Schellings Kunstphilosophie und die romantische Kunstauffassung, in: Christian Danz und Jörg Jantzen (Hg.), Gott, Natur, Kunst und Geschichte. Schelling zwischen Identitätsphilosophie und Freiheitsschrift, 2011 Wien, S. 103-114.

・「坂部哲学に〈ふれる〉ために―美学からの試論―」、『坂部恵―精神史の水脈を汲む』(2011)、pp.143-163.

・「プラトンからの感性論=美学の試み」、(『美学芸術学研究』第30号、2011)

・"“Wandering” as a Modern Idea ? A Romantic Theme and its Variations," Manfred Milz, ed., Facing Mental Landscapes. Self-Reflections in the Mirror of Nature, 2011, pp.307-322.

・"Karl Lowith und das japanische Denken, das in zwei Stockwerken lebt," JTLA, vol.36, 2011.

・「レーヴィットと日本―文化の複層性をめぐる一考察―」、稲賀繁美編『東洋意識――夢想と現実のあいだ』、2012、pp.75-100.

・「ライプニッツからバウムガルテンへ――美的=感性的人間の誕生」(神崎繁・熊野純彦・鈴木泉編『西洋哲学史IV』講談社、2012年4月、113-164頁)

・「『無意識』をめぐるヘーゲルとロマン主義――美学(史)の立場から――」(『ヘーゲル哲学研究』第18巻、2012年12月、46-57頁)

・“Genius as a Chiasm of the Conscious and Unconscious: A History of Ideas Concerning Kantian Aesthetics“, in: Piero Giordanetti, Riccardo Pozzo, Marco Sgarbi (Eds.), Kant’s Philosophy of the Unconscious, Berlin 2012, pp. 89-101.

・“Der „Grund der Seele“. Über Entstehung und Verlauf eines ästhetischen Diskurses im 18. Jahrhundert“, in: Proceedings des XXII. Deutschen Kongresses für Philosophie „Welt der Gründe“, Hamburg 2012, S. 763-774.

・“Drei Stufen der Globalisierung im Hinblick auf das Verhältnis zwischen Europa und Japan. Ein Beitrag zur interkulturellen Ästhetik“, in: Wolfdietrich Schmied-Kowarzik, Helmut Schneider (Hg.), Zwischen den Kulturen, Im Gedenken an Heinz Paetzold, Kassel University Press, 2012, S. 30-43.

・「美学の生成と無意識――三つの系譜に即して――」(『思想』2013年4号、81-96頁)

・「肉の軟らかい人々は思考の点で素質に恵まれている」――アリストテレスの感性論に寄せて――(『美学芸術学研究』31号,2012年)

・“Platon und die aisthetische Wender der Ästhetik“, in: JTLA 32 (2012), 51-64.

・“Die Kunst des alten Japan im ?Weltstrom“. Zur Kulturphilosophie des frühen Tetsuro Watsuji“, in: Sinnhorizonte. Weltphilosophien zur Bildbarkeit des Menschen, hrsg. von Claudia Bickmann und Markus Wirtz, Nordhausen 2012, S. 175-190.

・“Japanese Aesthetics seen from an Inter-Cultural Perspective“, in: Diversities in Aesthetics: Selected Papers of the 18th Congress of International Aesthetics, ed. by Gao Jianping and Peng Feng, Beijing, July 2013, pp. 417-428.

◆小論

・「和辻哲郎のヘルダー解釈について」(『和辻哲郎全集』月報9、1990年、5-8頁)

・「触覚の美学のために」(『立ち上がる境界』辰野町郷土美術館、1994年、4-7頁)

・「美学から見た廣松哲学」(『廣松渉著作集』月報9、1997年、6-8頁)

・「クロス討論 ロマン主義をめぐるドイツとフランス――イメージの交叉――」(『シェリング年報』第11号、2003年、65-69頁)

・「美学における歴史の呪縛」(『UP』第357号、2002年7月号)

・「青春の一冊 廣松渉『マルクス主義の地平』」(『東京大学新聞』2006年2月7日第2329号)

・「美学の境界を越えて」(『UP』401号、2006年3月、pp. 1-5)

・「『芸術は死んだ』宣言」(『オールアバウトシュヴァンクマイエル』,エスクァイアマガジンジャパン、2006年11月)

・「演奏家に求められるものは何か」(『ロストロポーヴィチ 人生の祭典』パンフレット,2007年4月,11頁)

・「ドイツ 冬便り」(『日本18世紀学会 学会ニュース』第59号,2009年,8-10頁)

・「感性の理論としての美学――その歴史展望をめぐって」(『図書』第739号,2010年,13-17頁)

・「畏れと怖れ――徒弟として過ごした日々」(『中央公論』2013年2月号,198-201頁)

◆講演・報告

・"The End of Illusion Theory and the Genesis of the Artist. Burke and Mendelssohn on the Sublime", VIIIth International Congress on the Englightment, 1995年8月、ドイツ連邦共和国、ミュンスター

・「ドイツ観念論に今日的意義はあるか――ヘーゲル思想を中心として」(第46回上智哲学大会、1997年、上智大学)

・"'The Aesthetic' and 'the Scientific' of 'the Exoteric' and 'the Esoteric': How was 'the Aesthetic' Justified by Modern Aesthetics?", East-West Seminar held by the International Society for Eighteenth-Century-Studies, 1998年、フランス、ボルドー

・"Representations of Aesthetic Qualities: An Introduction to the Critique of Comparative Reason", An International Conference: Japanese Hermeneutics: Current Debates on Aesthetics and Interpretation, 1998年、アメリカ合衆国、UCLA

・「今よみがえるゲーテ時代の歴史観」(日独文化研究所主催、第13回公開シンポジウム、2003年11月、京大会館)




三浦俊彦教授

<略歴>

1983年3月 東京大学文学部第1類(美学芸術学専修課程)卒業
1983年4月 同 大学院総合文化研究科(比較文学比較文化専門課程)修士課程入学
1985年3月 同 修士課程修了
1985年4月 同 博士課程入学
1989年3月 同 博士課程単位取得満期退学
1989年4月 和洋女子大学文家政学部英文学科専任講師
1994年4月 和洋女子大学文家政学部英文学科助教授
1998年4月 和洋女子大学人文学部国際社会学科助教授
2003年4月 和洋女子大学人文学部国際社会学科教授
2008年4月 和洋女子大学人文学群日本文学・文化学類教授
2014年4月 和洋女子大学人文学群日本文学文化学類教授
2015年4月 東京大学大学院人文社会系研究科教授(美学芸術学専門課程)


<主要業績>

◆著書

・『虚構世界の存在論』(勁草書房,1995年4月)434p. 韓国語訳(GREENBEE PUBLISHING CO. 2013年8月)368p.

・『可能世界の哲学――「存在」と「自己」を考える』(NHKブックス,1997年2月)247p. 韓国語訳(GREENBEE PUBLISHING CO. 2011年8月)240p.

・『論理学入門――推論のセンスとテクニックのために』(NHKブックス,2000年9月)250p. 韓国語訳(Rubybox PUBLISHING CO. 2007年1月)276p.

・『論理パラドクス――論証力を磨く99問』(二見書房,2002年10月)206p.

・『論理サバイバル――議論力を鍛える108問』(二見書房,2003年5月)246p.

・『論理学がわかる事典』(日本実業出版社,2004年2月)286p.

・『心理パラドクス――錯覚から論理を学ぶ101問』(二見書房,2004年10月)230p.

・『ラッセルのパラドクス――世界を読み換える哲学』(岩波新書,2005年10月)228p.

・『ゼロからの論証』(青土社、2006年7月)274p.

・『多宇宙と輪廻転生――人間原理のパラドクス』(青土社、2007年12月)378p.

・『戦争論理学――あの原爆投下を考える62問』(二見書房、2008年9月)288p.

・『フシギなくらい見えてくる! 本当にわかる論理学』(日本実業出版社、2010年9月)(『論理学がわかる事典』2004の改訂版)246p.

・『論理パラドクシカ――思考のワナに挑む93問』(二見書房、2011年2月)270p.

・『思考実験リアルゲーム――知的勝ち残りのために』(二見書房、2014年3月)263p.

・『下半身の論理学』(青土社、2014年10月)388p.

・『天才児のための論理思考入門』(河出書房新社、2015年6月)

◆論文

・「結ぼれ、了解、異文化、鼠――R. D. レインの視線」(『比較文学・文化論集』第2号,1985年9月pp.37-52.)

・「ラッセルとベトナム戦争――倫理の核時代」(『比較文学・文化論集』第3号, 1986年5月,pp.86-98.)

・「核時代における階層の問題――内藤酬『核時代の思想史的研究』から」(『比較思想雑誌』第6号, 1986年9月,pp.57-71.)

・「バートランド・ラッセルと中国・日本」(『比較文学』第29号,1987年3月,pp.7-21.)

・「事実の錯誤と法律の錯誤――二つの大審院判例から脱構築論争へ」(『比較文学・文化論集』第5号,1987年11月,pp.46-61.)

・「風雅のパラドクスと芭蕉――「枯野をかけめぐる」ものの考察 研究ノート」(『比較文学』第31巻:1989年3月,pp.115-127.)

・「風雅のパラドクスと芭蕉――「枯野をかけめぐる」ものの考察」『比較文学・文化論集』第6号 1989年5月pp.4-23.

・「芸術作品と同一性――ニュークリティシズムとその論敵の哲学的基礎」(『和洋女子大学紀要(文系編)』第30集1990年3月,pp.1-16.)

・「指示対象としての芸術作品」(『和洋女子大学英文学会誌』第24巻1990年3月,pp.1-16.)改稿のうえ著書『虚構世界の存在論』に収録

・「虚構世界の存在論的地位」(『和洋女子大学英文学会誌』第25巻1991年3月,pp.1-26.)改稿のうえ著書『虚構世界の存在論』に収録

・「虚構世界と可能世界――fictional logic批判」(『和洋女子大学英文学会誌』第26巻1992年3月,pp.17-30.)改稿のうえ著書『虚構世界の存在論』に収録

・「フィクションにおける矛盾と論理法則」(『和洋女子大学英文学会誌』第28巻1994年3月,pp.1-41.)改稿のうえ著書『虚構世界の存在論』に収録

・「他者、言語、制度――SF的想像力と言語規制」(鶴田欣也編『日本文学における〈他者〉』(新曜社、1994年11月,pp.69-81.)著書『ゼロからの論証』に収録

・「可能世界を名指すこと――固有名と記述の隙間から」(『現代思想』1995年4月号,pp.102-111.)

・「20世紀文化にとってパロディーとは何だったか」(荻野アンナ、夏石番矢、復本一郎編『シリーズ俳句世界6 パロディーの世紀』雄山閣出版,1997年10月,pp.170-179.)

・「文明の終焉と非同一性問題――「世代」「種」を超える倫理へ」岐阜県産業経済研究センター『岐阜を考える』100号記念号、1999年8月,pp.75-79.)

・「人間原理と独我論――「私」の位置の再解釈」(『和洋女子大学紀要(文系編)』第40集,2000年3月,pp.17-33.)

・「多重人格と輪廻」(『ユリイカ』2000年4月号,pp.156-164.)短縮して著書『多宇宙と輪廻転生』に収録

・「虚構的対象の指示をめぐる混乱について」(『科学哲学』33巻1号,2000年5月,pp.85-87.)

・「可能世界とシミュレーション・ゲーム――オメガ点理論の人間原理的解釈」(『大航海』No.42、2002年3月,pp.137-143.)著書『ゼロからの論証』に収録

・「「意識の超難問」の論理分析」(『科学哲学』35巻2号,2002年11月,pp.69-81.)著書『多宇宙と輪廻転生』に収録

・「観測選択効果と多宇宙説――伊藤邦武『偶然の宇宙』について」(『科学哲学』36巻1号,2003年7月,pp.121-134.)著書『ゼロからの論証』に収録

・「ファンタジーとしての〈私の宇宙〉――虚構の美的選択、自己の観測選択――」(『大航海』No.49,2003年12月,pp.114-123.)著書『ゼロからの論証』に収録

・「人間原理的推論における「この宇宙」」(『科学基礎論研究』第103号 2005年3月,pp.79-86.)著書『ゼロからの論証』に収録

・「「強い人間原理」のための8つの要請」文科省科研費 基盤研究B(1)課題番号13480002『「宇宙論における人間原理に関する自然哲学的研究」(代表:横山輝雄)研究成果報告書』2005年3月,pp.79-86.)著書『ゼロからの論証』に収録

・「ニュートン・アインシュタインをダーウィン化する」(『現代思想』2005年10月号 pp.116-132.)著書『ゼロからの論証』に収録

・「自然選択説が選択する、不自然な自然選択」(『現代思想』2006年2月号pp.99-111.)著書『ゼロからの論証』に収録

・「概念的命題、反経験的命題の確率的確証」文科省科研費 基盤研究B(1) 課題番号15320006『「偶然性と確実性に関する哲学史的・理論的研究」(代表:服部裕幸)研究成果報告書』(2006年3月,pp.61-78.)

・「人間原理のパラドクス@〜K」(『現代思想』2006年11月号〜2007年10月号連載)著書『多宇宙と輪廻転生』に収録

・「討論: B.ラッセルをめぐる諸疑問、とくに様相の形而上学について」(『科学基礎論研究』第108号(2007 vol.35 No.1)2007年12月,pp.39-45.)

・「人間原理的クオリア論」長滝祥司・柴田正良・美濃正編『感情とクオリアの謎』昭和堂(2008年3月,pp.151-72.)

・「必然・可能・現実――様相の形而上学」(『岩波講座 哲学(全15巻)』第2巻『形而上学の現在』2008年8月,pp.93-111.)

・「進化美学の可能性――美の自然化と芸術の反自然化」(『哲学の探究』2010年6月,pp.37-50.)

・「逃亡からの逃亡――『砂の女』の〈終わり〉」(『国文学 解釈と鑑賞』9月号 2010年8月,pp.149-157.)

・"Bertrand Russell and Japan" Hugh Cortazzi ed., Britain and Japan: Biographical Portraits Vol.VII (Global Oriental Ltd)(2010年9月,pp.255-267.)

・「「点滅論法」の誤謬について」(柴田正良と共著.『科学哲学』44-1 2011年7月, pp.91-93.)

・「パフォーマンスの逆説――「短命」の枕から」(『ユリイカ』2012年2月号 pp.178-185.)

・「ヒューマニズムによる文学の哲学化」(戸田山和久・美濃正・出口康夫編『これが応用哲学だ!』大隅書店、2012年5月,pp.179-186.)

・「フィクションとシミュレーション――芸術制作の方法論からジャンル論へ」(中村靖子編『虚構の形而上学:「あること」と「ないこと」のあいだで』春風社 2015年2月、pp. 361-442.)

・「サウンドホライズンに見る芸術と政治の接点 研究ノート」(『和洋國文研究』第50号2015年3月、pp.94-107.)

◆項目執筆、報告等

・「鈴木大拙」「ラッセル」(エッソ石油会社『世界から見た日本・小事典』1988年12月)

・「タゴール」「田辺元」ほか28項目(『新潮日本人名辞典』尾崎秀樹、奈良本辰也、芳賀徹、山本健吉、土田直鎮、西山松之助、安田元久、吉田光邦編,1991年)

・「知の先端の18人 ソール・クリプキ」(『大航海』1999年6月号 pp.132-137.)

・「虚構」(『事典 哲学の木』講談社、2002年3月,pp.264-267.)著書『ゼロからの論証』に収録

・「アナロジー」「演繹と帰納」「可能世界」「虚構」「推論」「パラドクス」「様相」(『記号学大事典』柏書房,2002年5月)

・「原爆投下をめぐる天佑論、天災論、天命論――大江健三郎『ヒロシマ・ノート』のヒューマニズム観より」『亜細亜大学学術文化紀要』第17号(2010年7月、pp.149-150.) (第6回総合学術文化学会・学術研究会、2010年3月13日、亜細亜大学)

・「原爆投下について論じることには意味がある」伊勢田哲治、戸田山和久、調麻佐志、村上祐子編『科学技術をよく考える クリティカルシンキング練習帳』(名古屋大学出版会,2013年4月)「ユニット10 原爆投下の是非を論じることの正当性」pp.260-264.

・「フィクションとシミュレーション」(中村靖子編 シンポジウム報告書,2014年2月 pp.29-45,pp.47-54.)(名古屋大学・文学研究科公開シンポジウム「虚構とは何か―ありそうでなさそうで、やっぱりあるものの形而上学」2013年3月2日、名古屋大学」

◆小論(抄)

・「反核平和運動における利己心――バートランド・ラッセルと核時代」(『正論』1986年1月号,pp.112-127.)

・「大正の日本とラッセル」(『TBS調査情報』n.353,1988年8月号,p.4-9.)

・「されど幸福な宇宙……」(『SUTUDIO VOICE』1994年7月号p.51.)

・「ドラッグ時代のフェアプレイ」(『すばる』1994年7月号pp.284-285.)

・「ポシブル・ワールド入門(瞑想導入編)」(『文藝』1994年冬季号,pp.280-285.)

・「大江健三郎とバートランド・ラッセル」(『文学界』1994年12月号,pp.237-239.)

・「鳩の目health」(『鳩よ!』1994年12月号〜1999年8月号連載)1998年10月号分まで著書『健康なんかこわくない!』に収録

・「1995年1月の日記」(『早稲田文学』1995年4月号 pp.40-45.)

・「気がかりな「文中疑問」話法」(『読売新聞』1995年2月27日夕刊)

・「記録と虚構のすきま」(『中央公論』1995年3月号,pp.20-21.)

・「反-感情としての笑い」(『イマーゴ』1995年3月号,pp.106-115.)

・「正しい恍惚からの醒めかた」(『ふらんす』1995年4月号〜1996年3月号連載)全面改稿版を著書『環境音楽入悶』に収録

・「完全な世界と不完全な言語――虚構は謎本に応えるか」(『東京新聞』1995年3月18日夕刊)

・「友情――友の粘膜は無限反駁に捲られつつなお」(新潮1995年4月臨時増刊『大真実』pp.102-105.)

・「誤読の解放区」(『ez』1995年創刊号(5月号)、第2号(6月号))

・「非カルトという癌」(『イマーゴ』1995年8月号,pp.40-46.)

・「一撃必殺という妄想」(『イマーゴ』1995年9月号,pp.190-201.)著書『環境音楽入悶』に収録

・「身体交換とフェミニズム」(『早稲田文学』1996年4月号,pp.8-9.)著書『ゼロからの論証』に収録

・「パソコンを家来にしてやる日記」(『鳩よ!』1996年7月号)春秋社編集部編『ゆらゆらインターネット時代』1997年 pp.158-166.に収録

・「極性変換の錬金術」(『イマーゴ』1996年5月号 pp.262-273.)

・「哲学者の機知と怒り」(『出版ニュース』1996年9月中旬号p.30.)

・「修正・撤回の波間の「個性」」(「三人小説 小説共同制作の試み」『三田文学』1996年秋季号 pp.133-137.)

・「バーリ・トゥードと三人小説」(『イマーゴ』1996年11月号 pp.10-13.)

・「美のプリズム」(『太陽』1997年1月号〜12月号連載)著書『環境音楽入悶』に収録

・「イージーリスニングの誘惑」(『すばる』1997年5月号pp.176-177.)

・「非バロウズ的問いへのバロウズ的イメージ」(『ユリイカ』1997年11月号,pp.118-119.)

・「ジョイスは人を試し、文化を試す」(『ユリイカ』1998年7月号,pp.124-125.)

・「私が愛した名探偵−ヒロシ&トオル−」(『朝日新聞』1999年1月18日夕刊)『私が愛した名探偵』朝日新聞社,2001年11月pp.223-225.に収録

・「めざせ! 健康の虫! 怒濤のヘルシーグッズ・ランキング」(『ボディプラス』1999年4月号〜8月号、10月号連載)

・「天然調教の美学」(ビターズ・エンド『月光の囁き』パンフレット,1999年10月,pp.10-11.)

・「ミステリー嫌いの"謎解き"愛憎」(『ユリイカ』1999年12月号)

・「エステティック・カオス法悦」(『武蔵野美術』No.115:2000年1月,pp.44-49.)

・「ゴッホの奏でる音楽(ゴッホ展)」(『美術手帖』2000年2月号,pp.115-122.)

・「サウンド・アート――音というメディア展」(『美術手帖』2000年4月号)

・「イリヤ・カバコフ展 シャルル・ローゼンタールの人生と創造」(『比較文学研究』76号,8月 pp.144-148.) 今橋映子編著『展覧会カタログの愉しみ』東京大学出版会,2003年6月,pp.155-162.に収録

・「ディテールの古層」(『三田文学』第60号:2000年冬季号,pp.28-29.)

・「健食の達人(1)〜(5)」(『Naotta!』2001年vol.0〜4号連載)

・「サプリメント王への道」(『ゆほびか』2001年1月号〜2002年3月号連載)

・「街の風」(『朝日新聞』2002年6月1日夕刊)著書『シンクロナイズド・』に収録

・「マイ・ロングセラー」(『読売新聞』2002年8月10日,24日,31日夕刊)

・「シンクロナイズド・サバイバル宣言」(『新刊ニュース』2003年6月号 pp.32-33.)

・「書評という楽園〜ビジネス界の珊瑚礁」(『図書新聞』2003年7月5日号)

・「シミュレーションが現実を虚構色に染め上げる(比喩ではない!)」(『岩波講座文学8 超越性の文学』月報9,2003年8月)著書『ゼロからの論証』に収録

・「女の惨死――フィクションと現実の断層から」『八事』第20号(2004年3月,pp.77-81.)著書『ゼロからの論証』に収録

・「快適系 ミウラ式」@〜D(『朝日新聞』朝刊2005年5月3,10,17,24,31日)

・「サプリ至上主義論Vol.1〜4」(『フォルム』vol.6〜9:2005年1月/2月号〜2005年7/8月号)

・「日常言語を超える思想――バートランド・ラッセル百周年」(『図書』2005年11月号,pp.8-11.)

・「〈必然〉と〈偶然〉からの福本伸行論」(『ユリイカ』2009年10月号 pp.81-92.)

・「大戦記録映画から心霊モノまで フェイクドキュメンタリーの”魔力”」(『サイゾー』2010年4月号 pp.86-87.)

・「名前のない顔のないもの」(『ユリイカ』2013年4月号pp.202-207.)

・「川野洋先生を悼む」(『科学哲学』46-1,2013年7月 p.77.)

・「メタパフォーマーとしてのアンチパフォーマー 辻原登論」(『総合文学ウェブ情報誌 文学金魚』2014年3月29日)http://gold-fish-press.com/archives/24258

◆書評(抄)

・Irving Babbitt; The New Laokoon; an essay on the confusion of the arts(『比較文学研究』第49号1986年4月, pp.175-181.)

・小倉脩三「夏目漱石−ウィリアム・ジェームズ受容の周辺−」(『比較文学』第32巻,1990年3月,pp.138-142.)

・Mario J. Valdés; World-making: The Literary Truth-Claim and the Interpretation of Texts(『比較文学研究』第63号 1993年6月 pp.134-141.)

・R.モンク『ウィトゲンシュタイン1,2』、B.マクギネス著『ウィトゲンシュタイン評伝――若き日のルードヴィヒ、1889-1921』(『文学界』1995年3月号,pp.292-295.)

・Giovanna Borradori; The American Philosopher(『イマーゴ』1995年11月号pp. 332-333.)

・柳瀬尚紀『ジェイムズ・ジョイスの謎を解く』(『すばる』1996年4月号,p.291.)

・J.R.ヴァレリー『科学者たちのポール・ヴァレリー』(『週刊読書人』1996年7月12号)

・丹治信春『クワイン』(『論座』1998年3月号,pp.272-273.)

・レイモンド・スマリヤン『シャーロック・ホームズのチェスミステリー』(『論座』1998年9月号,pp.266-267.)

・永井均『<私>の存在の比類なさ』、渡辺恒夫『輪廻転生を考える』(『ストア』1998年vol.4,9月)

・土屋賢二『人間は笑う葦である』(『週刊読書人』1998年9月4日号)

・ジョン・レスリー『世界の終焉』(『論座』1999年2月号,pp.262-264.)

・野矢茂樹『哲学・航海日誌』(『論座』1999年7月号,pp.256-257.)

・黒田亘、野本和幸編『フレーゲ著作集4』(『週刊読書人』2000年1月14日号)

・ポール・エドワーズ『輪廻体験』(『論座』2000年3月号pp.322-323.)

・ウラジーミル・ナボコフ『ディフェンス』(『日本ナボコフ協会会報 Krug』Vol.T-No.2,2000年4月 pp.11-13.)

・永井均『マンガは哲学する』(『論座』2000年5月号pp.304-305.)

・リー・スモーリン『宇宙は自ら進化した』(『論座』2000年12月号pp.318-320.)

・柴田正良『ロボットの心 7つの哲学物語』(『論座』2002年4月号pp.324-325.)

・「新書だけで学び直す一般教養15講+α 7論理学」(『論座』2002年7月号 pp.207-209.)

・戸田山和久『知識の哲学』(『論座』2002年9月号pp.312-313.)

・伊勢田哲治『疑似科学と科学の哲学』(『読売新聞』2003年1月19日)〜前野隆司『脳はなぜ「心」を作ったのか』(『読売新聞』2004年12月19日)(2002年12月〜2004年12月、読売新聞 読書委員)

・上村芳郎『クローン人間の倫理』(『論座』2003年4月号pp.315-317.)

・キングズレー・ブラウン『女より男の給料が高いわけ』(『論座』2003年8月号pp.317-319.)

・ジョンジョー・マクファデン『量子進化』(『論座』2003年12月号pp.320-322.)

・田中一之編『ゲーデルと20世紀の論理学@ ゲーデルの20世紀』(『科学哲学』40−2, 2007年12月 pp.71-73.)

・リチャード・ドーキンス『神は妄想である――宗教との決別』(『科学』2008年7月号pp.797-798.)「科学」編集部編『科学者の本棚』(岩波書店、2011年9月)pp.137-140.に収録

・川野洋『ネットワーク美学の誕生――「下からの綜合」の世界に向けて』(『和洋國文研究』第46号2010年3月)pp.60-63.

◆文庫本解説

・水木しげる『畏悦録』(角川ホラー文庫,1994年4月)

・柳瀬尚紀『ナンセンス感覚』(河出文庫,1998年6月)

・金井美恵子『文章教室』(河出文庫,1999年4月)

・赤川次郎『禁じられた過去』(角川文庫,1999年12月)

・近藤隆夫『グレイシー一族の真実』(文春文庫,2003年10月)

 ◆芸術・文学活動

◆著書(小説)

・『M色のS景』(河出書房新社,1993年9月)188p.(文庫版1999年5月 250p.)

・『この部屋に友だちはいますか?』(河出書房新社,1994年2月)188p(文庫版1999年11月 189p.)

・『これは餡パンではない』(河出書房新社,1994年7月、芥川賞候補)161p.

・『蜜林レース』(河出書房新社,1995年2月、芥川賞候補、三島賞候補)168p.

・『離婚式』(河出書房新社,1997年2月)189p.

・『エクリチュール元年』(海越出版社,1998年2月、芥川賞候補)230p.(加筆改訂版2007年11月 青土社,239p.)

・『たましいの生まれかた』(岩波書店,1998年5月)271p.

・『サプリメント戦争』(講談社,2001年10月)301p.

・『シンクロナイズド・』(岩波書店,2003年4月)235p.

◆著書(エッセイ等)

・『健康なんかこわくない!』(マガジンハウス,1998年9月)245p.

・『環境音楽入悶』(白水社,1999年7月)219p.

・『のぞき学原論』(三五館,2007年1月)446p.

・『教授とミミズのエコ生活』(三五館、2012年1月)269p.

◆対談、創作、パフォーマンス等(抄)

・「言葉は可能世界を創るか?」(『文藝(文芸賞特別号)』1993年11月, pp.248-254.)

・「量子物理学の可能世界――決定論としての多世界解釈」(和田純夫と)(『文藝』1994冬季号,pp.332-342.)

・「可能世界についての四つの可能な質問」(『文藝』1994年冬季号pp.297-298.)(回答者: 星川啓慈、永井均、山内志朗、飯田隆、丹生谷貴志、清水哲郎、小島寛之、谷川多佳子、土屋俊、香山リカpp.297〜315.)

・「戦後50年の文学A 言葉遊びの向こう側」(川村湊と)(『新刊展望』1995年4月号pp.7-17.)

・「格闘技の自由化時代・到来!」(堀辺正史と)(『格闘技通信』1995年6月8日号pp.34-37, 6月23日号pp.32-35.)

・「VOICE SASHIMI vol.3」(自作朗読会)(高橋源一郎、山田詠美と)渋谷ジアンジアン,1995年6月19日

・「みつめる」(『すばる』1995年7月号, pp.162-179.)

・「たばさむ」(『すばる』1995年9月号, pp.16-35.)

・「バクテリア学派」(『へるめす』1995年9月号, 11月号, 1996年1月号)

・「うなづく」(『すばる』1995年11月特大号, pp.222-238.)

・「怪文書」(『小説すばる』1995年12月号, pp.138-149.)

・「格闘技:肉体が描く鮮烈な虚と実」(宮台真司と)(『毎日新聞』1996年4月23日夕刊)宮台真司

・松沢呉一編『ポップ・カルチャー』毎日新聞社,1999年4月 pp.6-11.に収録

・「あわだつ」(『すばる』1996年5月号, pp.176-187.)

・「つきこす」(『すばる』1996年7月号, pp.210-246.)

・「弁天島トライアングル」(「三人小説 小説共同制作の試み」『三田文学』1996年秋季号, pp.10-49.)辻原登、小原眞紀子と合作

・「補助線の行方」(「三人小説 小説共同制作の試み」小説合作の座談会 辻原登、小原眞紀子、伊井直行と)(『三田文学』1996年秋季号pp.50-131.)

・「まばゆいあなたへ」(『イマーゴ』1996年12月号pp.193-201.)

・「ジェイムズ・ジョイス」(柳瀬尚紀と)(『文藝』1997年夏号,pp.36-45.)

・「知の冒険 反実仮想の哲学「可能世界論」」(『日本経済新聞』1997年5月4日)

・「拝啓 池上彩子様」(『小説すばる』1997年7月号, pp.440-449.)

・「福建省茶葉百%」(『小説すばる』1997年9月号, pp.478-493.)

・「証し」(『小説すばる』1997年12月号, pp.508-519.)

・「観戦記 レディースオープン・トーナメント'98 一回戦第六局」(『週刊将棋』1998年8月19日号pp.12-13.)

・「環境音楽」(『トランスワールド・ミュージック・ウェイズ』東京FM,1999年9月26日他)

・「冥宮フクロ祭リ」(『文藝』1999年冬季号、1999年10月, pp.236-260.)

・「絵と言葉L」(『武蔵野美術』No.116,2000年4月,pp.0-1.)

・熱狂対談(三枝成彰と)(『Dr.クロワッサン』2001年6月,pp.56-59.)

・「気になる人と 気になる話――動物とくらす」(唐沢孝一と)(『クロワッサン』2002年8月25日号p.94-97.)

・「武道待望論 其の一」(堀辺正史と)(『格闘技通信』2004年5月8日号 pp.52-54.)

・「みんながジンワリ泣いた名著」(『ダカーポ』2006年2/15号 pp.18-19.)

・「日本のタブー」(井口昇、藤田紘一郎と)(『サイゾー』2007年9月号pp.77-79.) 『別冊サイゾーvol.2 日本のタブー』(2011年9月号臨時増刊)pp.226-231.に再録

・巻頭インタビュー『保護者のための大学進学ガイド(ファミリー版2008)』(2008年6月,pp.2-5.)

・「矛盾力講座 論理に潜む不合理を見つけ出す」『Diamondハーバード・ビジネス・レビュー別冊12月号 「考える技術」の教科書 プロフェッショナル養成講座』(2008年10月, pp.83-86.)

・「小説、哲学、あるいは選択」(長滝祥司と)『八事』No.27, 2011年3月,pp.8-48.)

・「芸術作品としてのポツダム宣言――レディメイド文学の提唱――」『総合文学ウェブ情報誌 文学金魚』Interview of gold fishes 第12回(2014年5月30日)http://gold-fish-press.com/archives/26878

・「デュシャンと泉」「ポロックとブルー・ポールズ」(岡澤浩太郎『巨匠の失敗作』東京書籍 2014年9月,pp.187-198, 219-231.)

◆監修

・『エジソンの母』(TBS、金曜ドラマ 2007年1月11日〜3月14日)脚本監修、公式ウェブサイト執筆「規子先生の課外授業 1時間目〜10時間目」(改稿のうえ著書『天才児のための論理思考入門』に収録)