年報『科学・技術・社会』創刊趣旨
(創刊号より)



創刊趣旨


 こんにち、産業社会は好むと好まざるとにかかわらず科学技術と不可分の関係をもつ。ハイパー・メディアによる新たな情報空間の創出や研究・開発が経済成長へ与える波及効果、パブリック・アクセプタンス後に起こる事故やいわゆる地球環境問題など、科学技術は予想もしなかった局面、予想もしなかった仕方で便益と社会問題の双方をひとしく社会にもたらす。便益と社会問題を導く、どのような構造が産業社会に埋め込まれており、その構造下で科学技術はどのようなふるまい方をするのだろう。年報『科学・技術・社会』はこのテーマに取り組む。このテーマは、増大する社会的重要性にもかかわらず、単独の学問分野で扱える範囲を越えている。科学技術の社会学をはじめ、科学技術史、科学技術政策論、国際政治学、文化人類学、比較文化論など、複数の分野にまたがる共同研究が不可欠である。いかなるアプローチの研究者からの投稿も歓迎する。本誌は、そのような科学技術の社会科学的研究にもとづく問題の探索と解決を促す場となることを願う。
 科学と技術は、一方は17世紀の自然哲学者の、他方は中世以来の職人の伝統を引くまったく異なる二つの文化に属する。両者がいわゆる科学技術として一体化し、社会と相互作用をはじめるようになったのは、高々ここ150年くらいの出来事にすぎない。ひるがえって、科学、技術、社会が相互作用する界面にどのような構造が存在しているかについて、私たちは未だじゅうぶん信頼するに足る知見をもたぬ。はっきり言えることは、150年足らずの歴史に照らしてみても、科学、技術、社会が相互作用する際に発生する便益と社会問題は、予想しなかった局面、予想しなかった仕方で発生してくることが多い点である(予想できる局面、仕方で両者が発生するのであれば、すでに問題の探索は終了し、解答を半分手にしたにひとしい)。それゆえ、すくなくとも過去150年にわたる科学、技術、社会の相互作用の型をつかまえるのに適した事例の比較研究が、現時点においてもっとも確実な研究方法のひとつとなろう。
 そうした典型事例の研究にもとづき、相互作用の型を時代や地域に応じて系統的に分類する理論的枠組や、その発想を導く学説の吟味もひとしく肝要である。特定のトピックをめぐる印象記や批評は少なくないが、それらの拠って立つ理論的枠組はアドホックな性質のものであることが多く、本格的な研究を導く系統的な理論枠組の構築の立ち遅れが否めないからである。いずれの場合にせよ、科学技術を、社会の他の活動と同格の文化とみる視点が求められる。予想しない局面や仕方で現象が現れる特性を理解する鍵は、そのような異文化接触をとおして意図せざる結果が派生するメカニズムが握っていると思われるからである。以上3点、(1)典型的な事例研究の比較研究、(2)理論的枠組や関連する学説の吟味、(3)文化としての科学技術の特性探索を、科学技術の社会学、科学技術史、科学技術政策論、国際政治学、文化人類学、比較文化論など複数の分野の共同研究によって展開し、実証的な裏づけをもつ科学、技術、社会インターフェイスの文明論的なスケールの展望を日本から生み出すこと、これが本誌の編集方針である。願わくば、ひとりでも多くの方が、本誌の研究・文化事業へ参加されんことを祈る。


科学・技術と社会の会




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