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ワークショップ
「オスマン朝時代のマシュリクのアラブ都市の空間と社会」に参加して

三浦 徹
(お茶の水女子大学、総括班兼第6班)


 さる5月28-30日の3日間、ダマスクス・フランス・アラブ学研究所において、上記のテーマのもとにワークショップが開催された。筆者は、同研究所からの招聘に応じて自費で参加し、約2週間ダマスクスに滞在したが、ワークショップを含め現地でふれた研究状況を報告する。

I.ワークショップのようす

 ワークショップは、アンドレ・レイモンの『18世紀カイロの職人と商人』の刊行25周年を記念して、同研究所がシリア政府文化省の後援をえて、主催したもので、フランスからの8名をはじめ、米4名、独2名、エジプト2名、シリア1名がパネリストとして参加した。会場では、パネリスト以外にも、フランス研究所の研究員や研究生をはじめ常時40-50名が参加し、終始活発な議論が続いた。日本人としては、筆者が報告を行ったほか、ダマスクスに滞在中の大河原知樹さん(慶応義塾大学大学院)と神藤智恵子さん(社会科学高等学院博士課程、パリ)が出席した。

 そのプログラムは、以下の通り。

第1部 裁判と相続の実践
G・ヴァンスタイン(社会科学高等学院、パリ)「オスマン体制と裁判制度の複雑性:アラブ諸州における事例」
B・マリーノ(フランス・アラブ学研究所、ダマスクス)「ダマスクスの大カーディーからナーイブ宛の通達」
三浦 徹(お茶の水女子大学)「ダマスクスのサーリヒーヤ法廷をめぐる人的ネットッワーク」
C・エスタブレ(プロヴァンス大学、エクサン・プロヴァンス)「文化史の資料としての遺産目録」
K・クーノ「イリノイ大学、米国)「18世紀エジプトにおける軍人の家の再構成」

第二部 職人の同職組合
A・K・ラーフェク(ウィリアム&メリー大学、米国)「オスマン時代のシリアにおけるギルドと労働倫理」
R・ドゥギイェム(アラブ世界・ムスリム研究所、エクサン・プロヴァンス)「19世紀中葉のダマスクスにおける石工の組織:メンバー、職人、給与」
D・ベーレンス・アブー=セイフ(ミュンヘン大学、ドイツ)「Kitab al-Dhakha'ir wa'l-tuhaf fi bir al-sana'if wa'l-hirafについての考察」
J-L・アルノー(アラブ世界・ムスリム研究所、エクサン・プロヴァンス)「19世紀末エジプトの諸都市における職人と商人:資料としての年報」

第3部 トポグラフィーと建築
J-C・ダヴィド(GREMMO、リヨン)「19世紀初頭領事ルソーのアレッポの地図:表象された空間、周知の空間、実践された空間」
J-P・パスカル(アラブ世界・ムスリム研究所、エクサン・プロヴァンス)「ダマスクスにおける商店、工房、職人組織:1827-28年のセンサスによる」
D・クレセリウス(カリフォルニア州立大学、ロサンゼルス)「アミール・イーサー・アガ・チェルケスのワクフ:17世紀のギルガにおけるチェルケス人の財産」
A・R・モアーズ(フランス・アラブ学研究所、ダマスクス)「19世紀ダマスクスにおける田園地帯の住宅」

第4部 街区、都市、地域
M・アフィーフィー(カイロ大学、エジプト)「オスマン時代のカイロにおけるマイノリティの街区」
L・ファワーズ(タフツ大学、米国)「アミール・アブドゥルカーディルと1860年のダマスクス事件」
N・ハンナ(カイロ・アメリカン大学、エジプト)「砂糖の交易と商人:17世紀のカイロにおける都市・農村関係」
Th・フィリップス(エルランゲン大学、ドイツ)「18世紀末のアッカ:オスマン時代シリアのアラブ都市の一類型か?」

 報告の内容については省略するが、次の点が、印象に残った。

1)報告は、フランス語、英語、またはアラビア語で行われ、報告者の多くは講演原稿を用意し、メリハリを聞かせ、制限時間内にうまくまとめあげていた。しかし、フルペーパーを配布した私以外、誰一人として、レジュメ(ハンドアウト)を配布するものはなく、時折、資料として、地図が配られたり、文書や系図などがOHPで映写されるだけであった。

2)ワークショップの期間中には、公式・非公式の各種のレセプション(歓迎会)や市内のツアーなどが企画され、その歓待ぶりは、88年の東京での「都市性」国際会議を髣髴とさせた。ご馳走ぜめで太ってしまったが、このような場で、他のパネリストや在シリアの研究者とたっぷりと話しができることが、なりより有り難かった。とくに、私は、フランス研究所の4階にある宿舎に投宿したおかげで、パスカル、ドゥギイェム、クーノとは、ほぼ10日間、毎朝毎晩顔を合わせるという合宿のような生活を楽しんだ。

3)ワークショップと並行し、参加者による各種の講演会が企画された。
アメリカ文化センター
L・ファワーズ「米国における中東研究」(5月27日)
D・クレセリウス、K・クーノ「米国における中東研究の動向」(5月31日)
K・クーノ「19世紀エジプトにおける家族史」(6月8日)

フランス文化センター
A・レイモン「オスマン時代のアラブ都市」(5月27日)
G・ヴァンスタイン「古典的オスマン都市の共通性と多様性」(6月2日)

これらは、一般の参加者も多く、米国やフランスの研究動向を知るうえで有益であった。自国からの研究者の来訪を活用する文化センターの活動ぶりが目をひいた。

 98年度の北米中東学会会長に任じられたファワーズ女史は、地域研究が政治学などのディスィプリン研究に対して、劣勢に立たされている現状から、中東地域研究の活性化のための方策として、多元的な地域設定と他の地域研究との交流、地域研究ににおけるディシプリンの交流、インターネットを用いた若手研究者のフォーラムづくり、教育課程における中東理解の促進などを挙げた。また、31日のシンポジウムでは、クレセリウスは、世界的にみて一次資料による研究の必要が高まっている反面、中東研究そのものは、米国の学問世界全体や政策決定の場での影響力は強いものではないというギャップを指摘し、クーノは、80年代以降に、比較研究や社会史・文化史研究の必要が高まっていることを指摘した。

 (帰国後、MESAのWebページをみると、ファワーズ女史の会長就任演説が掲載されており、スーダン生まれのレバノン人という彼女の個人史を語りながら、学界の流行をおいかけるのではなく、歴史叙述を活性化していくことを表明していて、興味を惹かれた)。

4)ワークショップはきわめてなごやかに進められたが、二日目の午前のセッションで、ダマスクス歴史文書館のダード館長が、ワークショップの報告において、同文書館の所蔵資料であることが明示されていないことに抗議して、会場から退席するという一幕があった。また、アメリカ文化センターのシンポジウムにおいても、シリア人のアラブ文学研究者から、「フランス研究ではフランス語、ドイツ研究であればドイツ語で業績を公刊することが当然であるのに、アラブ研究では、欧米諸語が優先され、なぜアラビア語で発表された研究がマイナーな地位しか与えられないのか?」という批判がだされた。実は、ワークショップのパネリストには、ダマスクス大学などシリア側の研究機関に所属する研究者は含まれていない。フランス・アラブ学研究所は、アラブ人研究者と密接な交流をもつとはいえ、それは、仏をはじめ欧米の機関での研究歴をもつアラブ人研究者が軸となっており、現地で活動するアラブ人研究者との間に微妙な溝があることを感じさせた。

II.ダマスクス歴史文書館のおけるデータベース目録事業

 今回のシリア訪問の第二の目的は、国際協力事業団(JICA)とダマスクス歴史文書館との間で進められている資料のデータベース目録化の事業の進捗状況を把握することであった。この事業は、筆者が94年度にシリア滞在中に、JICAと文書館との間で立案したもので、97年4月より、海外青年協力隊(JOCV)派遣員として、大河原知樹さん(慶応義塾大学大学院博士課程)が2年間の予定で着任している。

 同文書館には、オスマン時代の法廷文書台帳3000冊、勅令台帳をはじめとする文書資料のほか、20世紀の新聞や外交文書、写真、公文書など各種資料が収められている。しかし、その目録は、初期に作成された手書きのカードや台帳がそのまま用いられているため、データに誤りもあり、資料の検索などの点で不便をきたしている。上記事業は、コンピュータを用いて、諸資料のデータベース目録を作成することを目的としている。

 97年度は、おりしも、フランス・アラブ学研究所と文書館との間で、法廷文書台帳の目録出版の計画があり、これにJICAを加えた3者が、同目録の編纂・刊行のため協力することとなり、同研究所のマリーノと大河原さんが、法廷文書台帳を一冊ずつ点検し、目録としての必要なデータの採集や確認を行っている。法廷文書台帳は、現在では、世界各地の研究者の利用するところとなっているとはいえ、オスマン朝時代の約400年間にわたる3000冊の台帳全体に目を通した研究者はなく、この作業は、単なる点検にとどまるものではなく、法廷のしくみ、台帳の資料学的位置づけなどを明らかにする意味をもっている。

 昨年9月には、パソコン(ウィンドウズ)、スキャナー、プリンターがJICAによって設置され、文書館の男女職員がすでにパソコンの操作を覚え、アラビア語データの入力を行っている。大河原さんは、この方面でも指導役となり、機種やソフトの選定はもとより、日々の作業でもことあるごとに「トモキ」と呼ばれ、救援に駆けつけている。

 実は、文書館を三年ぶりに訪れた第一印象は、「ずいぶん明るくなったなぁ」というものであった。実際、蛍光灯がついたりつかなかったりの閲覧室の壁に、ぐるりと二連の蛍光灯が設置され、文字どおり明るくなったのである。しかし、それ以上に、パソコンの導入が刺激となったのか、館員が資料整理に新たな意欲をもつようになり、また館長も、長らく壊れたままになっていたコピー機を入れ替えるなどの設備の改善を図っている。

 今日では、日本人研究者が、中東各地の図書館や文書館で資料の閲覧や収集を行うことが多くなっている。目下のところ遠来の客としてもっぱら歓迎されているが、今後は、単に個人の研究に利用するだけではなく、外国語で発表することによって研究成果を還元したり、あるいは、資料の保存や整理といった基礎研究の面で、協力を行っていく必要があるだろう。その意味で、今回のJICAのプロジェクトは初めての試みであるが、文書館はもとより、フランス研究所もまた、このような活動を歓迎している。

 資料のデータベース化に関連して、東洋文庫で作成したアラビア語、トルコ語の蔵書目録を含むMultilingual Database CDを持参したところ、たいへん関心を呼んだ。フランス研究所では、マッキントッシュを使用しているため、図書室に寄贈した。同図書館でも、東洋文庫と同じマッキントシュの4Dシステムを用いて、データベース・カタログを作成中で、担当者のニエト氏から、説明をうけた。同図書館では、7万点の図書、1150点の雑誌を所蔵し、図書カードは、単に書名や雑誌名だけではなく、雑誌や論文集などでは、所収された論文ごとに起こされている。現在作成中のデータベース・カタログでも、同様に、図書や論文ごとに、データが起こされ、テーマ・時代などのインデックスが採られている。また、アラビア語の図書・雑誌については、アラビア文字とラテン文字への転写の双方を入力して、どちらからでも検索が可能である。昨年から、データベース化の作業を始め、現在までに6万点の入力を終えている。このデータベースの書式は、カイロのフランス・考古学東洋学研究所(IFAO)やエクサン・プロヴァンスのアラブ世界・ムスリム研究所の図書館とも共通の書式を定めることにより相互利用できるようにしてあり、将来は、インターネットを通じて公開する計画であるという。

 イスラーム地域研究の「イスラーム関係史料の収集」班においても、日本のイスラーム関係資料を所蔵する機関のあいだで、共通に利用できるデータベース目録を準備すべきであると考えているが、そのような作業が必須であることを痛感させられた。

 

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