平成9(1997)年4月から、文部省の新プログラム方式による地域研究「現代イスラーム世界の動態的研究−イスラーム世界理解のための情報システムの構築と情報の蓄積−」(通称「イスラーム地域研究」)が始まります。期間は平成14(2002)年春までの5年間。以下にプロジェクトの目的、内容、実施上の基本方針を説明し、多くの皆様方の積極的な参加を仰ぎたいと思います。
研究目的
本プロジェクトは、「イスラーム地域研究」の新地平を切り開くことを目指し、具体的には、以下の三つの目的が追究されます。
(1)イスラーム地域研究の新しい手法の開発
イスラーム世界といえば、日本ではしばしば中東地域に限定して用いられます。しかし文明としてのイスラーム世界は、東は東南アジアから中東や東欧をへて、西はアフリカ西部にまで及んでいます。しかも現代では、ムスリムは欧米諸国や日本にも少なからず居住し、それぞれの社会の重要な構成要素となっています。イスラームがかかわる地域は、すでに世界規模にまで拡大しているとみなければなりません。
このようにムスリムが居住する「地域」に注目してみると、そこには、他者との共生や相互依存の関係と同時に、民族問題、地域紛争、人口爆発、環境破壊など、現代世界が直面する問題が集約的に見出されます。たとえば、ボスニア紛争、アフガニスタン内戦、EUにおける「新しい民族問題」などには、ムスリムの動向が深く関わっています。つまり、イスラーム世界の動向は、21世紀の地球文明を大きく左右するとともに、ムスリムの発するメッセージとその行動は、日本を含む非イスラーム世界に異文明理解の大切さを教示しているといえましょう。私たちは、この点にこそ世界的な規模での「イスラーム地域にかんする総合的研究」の必要性があると考えております。
(2)イスラーム地域研究に適した情報システムの開発
従来のイスラーム研究では、コンピュータ利用は必ずしも十分には行われてきませんでした。これは、関連する文字システムが多様であり、技術系分野との連携も不足していたことによっています。本プロジェクトでは、アラビア語やペルシア語、あるいはウルドゥ語、マレー語などの非ラテン文字によるデータベース化を促進し、地域研究へのコンピュータ技術の応用方法を開発したいと考えています。
(3)若手研究者の育成
近年、日本におけるイスラーム研究の進展ぶりには目覚ましいものがありますが、しかし世界的にみれば、研究者の層の薄さと研究蓄積の不足は否めません。21世紀におけるイスラーム世界の重要性にかんがみて、次代の研究を担う若手研究者の積極的な育成をはかり、彼らの国際的研究ネットワークへの参加を支援することが不可欠であると思われます。
研究内容
以上のような目的を追究するために、本プロジェクトでは、総括班を東京大学大学院人文社会系研究科におき、そのもとに、1.
東京大学大学院人文社会系研究科、2. 上智大学アジア文化研究所、3. 国立民族学博物館・地域研究企画交流センター、4. 東京大学大学院工学系研究科、5.
東京大学東洋文化研究所、6. 財団法人東洋文庫の6つの研究班が設置されます。各班の研究テーマと班ごとのグループ研究のテーマは次の項(研究班の構成)をご覧下さい。
実施上の基本方針
前述のように、「イスラーム地域研究」における地域は、中東イスラーム地域に限定することなく、テーマの性格に応じて自在に設定していきたいと思います。地域研究の方法については多様な考えがあってしかるべきですが、少なくとも地域研究が、政治学、経済学、社会学、人類学、歴史学、地理学、宗教学、文学、言語学、国際関係学、都市工学など、それぞれのディシプリンを生かした研究を基礎に、それらの成果を総合するものであることについては異論がないと思われます。
地域研究が現代世界の理解を目指すことは当然ですが、私としては、従来の地域研究よりさらに自由なディシプリン研究がよりよい総合を生み出すのではないかと予想しております。一枚の古文書の解読も、どこかで地域や文明の理解に深く関わっているという意識が大切ではないでしょうか。そして個々のディシプリン研究をどのようにして総合するのか、この試みを実行するための知恵が、13の研究グループ、6つの研究班、さらにはプロジェクト全体に求められているのです。
本プロジェクト研究は、国内外のすべての研究者、専門家に開かれています。各班の研究グループはさしあたり5、6名のメンバー(1、2年で交代)によって構成されますが、これらのメンバーだけが研究を担うわけではありません。むしろ班メンバーには、研究の立案と実行に当たって、班メンバー以外の研究者、特に若手研究者の参加を広く募ることが求められます。したがって本プロジェクトに興味がある方々には、積極的に研究の企画、実行、成果の公表に加わっていただきたいと思っております。
班員のメンバーシップは特権的でも固定的でもなく、より広い範囲の研究者・専門家の参加が自由に行われること、この点を十分に理解していただけるかどうかが、本プロジェクトの成否に深く関わっていると考えています。e-mail、
fax、手紙などの手段を通じて、総括班、研究班、研究グループへの活発なアクセスをお願い致します。内外の多数の研究者の協力をえて、イスラーム世界理解のための「実証的な知の体系」を築き上げてゆくこと、これが「イスラーム地域研究」の目的です
研究班1.イスラームの思想と政治(事務局:東京大学大学院人文社会系研究科)
a.現代イスラームの思想と運動
b.国際関係の中のイスラーム
c.イスラームの法と社会
研究班2.イスラームの社会と経済(事務局:上智大学アジア文化研究所)
a.イスラームと社会開発
b.イスラームと経済開発
c.イスラームと民衆運動
研究班3.イスラームと民族・地域性(事務局:国立民族学博物館地域研究企画交流センター)
a.イスラーム的イデオロギーの生産過程に関する研究
b.イスラーム的イデオロギーの生産による摩擦に関する研究
c.現代イスラーム資料の収集と研究
研究班4.地理情報システムによるイスラーム地域研究
(事務局:東京大学工学系研究科都市工学専攻)
研究班5.イスラームの歴史と文化(事務局:東京大学東洋文化研究所)
a.芸術と学問の展開
b.地域間交流史の諸相
c.比較史の可能性
研究班6.イスラーム関係史料の収集と研究(事務局:財団法人東洋文庫)
総括班(事務局:東京大学人文社会系研究科)