第2班国際ワークショップ「イスラーム地域の民主化と民衆運動」 報告書

11月27日、28日の2日間に渡り、第2班国際ワークショップ「イスラーム地域の民 主化と民衆運動」が千葉県木更津市のかずさアカデミアホールで開催された。参 加者は40余名にのぼり、終始、密度の濃い報告と討論が繰り広げられた。
初日には間寧氏(アジア経済研究所)の基調講演"Democratization and Social Movements in Islamic Countries"が行われた。間氏は、通説とは異なって、イ スラム諸国とりわけ中東の民主化が長期的には後退している事を実証的に明らか にし、国家から独立した領域としての市民社会が成長したとしても、それだけで は必ずしも民主化に結びつかないと論ずる。民主化のためには社会運動が必要で あり、運動の契機として重要であるのが、政治的制度のシステムが開放的である か、体制を支えるエリートの同盟は安定しているか、国家が反対を押え込む能力 を有するか、という政治的条件である。これらの条件が存在すれば、民主化に向 けた社会運動が生起し発展することができる。こうした政治過程アプローチによ り、事例としてトルコの政変が説明された。報告後の討論では、民主化の基準や 方法論などを巡って質疑応答がなされた。
翌日は、最初にBoutheina CHERIET氏(アルジェ大学)が、"Youth, State Reproduction and Cultural Reproduction in Algeria: Whither Democracy?" と題して、アルジェリアの高等教育政策と学生層の相互作用を社会的・文化的再 生産の観点から報告した。独立後のアルジェリアにおける高等教育では、全面的 なアラビア語化は行われず、人文社会科学教育にはアラビア語、自然科学教育に はフランス語が用いられた。人口増の結果青年層の人口比率が高まる一方、ブー メディエンのポピュリズム政策により学生数も増加し、原理主義に傾く学生層が 新たに出現した。民主主義学生運動はアラビア語・フランス語使用者双方から、 主に人文系の学生を組織しているのに対し、原理主義学生運動はフランス語教育 の自然科学系学生を多く結集させている。1986年の石油価格下落以降の経済危機 は、高等教育を受けた学生の雇用危機を招いている。
報告後の討論は、社会的再生産の概念規定やアルジェリアにおける西欧的価値の 受容などについて議論が行なわれた。
次の栗田禎子氏(千葉大学)の報告"The Crisis of Democracy in the Middle East: The Case of Egypt" では、エジプトのイスラミスト運動が現政権の新自 由主義政策を支持していること、現政権とイスラミストは新自由主義政策に反対 する労働者・農民を共通の敵としていることが指摘された。栗田氏はイスラミス トを民主化の旗手と見る傾向に反対し、労働者・農民の民主的なオルタナティブ は、現政権の進める経済のグローバル化・新自由主義政策とイスラミストの双方 に抵抗しており、そこで主張されている市民社会の概念は、イスラミストに対し ては世俗主義を強調し、政権に対しては民衆の参加と非政府的な市民社会の制度 の役割を強調していると論じた。報告後の討論では、イスラミストの規定、民主 化の概念、ナセル体制の性格などについて議論された。
次の報告はSyed Farid Alatas氏(シンガポール大学)による "Democratization, Civil Society and Islam in Indonesia and Malaysia" で、インドネシアが専制的になったのに対しマレーシアが民主主義を比較的保持 できたのはなぜかが論じられた。Alatas氏は、エリートの凝集力の強さ、国家の 内的な強靭性、国家に対する武装反乱の有無という諸点から両国の違いを説明し た。スハルト体制崩壊に際しての知識人の役割について、氏は、イスラム知識人 の言説がユートピア的であり現状分析の能力がないと結論付けた。報告後の討論 は、インドネシアの民主化におけるイスラム政党の役割などに関して質疑応答が 交わされた。
最後の水野広祐氏(京都大学)の報告"Democratization and Labor Movement in Indonesia"では、スハルト退陣後のインドネシアの民主化の急速な進展、とり わけワヒド新大統領の非ムスリム少数派への和解姿勢が強調された。続いてイス ラム系労働運動の歴史が回顧され、労働組合が自由化された現在では労働団体の 組織化が進展しているが、イスラム系労働組合はごくわずかであることが指摘さ れた。報告後の討論は、インドネシアにおけるクローニー資本主義や労働組合の イデオロギー的分立などを巡って議論がなされた。
これらの報告を受けて、臼杵陽(民博)、川島緑(上智大学)、浅見靖仁(一橋 大学)各氏のコメントが述べられ、全体討論に移った。3時間以上に及ぶコメント と全体討論で触れられた論点は非常に多岐に渡ったが、総じて言えば、市民社会 をどう考えるかが中心的な論件であったといえよう。分析トゥールとして市民社 会概念を用いるのか、目指されるべき社会モデルとして市民社会を捉えるのか、 この点を明確にすることが有効な議論のための前提であると感じた。イスラム諸 国での民主化に関して希望的な観測も増えているが、楽観視は早計であるという 印象を新たにした。本ワークショップの詳細な報告は、討論部分も含め、後日刊 行される予定である。
(石澤 武:東京大学大学院)