2-C 聖者信仰・スーフィズム・タリーカをめぐる研究会 報告書

日時:1999年8月27日(金)13:30〜
場所:上智大学9号館357演習室
使用言語:英語(通訳なし)

研究発表者:Pablo Beneito(京都大学客員助教授、スペイン・セビリア大学助教授)
発表タイトル:An Unknown Follower of Ibn 'Arabi: The Author of Lata'if al-I'lam andhis Works.

 パブロ・ベネイト氏は、若手のイブン・アラビー研究者で、すでにイブン・アラビー の著作の校訂・翻訳を数冊、世に問うている。マドリッド大学文献学科(Facultad de Filologia)出身の氏は、文献の緻密な扱いを得意としていることで定評がある。
 今回の研究発表も、氏のこのような特長が遺憾なく発揮されたものであった。
 氏は、従来アブドゥッラッザーク・カーシャーニーに帰されてきた Lata'ifal-I'lam という著作 を仔細に検討することによって、その著者の同定に疑問を抱く。著作中に引用されてい る人名・書名から、その同定が誤りであることを示した後、氏は真の著者としてイブン・タ ーヒルという思想家を提示する。
 ここから氏は、イブン・ターヒルという著述家および彼の著作とされるものを写本館 などで博捜することにとりかかる。その結果、al-Durra al-Farida、Kitab Tadhkira al-Fawa'id など5つの著作を彼の真作と認め、これをもとに氏は、イブン・ターヒルの人物像を明らかに していく。
 一つだけ注文をつけるならば、断片的な証拠を手がかりに、推論に推論を重ねていく 細かい論証であるため、レジュメなどが用意されていれば、より理解が用意になり、議論も 深まったことと思われる。とはいえ本発表は、学問の本質である「謎解き」のおもしろさを堪 能させてくれた。近い将来、論文という形で公表された際に、さらにじっくりと向かい合って みたい内容を持った発表であったといえる。(文責:東長靖・京都大学助教授)

研究発表者:子島進(国立民俗学博物館外来研究員)
発表タイトル:Pir, Waiz and Imam: Religious Leadership and Literacy among the Ismailis in Pakistan

   文化人類学を専門とする子島進氏は、パキスタン北部におけるシーア派コミュニティ についての現地調査の成果に基づいた発表を行った。近代化にともなうコミュニティの変容 を、知識人のあり方を通して論ずることが発表の主題である。
 氏は、在地の知識人について、従来のピールと呼ばれる存在と近年になってピールに 替わりつつある宗教講師ワーイズとを、使用する言語、知識の授受、知識の活用、知的階 層の頂点に位置するイマームとの関係について、対比的に描き出した。ここから、在地の 知識人が変わりゆくことの背景として、イマームを頂点とするシーア派コミュニティのシス テムが、信仰の脈絡から社会開発の脈絡へとシフトしていったことが示された。方法論的には、 ゲルナーによるP的伝統とC的伝統に関する議論を援用し、イスラーム世界においてP的伝 統への推移が顕著な近現代にあって、再構築されたC的伝統として調査地域のイマーム制を とらえた。これによって、ゲルナーの議論を相対化し、また原理主義をめぐる一連の議論 にも一石を投じようとした点において、意欲的な発表であったといえる。
 全体として、南アジアにおけるイスラームの信仰実践の実例に触れることができた点 と、知識人類学の議論に敷衍できる点おいて、興味深い発表であった。批判としては、Pと Cの伝統を、緊張関係にあるふたつの傾向としてより、独立した型として扱っていることが 、動態の分析を範疇分類にすり替えていないかとの指摘があった。(文責:赤堀雅幸・上智大 学)