2C「イスラームと衣の文化」第1回研究会報告

1「日本人改宗ムスリマにおけるヴェールの意味」
 北海道大学文学研究科博士課程  西尾ふみ

 日本人女性が改宗するきっかけの多くは国際結婚であるが、改宗は長い努力のプロ セスとしてとらえられ、神の「導き」あるいは「試練」として語られることが多い。 ムスリマとなった彼女たちのほとんどは、モスクでの礼拝や勉強会などに来るときに だけヒジャーブ(ヴェール)を被る。日常的にはヴェールを着用せず(ヴェール着用 に対し周囲から抵抗もあるが、そのことは預言者の苦労になぞらえられる)、女性の みが集まる場所でのみ、女性に見せるために被る側面もある。何も被らないよりも、 首に巻き付けたり 半袖姿に合わせるといった中途半端なヴェールの着用の方が中傷 ・批判の対象となる。民族的習慣とイスラームを区別しようとする意識が強く見られ る。
 イスラーム世界ではしばしば家父長制による抑圧的隔離あるいはセクシュアリティ の隠蔽として説明されるヴェールの着用は、日本ではあてはまらず、むしろ正しい知 識と信仰心・実行力を伴ったムスリマに許されたプライドの込められた衣としてのヴ ェールと考えられるのである。
 討論では、彼女たちの配偶者(ほとんどはパキスタン人)の祖国での社会的位置や 学歴、また彼女たち自身の親族との関係なども、彼女たちのイスラーム意識やヴェー ル着用を考える上で非常に重要であるという指摘がなされた。またヴェール論が多く 展開されるアラブと異なり、パキスタンのヴェールの実践にはヒンドゥーの影響もあ るという興味深い指摘もあった。

2「トルコのスカーフ素描」
 中部大学 中山紀子

 世俗化したムスリム大国トルコでは「女性の解放」の名の下に、スカーフを被らな い女性の割合が多いが、しかしながらスカーフを着用している女性も存在している。 それは大きく分けると、いわゆるイスラーム主義者と、村の女性である。今回の発表 は後者のスカーフの着用を中心に、スライドと実物を多用した「視覚的に訴える」も のであった。
 1992年6月から1年間行われた調査地の村で見られるスカーフは、大きく(1)綿製・花 柄スカーフ、(2)綿製・白無地スカーフ、(3)絹製・抽象模様のスカーフに分けられる。 (1)は主に若い女性が着用していたが、近郊の町で買ってきたスカーフに縁を自分で刺 繍することがあり、それは嫁入り道具や贈物にもなる。日常的に着用するときはいわ ゆるほっかむりで首が見えることになるが、モスクに入るときなどは念入りに髪の毛 と首を見せないように被っていた。(2)は主に年配の女性が着用していたが、葬式に参 加するときには若い女性も着用する。年配の女性は刺繍が得意ではないが、これは出 稼ぎ労働などによって現金収入が増加する以前は家事労働の負担が重く余暇が少なか ったことを物語っている。(3)はヨーロッパへの出稼ぎ労働から休暇で村に戻っている 娘が被っていた。ヨーロッパで自分自身の伝統・文化を保持しようと考えるときに、 彼女たちは故郷の村のそれらではなくイスラームに注目することを示している。興味 深いことにこのスカーフはイスラーム主義者の着用するスカーフと酷似している。  スカーフを着用しているイスラーム主義者と村の女性との大きな違いは、その理由 付けである。前者はその理由をコーランやハディースに根拠を求めるが、村の女性は 「慣習だから」というよう理由付けが多い。スカーフ着用の本体の根拠には自覚的で あるとは言い難い。
 また意識的にスカーフを着用しているように思われがちな都市の女性たちにも、あ まり自覚せずに着用していない女性も存在し、彼女たちの今後の動きが注目される。
(文責 大坪玲子)