2班マスダル・マスウ−ディー氏講演会(1班と共催) 報告書

日時:2000年2月28日(月)午後2時から5時
場所:東京大学文学部アネックス2階会議室
演題:Reproductive Rights Advocacy Among the Muslim Community in Indonesia
(インドネシア・ムスリム共同体における性と生殖の権利擁護)

 2000年2月28日、東京大学文学部アネックス2階会議室において、インドネシアから来日されたマスダル・マスウーディー氏による講演会が開催された。マスダル氏は現在インドネシアの「プサントレン(イスラーム寄宿塾)社会開発協会:P3M」事務局長を務めるとともに、インドネシア最大のイスラーム組織であり、ワヒド大統領がかつて総裁をつとめていたNU(エヌ・ウー)の中央執行委員会副議長である。
 当日は約20名の参加者のもと、小林寧子氏(愛知学泉大学)による紹介後、「インドネシア・ムスリム共同体における性と生殖の権利擁護」というタイトルでマスダル氏による講演がおこなわれた。
 マスダル氏の話では、まずインドネシアにおけるイスラムの特徴として、@イスラーム普及以前の土着の宗教、ヒンドゥー、仏教などと混交したことであり、A道徳倫理に関しては厳格主義的ではなく極めて個人的なレベルで扱われていること、B改革派イスラーム組織ムハマディアーとの論争は礼拝や葬式における儀礼の様式をめぐるものであること、が指摘された。
 マスダル氏は、コーランの中において人間と神の関係に関する章句が30箇所であるのに対し、男性と女性の関係に関する章句は90箇所にも上ることから、コーランはジェンダー関係について多くを語っているとする。しかしコーランの章句の中に使われている語彙は必ずしも一つの意味しか持たないわけではなく、意味が曖昧な章句も多いことなどから、現代社会において重要なことは、それらの教義を文字通りに解釈するのではなく、現代社会に対応するよう再定義する必要があると述べた。
 そのために必要となる概念として、マスダル氏はイスラーム法源論における「絶対的(qath'i)」 と 「仮定的 ( zhanni)」という二つのカテゴリーについて言及し、盗難に対する切手刑を例に挙げ、窃盗を防ぐことが道徳倫理に関わる「絶対的」な部分、つまり「権利の保護」であり、いかに防ぐかというのは技術に関わる「仮定的」部分、「保護の方法」に当たると説明した。 
 つまり、この法解釈の概念を用いれば、窃盗をしたからといって必ずしも文字通り手を切る必要はなく、窃盗を防ぐことが絶対的なのであり、その技術的な方法には他の選択肢が存在し、それは時代や場所によって変化しうるのである。
 マスダル氏はこのような新しい法解釈の方法論を女性問題にも適用しようと試みている最中であり、1997年に『イスラームと女性のリプロダクティブ・ヘルツ』というタイトルの著書の第一章にこの方法論を紹介したところ、国立イスラーム大学の大学院生やウラマー(イスラーム学者)から肯定的な意見が寄せられたことから、長期的な取り組みによって硬直した法解釈が徐々に解消される方向へ向かっている考えているようである。
 もっともこのような方法論に対しては慎重論も根強く、保守的なウラマーはまだ懐疑的であるという。マスダル氏の所属する上述のP3Mは、ここ5年間、プサントレンの女性指導者を全国から集めて女性問題に関するディスカッションを集中的におこなっているが、キヤイ(プサントレンを所有するウラマー:男性)を招待しても出席率は依然として低い。
 後半マスダル氏が読み上げたペーパーの中では、女性の性と生殖に関する権利の定義、安全と健康の権利、生活費(nafkah)/福祉の権利、相続権、ダウリー(マフル:婚姻契約金)の権利、個人の収入を得る権利、資産管理権、決定権、配偶者選択権、セックスを楽しむあるいは拒否する権利、妊娠・中絶に関する自己決定権などがコーランとハディースを引用しながら言及された。
 出席者からは、強制結婚をさせられたがダウリーを返済できないために結婚を解消出来ないケースをどう考えるか、妻が性的に夫を喜ばせる義務を負うのであれば娼婦とどう違うのか、など興味深い質問が出された。それらの質問に対しマスダル氏は、強制結婚についてはシャフィーイ派は諸条件を課していること、妻と娼婦の違いについてはイスラーム法学の見地からは結婚しているか否かが決め手となり、イスラーム神秘主義的な見地から見た場合には妻が夫に対してサービスをする義務を持つ点で妻は娼婦と似ているが、女性がセックスを楽しむ権利を持つということを考慮することで女性の人権が尊重されると説明した。
 しかしながら女性の地位の改善にあたりマスダル氏は、この問題が文化的、神学的、社会的要因などが複雑に絡み合っているために長期的な努力が必要であるとを強調した。またNU内部で、1999年の全国大会で現在50名からなる宗務議会のメンバーのうち2名は女性を任命するということが、NU女性部からの要請を受けて正式に全国大会で決定されたという報告があったが、これは現在インドネシアのイスラーム内部のフェミニズムの動向に関して特筆すべきことであろう。
(大形里美・九州国際大学)