ワークショップ

中東における地方主義とナショナリズム

--地方は国家を越えるか--

(レポート by 内藤陽介)

日時:1998年2月20日(金)14:00〜17:30

場所:東京大学文学部アネックス2階・大会議室


1998年2月20日、東京大学文学部アネックス2階会議室において「中東におけ る地方主義とナショナリズムーー地方は国家を越えるか」と題するワークショッ プが開催された。当日はあいにくの荒天であったが、20名弱の参加者があり、そ の中には外国人研究者も含まれるなど、多彩な顔ぶれで活発な議論が展開され た。

ワークショップでは、まず、東京大学の竹下政孝がEconomist誌に掲載された論 文、Devolution can be salvation.を紹介しつつ、基調報告を行った。それによ ると、EUの通貨統合が近づくにつれ、欧米ではヨーロッパにおける国家と地域な いしは中央と地方の関係についての議論が活発に行われるようになっている。な かでも、「大ヨーロッパ」が現実のものとなるにつれ、政治・経済・文化の各領 域において、国家に比べより小規模な「地域」の比重が高まりつつある点は、 「国家」を単位とした国際政治・国際関係の今後を考える上で注目すべきもので ある。このように、「国民国家」発祥の地・ヨーロッパにおいて「国家」が溶解 しつつあるのに対して、歴史的に「国民国家」という枠組みの矛盾に苦悩し続け た中東・イスラム世界において、国家と地域ないしは中央と地方の関係を洗いな おしてみることは、ヨーロッパの現状を相対化する上で有益であるばかりか、国 際政治・国際関係の研究においても新たな視座を提供することになるのではない かーー竹下はこのように問題提起を行い、これを受けてモロッコ、トルコ、イラ ンの各事例に関する報告がなされた。

モロッコの事例については、テトゥアン大学のムハンマド・ベナブード (M'hammad BENABOUD)が報告した。ベナブードによれば、1994年、モロッコ北部 の伝統的な文化や風俗を国の内外に広く宣伝する目的で、NGOのテトゥアン・ア スミール協会が結成されたが、同協会は中央政府から多大な支援を得ている。こ のため、協会が積極的な活動を行えば行うほど、すなわち、北モロッコの独自性 を宣伝すればするほど、特に経済的な面で中央政府に対する協会の従属度は高く なる。こうした状況は、地域の独自性を広く周知するという協会設立の趣旨から すれば皮肉な結果ともいえるが、現地では地域の独自性を強調することが国家へ の帰属意識を高める結果にも繋がるとして好意的な評価が多いとのことであっ た。

ついで、トルコの事例について、ハーヴァード大学大学院のジャミール・アイド ゥン(Camil AYDIN)が報告した。アイドゥンによれば、現在のトルコでは、か って強大な版図を誇ったオスマン帝国が分裂・衰亡していったのは、地域の独自 性を許容しすぎたからだとの認識が根強い。このため、トルコ政府は、そのクル ド人問題の処理に見られるように、「国家」解体に繋がりかねない動きについて は、きわめて強硬な姿勢をとっており、地域が中央に対して独自性を主張できる ような環境にはない。しかし、こうした現状に対して、アイドゥンをはじめとす る知識人は批判的で、彼らは事態の改善を望んでいるとのことであった。 最後に、東京外国語大学の八尾師誠がイランの事例について報告した。八尾師に よれば、イスラム革命の前後を通じ、国家としての枠組みは、基本的には連続し て維持されている。ホメイニはみずからを「イラン人」ではなく「モサルマン」 と規定し、いわゆるナショナリズムは否定した。しかし、これは、「イラン国 家」の枠組みを否定するということではなく、国民統合のシンボルを「ペルシ ア」から「イスラム」へと読み換えたということであり、趨勢として政府は国民 の統合を強化している。そうした状況の下で、「イラン国家」の枠組みを前提に 各地の地方文化が称揚され、地方の独自性も認識される結果、地方文化は国家の 多様性を示すものとなり、地方に対する国家の管理も、より緻密なものとなって いる。

以上のような報告に対し、会場からは各報告者の「地域」や「国家」についての 概念規定に対する疑問や批判も提示されたが、全体としては、文献資料からはう かがうことのできない各地の状況などについて、貴重な情報が得られるなど、有 意義なワークショップであった。

(文中敬称略)